農業利益創造研究所

農業経営

雇用に経営を合わせる? 常時雇用をするために求められること

個人情報を除いた2020年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家16,590人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

農業においても人手不足は深刻です。経営者のやる気や設備、資金があっても人手が足りないため思うように経営を広げられないといった農業経営者は結構多いようです。

農業に人手が集まりにくい理由は昔から多々言われていますが、あまり言われていない理由としては、季節雇用に頼りがちな業種ということがあげられるでしょう。つまり、農業は年間の仕事量が一定ではない場合が多いため農繁期だけ人を雇う傾向が強いのですが、そうなると形式的には募集と離職が毎年繰り返されることになるので、長期的に人手を確保するには適しません。

また雇われる人の立場で考えれば、特に若年・中堅層は安定した収入が確保できる立場で働くことを望むので、季節雇用は当然敬遠されます。このような近年生じている雇用のミスマッチを回避するために、農業においても常時雇用を入れだす経営体が多くなってきました。

こうしたことから今回は、常時雇用が進んでいる経営体とそうでないところの違いなどを明らかにして、常時雇用が進む条件などを考えたいと思います。

雇人費の支払い状況から年間の仕事料を考える

まず年間の雇人費が少額な経営体が多い普通作経営と、高額な経営体が多く比較的常時雇用がいると思われる酪農経営を比較してみます(農水省の「営農類型別経営統計(R1)」では、全国の農業従事者の常時雇用1人あたりの平均年間賃金が約200万円となっていることから、雇人費200万円以上の経営体が少ない普通作は常時雇用が少なく、200万円以上が多い酪農は常時雇用が多いと推測されます)。

以下の図は、年間雇人費を100とした時の各月の支払額の割合を、普通作と酪農で比較したものです。上下の振れが大きいほど、月ごとの雇人費に差があるということになります(平均=100%÷12カ月=8.3%)。

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この図によると、普通作は冬場の1月~3月の支給が非常に少なく、5月~6月そして10月に支給が多くなっています。これは田植えや稲刈りのために雇った季節雇用への支払いが大きく影響しているからだと思われます。

対して酪農は、年間を通じてほぼ一定の支払い状況となっています(12月の支払いが極端に大きいのは全ての経営類型に共通したもので、年末ボーナスや決算時での修正仕訳の影響と思われます)。

このように、雇人費の年間総額だけでなく、月ごとの支払い状況からも、常時雇用が普通作には少なく、酪農には多いという推定に間違いはなさそうです。そしてこの違いが生じるのは、年間を通じて一定量の仕事が有るか無いかということが原因と考えられます

収入のタイミングと常時雇用

もっとも、いくら仕事が有っても支払うお金が無ければ人は雇えません。常時雇用をするためには売上、つまりお金が入ってくるタイミングも重要だと思われます。

以下は普通作と酪農の12か月ごとの販売額を表した図です。普通作は9月10月に販売高が集中していますが、酪農はここでも年間通じて一定です。毎月一定の収入が有れば、毎月の給料も払いやすくなるものです。

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加えて以下の表は、経営類型ごとの年間雇人費200万円未満の経営体の割合と、販売高の「分散」の状況です。「分散」とは統計上の概念で、その値が高いと分散が大きい、つまり年間の月ごとの販売高の振れが大きいということになり、値が低いと平準化しているということです。

これによると雇人費が少ない(常時雇用が少ない)ことと収入が平準化されていないことはある程度の関連性があるとも考えられ、その傾向は普通作と次いで果樹経営に強いことがわかります。

雇人費200万円未満の割合月別の販売高の「分散」
普通作95.7%1.11%
果樹作86.9%0.33%
野菜作84.6%0.14%
施設園芸82.5%0.09%
酪農81.6%0.01%
肉用牛89.7%0.04%

つまり、普通作や果樹作は年間の収入時期に大きな偏りがあるため常時雇用が少なく、逆に酪農や施設園芸は収入時期が平準化しているため、常時雇用を入れやすいと考えられます。

もちろん収入のタイミングが偏っていても、年間トータルで一定程度の入金があれば、“やり繰り”次第で毎月の給与を支払う事は理屈の上では可能です。但し、概してこの“やり繰り”がうまくいかないもので、支出と収入のタイミングは近いほうが圧倒的に収支の管理がうまくいくものです。

季節性の強い作型で常時雇用を入れるには

普通作にしても果樹作にしても雇用自体を必要としない、もしくは必要であってもまだ季節労働の人手が十分確保できるというのなら、今の状況を無理に変える必要は無いでしょう。但し、そうではなく、やはり安定した人手が欲しいのなら、年間の作業量と収入のタイミングから経営を考え直さなければなりません。

以下の図は、普通作の月別販売高を、年間雇人費200万円未満の層と400万円以上の層とで比較したものです。普通作であることから両層とも秋の販売高が際立って高く、年間の収入の偏りが激しい形は変わりません。

しかし実額で見ると、雇人費200万円未満の層は販売高が15万円以下の月が4ヵ月もあるのに対し、400万円以上の層は1月~8月の期間でも最低でも46万円、最高で132万円の販売高が確認されました。

つまり、普通作経営であっても大規模の経営体は、数名の常時雇用が雇えるぐらいの収入を年間通じて得ているのです。そしてこの点も重要なのですが、常時雇用がいるから最盛期の秋にはさらに大きく販売高を伸ばすことができています

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経営作物によって年間の収入の偏りが生じてしまうのは、その特性上やむを得ぬことです。但し、大きく経営をしているところは人手確保のために、従来農閑期とされていた時期にも何らかの収入源を作って賃金を払えるだけの収入を得ているようです。

実際、普通作を中心にやっている大規模な経営体は、餅や饅頭、味噌などの加工事業を始めたり、園芸作物を取り入れたりする例が多く出てきています。つまり、主力作物の規模をさらに大きくするためには、人手を安定的に確保しなければならず、そのためには事業を多角化、複合化していく必要も出てくるということです。

これからの農業経営は、作型や経営規模によって雇用を決めるのではなく、雇用を確保するためにそれらに合った作型や経営規模を模索するといったようなケースが多くなるのかもしれません。

南石教授のコメント

経営発展に人的資源が重要であることは、農業を含めて全ての産業に共通しています。問題は、如何にして、優秀な人材を雇用・育成していくかです。優秀な人材の雇用には、その財源が必要であり、それを可能にする売上が必要になります。

今回の分析でも、売上高が大きな経営は常時雇用人数が多く、常時雇用人数が多い経営は売上高を増加できます。売上高増加→常時雇用人数増加→売上高増加‥‥‥という好循環になります。最初の売上高増加には、常時雇用が必要になるので、鶏が先か、卵が先か、という良くある問題に行きつきます。

一般に企業では、株式発行や融資受入れによる先行投資を行い、売上高がない設立段階から雇用を行い、経営成長の好循環を目指します。会社経営であれば、基本的には農業でも同じですが、普通作のように季節性が大きな営農類型では、今回の分析でも示されてるように、常時雇用が難しい面があります。複合経営や事業多角化等による雇用平準化を行うことが基本的な経営対応になります。

ただし、単作経営でも、複数の品種を組み合わせ春作業や秋作業の作期を最大限拡大し、冬場は圃場や農業機械の整備等を行うことで、雇用を平準化している150ha規模の先進大規模経営(天皇杯受賞)もみられます。

また、毎日の飼養や搾乳作業が必須で労働が平準化している酪農では休暇取得が困難なことがしばしば問題になります。これに対して、普通作経営では、農閑期を利用して、長期の休暇取得を可能にできると発想を変えれば、長期休暇に魅力を感じる優秀な人材を雇用できるかもしれません。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所