農業利益創造研究所

コラム

実践:新潟県稲作農家Aさん 統計データとの比較経営分析

個人情報を除いた2020年度の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家16,590人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

統計データは個人の経営分析をするうえでも非常に有効です。今回は、実際に個人経営農家の方と一緒に決算書と統計データの比較分析を行い、どのように経営に役立てられるかを確認してみようと思います。

経営概要と全体比較

協力してくれるのは、新潟県で稲作を主に経営されているAさんです。Aさんは“家族が食べても安心な作物を作る”ことを理念に掲げ、慣行栽培とともに減農薬・減化学肥料栽培や無農薬・無化学肥料栽培などの自然栽培も行っている30代後半の個人経営農家です。

ではさっそくAさんの2020年の損益計算書を、収益規模が近い層である「全国の稲作1位経営の収入金額合計が2~3千万円」404人の平均値と比較してみます。

表内の金額の単位は千円です。表内の「同収益規模平均」は「全国の稲作1位経営の収入金額合計が2~3千万円」の平均値を表します。また、「割合」は収入金額合計を100とした時の各科目の割合、「差額」は「全国の稲作1位経営の収入金額合計が2~3千万円」の平均値からAさんの値を引いたものです。

同収益規模平均との比較
(2020年)Aさん全国平均※差額
金額割合金額割合金額割合
販売金額20,69190.9%18,31173.6%2,38017.3%
 うち稲作10,30045.2%14,95260.1%-4,652-14.8%
家事消費・事業消費4982.2%2651.1%2331.1%
雑収入9154.0%6,29025.3%-5,375-21.3%
小計22,10397.1%24,86699.9%-2,763-2.8%
期首農産物7,11031.2%4431.8%6,66729.5%
期末農産物7,77334.1%4611.9%7,31232.3%
収入金額合計22,766100.0%24,884100.0%-2,1180.0%
租税公課5442.4%7463.0%-202-0.6%
種苗費2251.0%5552.2%-330-1.2%
素畜費00.0% 170.1%-17-0.1%
肥料費7423.3% 1,7667.1%-1,024-3.8%
飼料費00.0% 90.0%-90.0%
農具費530.2% 3661.5%-313-1.2%
農薬衛生費4421.9% 1,3905.6%-948-3.6%
諸材料費2,1839.6% 7022.8% 1,4816.8%
修繕費1,2175.3% 1,1774.7% 400.6%
動力光熱費9794.3% 9283.7% 510.6%
作業用衣料費790.3% 690.3% 100.1%
農業共済掛金5982.6% 4271.7%1710.9%
減価償却費4,35419.1% 3,23913.0%1,1156.1%
荷造運賃手数料1,2475.5% 1,1884.8%590.7%
雇人費4832.1% 6032.4%-120-0.3%
利子割引料00.0% 1080.4%-108-0.4%
地代賃借料1,0934.8% 1,8477.4%-754-2.6%
土地改良費1,1274.9% 4922.0%6353.0%
その他経費00.0% 1,3075.3%-1,307-5.3%
雑費3,02613.3% 7673.1%2,25910.2%
小計18,39080.8% 17,72371.2%6679.6%
世帯農業所得4,37619.2%7,16228.8%-2,786-9.6%
専従者給与3,47815.3% 2,2008.8% 1,278
専従者人数2.0人1.5人

※「全国の稲作1位経営の収入金額合計が2~3千万円」の平均値

まず、「決算の結果」である世帯農業所得と所得率から確認します。Aさんは平均よりも所得金額で2,786千円、所得率で9.6ポイント低くなりました。

「新潟の稲作1位経営」と「全国の稲作1位経営の販売金額合計が2~3千万円」と比較してみても、Aさんの世帯農業所得や所得率には、まだ伸びしろがあるように見えます。

世帯農業所得所得率
Aさん4,37619.2%
新潟・稲作1位(180件)3,80522.9%
全国・稲作1位・販売金額2~3千万円(354件)9,77130.0%

単位:千円

収益の内容

次に収入金額合計をみると、「全国の稲作1位経営の収入金額合計が2~3千万円」との比較ではAさんの収入金額が2,118千円低く、これが所得金額に大きく影響しているように思われます。

収益の中では米の売上が収益の中では45.2%しかなく、稲作を中心に経営をしているものの、稲作の依存度は低い方と言えます。

また雑収入の割合も4.0%と非常に少なく、経営安定対策などの補助金収入にあまり頼らない経営をしていると思われます(ただしAさんとしては「えっ皆こんなに雑収入(補助金・交付金)貰ってんの?」と意外なようでした)。

Aさんの収益の内容をより細かく確認するために、青色申告決算書の2ページ目の収入金額の内訳を見てみます。

面積 (a)販売金額 (千円)割合面積当り
販売額 (円/a)
84310,30046.6%24.53
 うち慣行栽培米5877,13132.3%12.15
 うち自然栽培米2563,16914.3%12.38
野菜601,4036.3%
51,1385.1%
作業受託701,4616.6%
農産加工6,38828.9%
家事消費4982.3%
雑収入9154.1%
収入金額小計22,103100.0%

これによると、米以外にも野菜、花、作業受託、そして農産加工と幅広い収益源があることが確認されます。特に農産加工は6,388千円あり、米に次ぐ経営の柱となっているようです。また米も、慣行栽培以外にAさんの経営理念を反映させた自然栽培米があり、米の売上の約3割を占めています。

なお、作付面積当たりの販売金額でみると自然栽培米の方が、収益性が高いことが確認されました。自然農法などを試みる農家の一番の悩みは、手間に見合う価格がなかなかつけられないことですが、Aさんはうまく経営に結び付けられており、逆に慣行栽培よりも“稼げる”作物となっているようです。素晴らしいですね。

このように、Aさんは全国の同規模の経営体と比較すると、やや小規模であるものの販売品目が多種にわたる分散型の経営であることが分かります。

このことをAさん本人は、経営の強みだと認識しているようです。それは、2021年の米価の下落が、独自の商品・販売先を持たない稲作農家に大きな経営打撃を与えたことからも、分散型の経営は長期的にみると安定性が高いと考えているようです

自然栽培米の反収アップは、Aさんにとってずっと課題であったのですが、今回の分析結果を見て、あらためてその認識を強められたようで、2022年以降は自然栽培米の反収を5俵以上に上げる目標を語ってくれました。

慣行栽培の反収や単価等は、すでに限界に達しているものの、自然栽培ではまだまだ技術的な課題があると自己分析しており、逆にそこを高めればまだまだ収益を伸ばせると考えているようです。

そうなれば、分散型で長期的な安定を担保しながら、付加価値の高いより大きな柱ができるという申し分のない経営体になる事になります。是非期待したいですね。

なお、7百万円程度ある農産物棚卸は、農産加工の在庫らしく現在固定化傾向にあるとのことで、これも長年の経営課題とのことでした。これに関しては奥様と協力して、販売力を強化する試みを実践中とのことでした。

費用の内容

Aさんの費用の支出状況は「全国の稲作1位経営の収入金額合計が2~3千万円」や他の平均と比べても共通した特徴がありました。

まず、自然農法を行っているため、肥料費や農薬衛生費はどれも平均を下回りました。また種苗費も自然栽培分は自家採取しているためこれも低くなっています。このように自然栽培には、これらの経費を実際に抑える効果も確認することができました

その反面、平均より多くなった費用としてまず諸材料費が上げられます。このほとんどが農産加工の原材料費とのことです。農産加工の販売強化は、在庫の多さから経営課題としてあげられましたが、コスト面から考えても喫緊の課題と言えそうです。

次に減価償却費の多さです。当初はこれも農産加工にかかる設備に関するものかと思いましたが、4,354千円の償却費のうち農産加工は1,093千円であり、実は残りのほとんどは稲作にかかるものとのことでした。

Aさんの稲作の設備は12ha程のキャパシティはあるようですが、現在は9ha程度しか耕作していないため、過剰投資であるとの認識はAさんもお持ちのようでした。耕作の依頼は多いようですが、条件の悪い土地を引き受けると経営にはマイナスになるうえ、一度引き受けると簡単に返しづらいという地域事情もあり、耕地の拡大には慎重になっているようです。

つまり、農地の貸し借りにはタイミングがあるので、より良い条件の話しが来た時のために、常にある程度の余裕を残しておくとの考えが基本にあるようです。

それでも徐々に耕地は増えており、2022年には0.7ha~1ha程度増える見込みとのことです。したがって、現在の過剰投資気味な傾向も、徐々に改善されるとAさんは考えているようです。もっとも、まだまだそろえるべき機械や施設もあるようですが・・・。

減価償却費※1割合※2
Aさん4,35419.1%
全国・稲作1位・収入金額計2~3千万円(404件)3,23913.0%
新潟・稲作1位(180件)2,4179.7%
全国・稲作1位・販売金額2~3千万円(354件)3,98516.0%

※1 単位:千円
※2 割合は収入金額合計を100とした時の減価償却費の割合

地代賃借料の少なさと土地改良費の多さは、Aさんはセットで考えているのであまり問題視していないようでした。

つまりAさんは自己所有の田んぼが少ないので地代賃借料のほとんどは土地代のようですが、地域の水準からみてもかなり安く借りられており、その代わりに土地改良費はAさんが全て払っているので、両者を合算して平均と比較すると大きな差がないと考えているようです。

この一方で、数値にはあまり大きく出ていないのですがAさんが気にしているのは修繕費で、耕作面積の割には修繕費が多いと考えているようです。

もっとも2020年はトラクター、コンバインと2台も修理に出したため大きくかかってしまったようですが、そもそもしっかりとした機械の保管場所がないため、機械の傷みが激しいとのことです。日々の掃除やグリス塗なども後回しにしがちなので、そこらは今後改善していきたいとのことでした。

次年度対策と目標

Aさんは、今回の各統計との比較分析をしてみて、一番強い刺激を受けたのが各統計の平均の所得額が自分より多い事とのことでした。これを受けてか2022年は世帯農業所得600万円以上を目指すとのことです。

また今回、奥さんとも経営の話もする機会になったようですが、その中で「家を建て替えたい」という具体的な目標も出てきたようで、所得アップのための強い動機付けもできたようです(こういう“実生活と結び付けられた励み”を持つことは、経営にとっても大事なことだと思います)。

この為にやるべきことは上述した通り、自然栽培米の収量アップや慣行栽培米の面積拡大、農産加工の販促などと具体的に描けており、達成の自信はあるようでした。

以上の通り外部の比較データを元にした経営分析は、自己の経営を客観的に把握することに役立ち、目標の設定もかなり具体的にできる効果があることが実際に確認されました

また自分よりも好成績の農家の経営数値を具体的に知ることで、更なる経営改善の意欲も高まるようです。確かに、単に『来年も頑張ろう!』ではなく、実際に同業他者と自分の経営数値を比較して『来年は所得を○○円にしたい。そのためには△△を××円増やそう(減らそう)』と考えられた方が、具体的な結果が出そうですね。

今後もこのように全国の農業経営者から集めたデータを、個々の農家の経営分析のためのデータとして活用して、各地の農業経営者の経営改善に役立てていきたいと考えます。

南石教授のコメント

今回の事例は、目標設定の重要性を示しています。農業法人経営を対象とした別の分析では、利益率や売上高等の経営目標の設定が明確な経営の方が、経営革新に積極的であるという傾向が明らかになっています。また、自社の「強み」を認識している経営ほど、経営革新に積極的であるという傾向が明らかです。

自社の「強み」や「弱み」を認識するには、他の経営との比較が出発点になります。「彼を知り己を知れば百戦殆からず」という故事があります。自分のことしか知らず、他の経営のことを知らなければ、経営改善を行うことは困難であり、他との比較経営分析が、経営改善の「気づき」や「やる気」に繋がります。

農業経営の改善には一般に長期間を要しますが、Aさんの今後の決算書がどのように推移するか楽しみです。このように、1つの経営の財務状況を毎年分析して、経年変化をみる時系列的分析も重要です。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所