農業利益創造研究所

インタビュー

伊豆のわさびに惜しみない愛を注ぐ【農業王 2022:カネショウ】

「農業王2022」受賞者インタビュー 静岡県伊豆市の塩谷 康司(やすし)さん

ソリマチ株式会社と農業利益創造研究所は、日本農業に無くてはならない個人事業農家を応援するために、優れた経営内容で持続可能な優良経営を実践している農業者を表彰する「農業王 アグリエーション・アワード 2022」を実施しました。

13,000件の青色申告決算書をもとに経営の収益性・安定性を審査して全国108人を選考し、その経営者へのヒアリング調査により経営力や持続可能性についてさらに選考を行い、北海道から九州までの9ブロックの中で、普通作(米+麦・大豆)部門、野菜部門、果樹部門、畜産部門ごとに計16人の「農業王」を選出しました。

今回は、静岡県伊豆市の野菜部門の農業王である塩谷 康司(やすし)さんからお話をお聞きし、優良経営の極意をご紹介します。

希少な水わさびの一大産地・伊豆

日本で古来より愛されてきたわさびは、栽培方法によって「沢わさび(水わさび)」と「畑わさび」に分かれます。刺身の薬味に使用する「わさび」は、前者の水わさびを指します。水わさびの栽培条件は非常に厳しく、水温10~14度のきれいな水が常に流れているところでないと育ちません。

この生育条件を満たすわさびの一大産地が静岡県伊豆市です。そんな伊豆にあるカネショウ(塩谷さんの農家としての屋号)は、わさびのほ場40a、および補助的に水稲を栽培しています。現在の専従者は母親1名と、農繁期にはパートさんを数名雇うこともあるそうです。

実は塩谷さんは農家出身ではなく、父親の実家に養子に入って後を継ぎました。後継ぎがいなかった先代の伯父さんが亡くなり、「誰が後を継ごうか?」と家族親戚の中で話が出た時に自ら手を挙げたそうです。

「学生時代に伯父さん家にアルバイトに行ったことはありましたけど、農業の経験はそれくらいでした。だけど、会社員が性に合わないと感じ始めていた時にその話が来たので、「運命かもしれない」と感じたんです」

その直感は大当たりで、「農家は天職、もう他の仕事には就けない」と塩谷さんは目を輝かせて話します。「自分で考えて色んなことを試せる。さらに生き物相手なので、日々違ったことが起こる。そこが会社員と大きく違う点ですね。わさびは家族のような存在なんです。娘のように大切にしていますから、出荷する時は娘をよそにやるような気分ですね」

わさびを栽培する上での一工夫とは

カネショウ塩谷わさび園の世帯農業所得は、全国平均28%に対して67%と驚異的な数字です。ただし、わさびの栽培は独特なので、一般的な野菜と直接的な比較はできません。

「わさびの栄養は水だけなので、肥料はほとんど要りません。農薬も基本的には使わず、青虫なんかは手作業で取り除いていますね。機械もモノレールや作土を洗うエンジン式洗浄ポンプくらいでほぼ手作業、経費は他品目に比べかからないんですよ」

傷物でも市場で値が付くこと、作れば作っただけ買ってもらえる点も、わさびの長所だと塩谷さんは語ります。日本食ブームが世界に広がった影響で、わさびの需要は今や世界中に広がっています。環境による栽培条件が限られており、生産過多にはなっていないのです。

わさびが好条件の作目であることに加えて、塩谷さんの工夫も利益創造に一役買っています。たとえば苗栽培に使う72穴セルトレイの穴をドリルで広げることで、収量を増やすことに成功した、というエピソードを語っていただきました。

「セルトレイの穴が小さすぎて、水の流れがよどんでいることに気づいたんです。わさびにとって、よどんだ水はよくないんですね。穴を大きくしたら苗も元気になるのでは、と試してみたら、実際に収量が増えました」

他にも、形を整えるために根っこの一部を取り除く作業において、取り除いた部分の一部を苗として活用しているそうです。この手法を使っている今は苗を買う必要もなく、種苗費も削減できているそうです。

苗の形を見れば出来上がったわさびの形もわかるので、苗にはこだわっているそうです。「良い苗ができれば成功を約束されたも同然ですから」というベテランらしい一言をお聞きしました。

父と兄から経営のノウハウを学ぶ

会計作業を行う上でも、経費を削減する意識が育つと塩谷さんは言います。どの項目にどれくらい経費がかかっているか、実際の数字を見ることで「どうしたらコストを削減できるか」と自然と考えるそうです。

「母親から経営移譲されて間もない頃は、「良いものを作っていればきっと評価してもらえる」という考えしかなく、個人事業主でありながら工場長のような感覚でいました。当時、父親は町工場の社長で兄は独立起業してシステムソフトウェアを開発する会社の社長になっていた事から、二人から事業主としての考え方や取り組みを教わり、「数字はうそをつかない」と簡易的収支計算表をエクセルで作成しました」

塩谷さんは、どこの沢で何本取って傷がどれだけあった、どれくらいで売れた、という情報をエクセルで管理しています。家の変動費と固定費も表にして、出費の多い月は多めに収穫しているそうです。わさびは多年草で一年中収穫が可能なので、そういった調整が可能です。

SNSで直販を広げて、スイスにも出荷!

塩谷さんはInstagramとフェイスブックでも情報発信を行っています。「SNSでは他愛もないことばかり発信していますけれど、人となりの滲む投稿が信頼に繋がり、仕事を依頼されることもあります。営業ツールになっているので助かりますね」

SNS経由で請け負った仕事の一つが、スイスのネットショップへのわさび出荷です。この仕事を担当していた農家さんが高齢化で引退するに伴って、塩谷さんに依頼がきたそうです。

商社が仲介しているので、荷物はいったん福岡に向かい、それから成田に移動してスイスに空輸されます。到着に日数がかかるので、「少しでも新鮮な状態で届けたい」と考える塩谷さんは、到着時の写真を毎回送ってもらい、日持ちする梱包方法を試行錯誤しているそうです。

他にも自家製のわさび漬けや、わさびの葉っぱを堆肥に活かしたお米も販売していて、一般消費者の方にも口コミで注文を受けることが多いとか。自ら「好奇心旺盛な性格」という塩谷さんは、様々なことに真剣に取り組んで、ビジネスチャンスを切り開いています。

わさびへの愛で未来を切り開く

農業王を選ぶ上では、地域貢献も重要なポイントです。塩谷さん塩谷わさび園では、小学生に向けてわさびの収穫体験を行っています。「子供はわさびが嫌い、という固定観念がありますよね。けれど、実際に尋ねてみると、1クラスの中で全員がわさびを食べたことがあって、「わさびが好き」と言う子は8割でした。本物を食べていれば、子供だってわさびが好きになるんですよ」

「大人が「子供にわさびは早い」と決めつけているだけかもしれない、大人を食育しないとね(笑)」という名言も飛び出しました。塩谷さんへのインタビューからは、とにかくわさびが好きでたまらない、という気持ちと、わさびの一大産地・伊豆を支えている誇りが強く伝わってきました。

「(今年の)11月から耕作放棄地を継ぐ予定で、かなり荒れているので時間をかける必要があります。ただ、自分としてはほ場をできるだけ増やしていきたい。わさび作りを始めたい方を雇用して、技術を教えて、頃合いを見てほ場の一部を任せて、いずれは独立してもらう。少子高齢化でわさび農家も減っているから、産地を維持できるように、そういう活動をしていきたいんです」

農業王の方々には、産地を盛り上げていきたいという気持ちを強く待っている方が多く、塩谷さんも例外ではありませんでした。「わさびの産地としては日本が世界一。その日本の一大産地ということは、伊豆が世界一じゃないですか」と語る塩谷さんは、栽培における細やかな工夫、新しい領域へのチャレンジ、そして未来への展望を持ち合わせる立派な農業経営者でした。
農業王の受賞、おめでとうございます。

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 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

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