農業利益創造研究所

収入・所得

平均値は実態ではない? 中央値から見る2021年の農業経営

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

「中央値」という言葉をご存知でしょうか? 中央値とは、データを大きい順に並べた時の真ん中に位置する値のことを言います。全体の傾向を表すには一般的に「平均(値)」を使いますが、その母集団のデータに偏りが強い場合、中央値の方が実体を表していると言われています。

例えば以下のようにAさんからGさんまでの点数があった場合、平均は80点となります。ただしこの平均値は、Aさん一人の300点が引っぱり上げているともいえ、Aさんを除く6人は46~40点に位置し平均80点とは大きくかけ離れています。こうなると80点という平均は、必ずしも全体の傾向を表しているとは言えません。

AさんBさんCさんDさんEさんFさんGさん平均
30046454443424080

このような場合、全体の母集団の数値を順番に並べた時の丁度真ん中にいるDさんの44点を、全体の傾向と考えるのが中央値です。この例でも、平均の80点よりも44点の方が、より実態を表しているのではないでしょうか。

以上の通り中央値は、データの中に著しい偏りがある場合、その偏りの影響を極力受けずに全体の傾向を表すことができます。政府が発表する国民の収入や所得などのデータも偏りが激しいため、実は平均値よりも中央値の方が実体を表していると言われています。そしてそれは、農家の経営データにも当てはまることと思われます。

中央値が平均値を大きく下回る

2021年の青色申告農家の経営概要の中央値を取って、平均値と比べてみました。

以下のように所得率以外は平均値が中央値を大きく上回りました。つまり農家の経営実態は平均値よりもはるかに小さく、所得額も少ないということです。

青色全体件数販売金額収入金額合計世帯農業所得世帯農業所得率
中央値13,27312,63516,1803,98125.4%
平均値18,43823,6795,76224.3%
5,8037,4991,781-1.1%

※金額の単位は千円

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このような平均値と中央値の差が発生するのは、前述したとおりデータに偏りがあるからです。

青色申告者の平均所得5,762千円の前後100万円を区切りにして、上位層と下位層の世帯件数を示したのが以下の表です。上位の件数は下位の件数の6割弱程度であることから、平均値は比較的少数の大規模経営の農家が押し上げている、ということが分かります。

所得下位所得中位所得上位
4,762千円未満平均世帯農業所得
5,762千円の
±1,000千円
6,762千円以上
7,428件1,673件4,172件

この結果を国民生活基礎調査の結果と比べると、興味深いことが分かります。

2019年(調査対象は2018年)の国民生活基礎調査によると、全世帯の平均所得は5,523千円で、中央値は4,370千円でした。これを上記の農業経営者の世帯農業所得と比較すると、平均値では農業者の方が239千円ほど高いのですが、中央値になると389千円下回ることになります。

つまり農業者の所得実体は、サラリーマン等を含む全世帯と比べると低く、さらには平均値と中央値の差が大きいことから、所得格差も大きいのではないかと推測されます

国民生活基礎調査世帯農業所得
平均値 
5,523
5,762
 
↑ 
1,153
↓ 
↑ 
1,781
↓ 
中央値4,370
 
 
3,981

※金額の単位は千円

全ての経営類型で大規模経営が平均値を引き上げている

経営類型ごとの中央値は以下の通りとなります。

中央値普通作野菜果樹酪農肉用牛花卉
件数3,1794,5391,838419408607
販売金額9,66213,37510,76145,97919,15113,283
収入金額合計15,93315,57911,92252,45824,65416,276
世帯農業所得3,2524,1753,9106,5133,5374,628
世帯農業所得率21.6%27.4%34.0%13.7%15.0%29.5%

※金額の単位は千円

販売金額、収入金額合計、世帯農業所得においては、全ての経営類型で平均値が中央値を上回っています(平均値が高い場合はグラフは右に振れ、中央値が高い場合は左に振れる。以下同様)。

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つまりどの分野でも少数の大規模経営が平均を引き上げていると言え、特に肉用牛経営でその傾向が強いようです。これは、肉用牛経営には数頭しか飼育していない兼業が多いことが原因だと思われ、専業がほとんどの酪農経営が中央値に対する平均値の割合(差と解釈しても良い)が小さいことと対照的です。

また普通作では、収入金額や販売金額以上に所得の中央値に対する平均値の割合(差)が大きくなりました。これは経営規模以外の要素(およそ減価償却費の多寡)で、所得額が大きく左右されているということではないかと思われます。

地域ごとの専業と兼業の割合が色濃く反映

地域別に平均値と中央値の割合を見ても、所得率以外で平均値が中央値を上回っているという傾向に変わりはありません。

中央値北海道東北北陸関東・東山東海近畿中国四国九州・沖縄不明
件数2,1522,2679452,2409225721,1229941,544515
販売金額23,1479,6718,66313,40613,3549,9568,11711,26512,96112,537
収入金額合計36,27413,38211,50816,31016,06013,29410,40013,06216,17215,502
世帯農業所得9,4452,9502,0144,4824,5003,1432,5883,6163,7823,683
世帯農業所得率26.5%22.7%18.6%27.1%28.1%25.1%25.7%30.5%24.2%24.8%

※金額の単位は千円

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その中でも北海道は専業農家が多いからか、中央値に対する平均値の割合(差)が小さく、中国地域はその逆で少数の大規模農家が全体を引っ張っている状態だと推測されます。

北陸は、収入金額などに比べ所得の中央値に対する平均値の割合(差)が大きいという普通作経営の傾向を強く反映していると思われます。

まとめ

母集団のデータが正規分布(左右対称の山型)をしていると平均値と中央値は一致するのですが、実際のデータには必ず偏りが生じるので、平均値と中央値は異なる値になります。農業経営の場合、所得率以外はどの切り口で見ても中央値より平均値が上回り、より少数の大規模経営者が平均値を大きく引き上げている傾向がみられました。

近年農業は、従事者が減る代わりに一戸当たりの経営規模は大きくなっています。この傾向が進むと大規模農家が増えるので、今よりも平均値が高まり、かつ中央値との差が縮まっていくのかもしれません。

もしくは日本の企業数の99%が中小企業であるように、農業の場合も少数の大規模経営と多数の中小の経営という形が併存していくのでしょうか。

いずれにしても、今のところは日本の中小企業と同じように、今回示した中央値あたりの多数の農家がこの国の農業を支えていると言えそうです。

関連リンク

厚生労働省「2019年 国民生活基礎調査の概況

南石教授のコメント

農林水産省の統計なども、多くの場合平均値が公表されます。新聞や書籍等でもこうした平均値が紹介されるので、多くの人は統計的な平均値でみた農業をイメージします。

しかし、今回の分析で明らかになったように、最も数の多いグループ(階級)の「中央値」で示される農家の姿と、「平均値」で示される農家の姿は一致しません。どちらも、農家のイメージを示すことには間違いありませんが、見方によって「見え方」が異なるということです。

今回の分析から、いろいろ興味深いことが明らかになりました。例えば、平均値を見れば、農家世帯の農業所得はサラリーマン等世帯の所得より高いが、中央値でみれば逆転するということです。これはサラリーマン等世帯の所得に比較すると、農家世帯の農業所得の方が高所得世帯の割合が多いことを意味しています。

サラリーマンと違い小規模であっても農家は事業経営ですので、経営者の工夫と努力次第でより多くの所得を得ることができます。しかしその一方で、それが不十分であれば所得は大幅に減少します。大きな可能性がある一方で、サラリーマンよりも不安定で厳しい面があるのです。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所