
個人情報を除いた2022年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家11,500人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
2020年から新型コロナウイルスが流行して経済が乱れました。それがある程度あたり前の状況となった2022年、日本の農家経営はどのような動向だったのでしょうか。
この3年間の会計データを比較するコラムのシリーズは、普通作、野菜作、果樹作に続き今回は酪農と肉用牛合わせた畜産経営です。 農業簿記ユーザーの中で、酪農農家277件、肉用牛農家286件のデータを分析し、畜産経営は農業所得が向上したのかどうか探ってみたいと思います。
この3年間で畜産経営はどう変わったか
前述の通り、この3年間は、コロナ禍や、国際情勢の変化、物価の高騰、円安など様々な影響により激動の時期でした。このような外部環境の中で、畜産農家はどのような変化があったのでしょうか。
酪農経営では、
・コロナ禍で外食産業や学校給食において生乳の需要が減少した。
・ロシアによるウクライナ侵攻や円安の影響で飼料価格が高騰し、酪農家の生産コストが上昇した。
肉用牛経営では、
・コロナ禍で肉の需要が減少し、肥育農家の売上が落ち込んだ。
・飼料価格が高騰し、牛の数を増やすことができず繁殖農家から子牛を買うのを控えるようになった。
・子牛の需要が減り販売価格が暴落し、繁殖経営は大打撃を受けた。
などの変化が起こりました。
畜産農家の経営が大変だというニュースが、ウクライナ危機の際に話題になっていたことを記憶している方も多いでしょう。売上が減りコストが上がって所得が減る、この状態では持続可能な経営など行えません。
ではこの3年間の畜産経営がどうだったのか、実際のデータを見てみましょう。
2022年の酪農家277件のうち、青色申告控除前農業所得が赤字の経営は30%でした。肉用牛農家287件では、28.5%が赤字です。農業簿記ユーザーの畜産農家の約1/3が赤字とは大変なことです。
下の表を見てみると、生乳の需要は落ちているはずなのに酪農経営の販売額は意外にも減少していません。国の支援のおかげでしょうか。
2020年 | 2021年 | 2022年 | |
---|---|---|---|
収入金額 | 62,546 | 69,893 | 70,900 |
酪農の販売額 | 47,521 | 52,260 | 52,500 |
雑収入 | 5,908 | 7,927 | 9,618 |
経営費 計 | 53,191 | 61,172 | 65,657 |
世帯農業所得 | 9,276 | 8,720 | 5,243 |
世帯農業所得率 | 14.8% | 12.5% | 7.4% |
※金額の単位は千円。
2020年 | 2021年 | 2022年 | |
---|---|---|---|
収入金額 | 38,122 | 39,716 | 39,323 |
肉用牛の販売額 | 28,471 | 30,735 | 30,474 |
雑収入 | 6,857 | 6,194 | 6,196 |
経営費 計 | 33,177 | 33,760 | 35,412 |
世帯農業所得 | 4,914 | 5,956 | 3,911 |
世帯農業所得率 | 12.9% | 15.0% | 9.9% |
※金額の単位は千円。
しかし、経営費は上がっており、世帯農業所得も大きく減少していることがわかります。雑収入の額が世帯農業所得額より多いので、雑収入(補助金等)が無かったら赤字というのが現実です。肉用牛経営もほぼ同じ傾向となっています。
数字だけではわかりにくいので、2020年から2021年までの増減金額と、2021年から2022年までの増減金額をグラフにしました。
酪農経営はやはり飼料費の増加が大きく、2022年は2020年より約1,000万円増えていることになります。
それから、2022年は減価償却費が減っています。酪農の場合、乳を出す親牛は減価償却資産ですから、もしかして飼料費高騰のせいで乳牛の数を減らしているのでしょうか。
肉用牛経営は、飼料費が上がっているのは勿論ですが、2022年の素畜費の減少が著しいです。これも飼料高騰の中で、肉牛の数を増やせないために子牛の購入を見送っているのではないかと思われます。
高所得率経営の特徴
次に酪農経営・肉用牛経営の高所得率農家と低所得率農家を比べてみました。 高所得率の酪農農家の世帯農業所得平均は1,000万円と非常に高い金額です。しかも収入金額は低所得率農家より少ないのです。高所得の酪農経営は、素畜費も飼料費も雇人費も少なくなっていますので、家族だけで行える程度の小規模経営で、自分で牛を繁殖し、自家飼料を作っている経営である、と言えます。
この傾向は肉用牛にも同じことが当てはまるようです。飼料費高騰の中で、飼料の購入量が少ない経営が高所得を維持できているのです。
所得率0~5% | 所得率25~30% | |
---|---|---|
世帯農業所得 | 2,317 | 10,170 |
収入金額 | 74,960 | 38,208 |
素畜費 | 3.4% | 0.2% |
飼料費 | 46.7% | 29.4% |
雇人費 | 2.0% | 0.4% |
※費用科目の%は、収入金額を100とした比率。
※金額の単位は千円。
所得率5~10% | 所得率25~30% | |
---|---|---|
世帯農業所得 | 3,854 | 7,696 |
収入金額 | 51,274 | 29,049 |
素畜費 | 22.2% | 4.9% |
飼料費 | 36.4% | 27.6% |
雇人費 | 1.2% | 1.1% |
※費用科目の%は、収入金額を100とした比率。
※金額の単位は千円。
まとめ
畜産経営は、コロナ禍による需要減と、国際情勢を背景とした飼料価格の高騰、この2つの要因により売上の減少とコストの増加が同時に襲ってきました。
農林水産省が7月7日に公表した畜産統計(今年2月1日現在)によると、全国の酪農家は1万2600戸で、前年より700戸(5.3%)減ったそうです。また、鳥インフルエンザの流行も影響し、採卵鶏の飼養羽数は前年から871万羽(6.3%)減少しました。
2022年の世帯農業所得額が、2021年よりも、酪農で300万円、肉用牛で200万円減少しているという状況は深刻です。この状況が続くと日本の畜産農家はさらに減少していくのではないかと思います。
国や自治体からの支援、農産物価格を上げることの消費者理解、自給飼料の拡大、などの対策をさらに進めていかなければならないことを、みんなで認識しましょう。
関連リンク
農林水産省「畜産統計調査」