農業利益創造研究所

コラム

規模拡大はバラ色か!? 設備投資とスケールメリット

個人情報を除いた2020年度の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家16,590人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

経営において「スケールメリット」という言葉がよく使われます。

但しこの意味を例えば「経営規模が大きくなれば、一度の購入する資材量も増えるので値引きを受けやすくなること」などと考えているなら、それは正しくはありません。スケールメリットとは、対人交渉という不確定な要素に依存しない、“より物理的”な原理です。

このスケールメリットの原理を理解しないで、単に規模を拡大してしまうと逆に不効率になる場合もあるので、今回はデータを使いながらこの原理を説明したいと思います。

変動費と固定費

まずスケールメリットというものを理解するうえで「変動費」と「固定費」という言葉の理解は避けて通れません。

まず「変動費」ですが、これは生産量に比例して増減する費用のことです。一般的には工場などの原材料費がこれにあたります。生産量を増やせば原材料も増え、減らせば原材料費も減るわけですから、これは当然というか非常に解りやすい概念だと思われます。農業に当てはめると種苗費などが「変動費」にあたります。

対して固定費とは何かというと、生産量とは関係なく一定額が発生する費用です。そんなものがあるのかと思われる方もいるでしょうが、例えば借入金の支払い利息がこれにあたります。利息は金融機関との契約で決まるので、生産量とは一切関係なく決まった額が支出されます。

地代家賃や人件費などは生産量を左右するかもしれませんが、これも事前の約束で決まっており生産量の増減とは直接関係なく支出額が決まっている費用なので「固定費」にあたります。

そして「固定費」の代表ともいえるのが減価償却費です。減価償却費は取得価額を耐用年数で割って算出するものですから、その償却資産を沢山使って生産量を増やそうが、減らそうが、費用額は一定です。

スケールメリットの原理

さて、スケールメリットを考えるうえで重要なのがこの「固定費」です。スケールメリットが発揮されるには条件があり、その条件とは『「固定費」が一定のもとで生産量を増加させた場合』となります。「変動費」は関係ありません。

工場の例でたとえると、いつも8時間操業で100の商品を生産していたとします。あるとき工場の稼働時間を16時間にして生産量を200にしました。生産量は倍になりましたが「変動費」である原材料も倍になっているので、生産物1個当たりの「変動費」は変わりません。

但し「固定費」である工場の機械の減価償却費はどうでしょうか。8時間操業でも16時間操業でも機械の減価償却費は一定ですので、生産量を倍にすれば生産物1個当たりの減価償却費は半分になったことになります。

この生産物1個当たりの「固定費」の減少をスケールメリットと呼びます。つまり生産量を増やしても「固定費」は一定なのでその分製造原価は低くなるため、利益率(所得率)が高くなるということです。

このようにスケールメリットとは、経営規模が大きくなれば取引先との交渉で有利になると言ったものではなく、生産の現場で物理的・算術的に必然的に導かれる原理です。

スケールメリットを別の言い方をすれば、減価償却費など一度発生した「固定費」を、出来るだけ活用し尽くすこと、埋没費用を最小化すること、ともいえるでしょう。

普通作経営におけるスケールメリット

農業においてスケールメリットが出やすいのが稲作を含む普通作経営です。これらの経営分野は機械化が進んでいるので、導入した機械を十分に使いつくすだけの経営面積(経営規模)があれば、それだけ利益を大きく上げられる可能性があります。

以下の図は、普通作の販売金額ごとに所得率(世帯農業所得÷収入金額合計)と減価償却費の割合(減価償却費÷収入金額合計)の推移を表したものです。

販売金額が右方向に従って上がると共に、所得率は上昇していますので、経営全体にスケールメリットが働いていると考えられます。

これと同時に起きているのは、減価償却費の割合が低下していることです。つまり代表的な「固定費」である減価償却費の割合が低下することが、所得率を上げる要因となっていると読むことができます。これがスケールメリットです。

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酪農経営におけるスケールメリット

普通作と同様に経営費の中で減価償却費が多いのが酪農ですので、次に酪農経営における所得率と減価償却費の推移を見てみます。

酪農経営は、販売金額が上がっても所得率の上昇は確認できません。そして収入金額合計に対する減価償却費の割合もあまり変化がなく、12%~15%の範囲で一定とも言えます。

これはどういう事でしょうか。

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以下は酪農経営の全体平均の減価償却費の主な内訳です。酪農は乳牛を減価償却資産として扱うので、「牛馬」が一番多いことが確認されます。

区分 減価償却費(千円)
建物 927
車両運搬具 819
牛馬 3,565
構築物 305
器具備品 208
機械装置 1,978

この乳牛は生き物である故に生産性にも限界があります。餌を沢山あげればそれだけ沢山乳を出し続けるわけではありません。したがって規模を拡大する場合、どうしても追加で乳牛を導入しなければなりません。このことが酪農経営ではスケールメリットが発揮されない原因になっています。

なぜならスケールメリットが発揮されるには、『「固定費」が一定のもとで生産量を増加させた場合』なのですが、酪農の場合、生産量を増加させるには「固定費」である乳牛の減価償却費を増加させるしかないので、構造的にスケールメリットの原理が働きにくいのです。

まとめ

以上の通り、酪農経営でスケールメリットが働きにくいのはその構造上避けられないことですが、実は普通作を含めそれ以外の経営分野でも農業は生産性に限りがある“自然”や“農地”を基盤にしているため、程度の差こそあれ酪農と似た様な構造にあると言えます。

つまり生産量増加のためにはハウスであれ果樹であれ「固定費」を増加させなければならないケースが工業などより多いということです。

したがって、酪農と同じようにスケールメリットが働かなかったり、逆にスケールデメリットが起きてしまったりする恐れも少なくないということです。

実際、酪農以外でも売上を上げるために導入した減価償却資産を充分に活用できず、逆に所得率を落とすといったケースも残念ながら多く見られます。いわゆる過剰投資です。

設備投資をするときは、単に売上が増加するかどうかではなく、充分にその設備を活用できるだけの生産量が上げられるかどうかを必ず判断材料に入れなければなりません。スケールメリットを発揮させるには、経営者にスケールメリットに対する正しい理解が必要なのです。

南石教授のコメント

固定費と変動費を合わせた総費用と、売上高や利益の関係を分析する手法に、損益分岐点分析があります。種苗・肥料・農薬等の資材経費は、経営規模(厳密には操業度)の拡大に比例して増加しますが、一方で、機械・施設等の固定費は、経営規模にかかわらず一定であると、この種の分析手法の教科書入門編では仮定しています。

今回分析した普通作経営では、経営規模(例えば、作付面積)を拡大しても、一定の規模(機械・施設の処理能力の限界)までは、現有の機械・施設のままで規模拡大できるので、固定費は一定となり、教科書入門編がそのまま適用できます。

酪農でも、畜舎などの施設は、一定の頭数規模までは、同じ畜舎で頭数を増加できますので、普通作経営と同じように教科書的な分析ができます。しかし、会計上は、乳牛自体が、牛乳を生産する機械のような財務処理(減価償却)となるので、酪農では、現実にそったより高度な分析が必要になります。

規模拡大を行うためには、乳牛頭数を増加させる必要がありますが、乳牛頭数が増えると、結果的に、会計上は固定費も階段状に増加するため、規模拡大の効果が表れにくいのです。財務面でも、技術面でも、酪農と普通作は、対照的でとても興味深いです。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所