
個人情報を除いた2022年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家11,500人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
そのまま食べても加工しても消費者に人気の農産物は、何と言っても果物です。今までこのコラムで営農類型別の分析をしてきましたが、経営の効率性を見る指標としての「農業所得率」が一番高いのは果樹経営です。
そこで今回は、果樹の中でもブドウ農家の経営と、さらにブドウの王様ともいえるシャインマスカット農家の経営を探ってみたいと思います。シャインマスカットは非常に人気かつ高級なことで知られていますが、シャインマスカット農家は利益を上げているのでしょうか。
果樹の作物別経営内容比較
農業簿記ユーザーのデータから、営農類型別に世帯農業所得率(農業所得+専従者給与を収入金額で割った率)を算出すると、普通作が24.6%、野菜作は26.5%、酪農は7.4%、肉用牛は9.9%、そして果樹作は34.8%となっています。このデータを見ても、果樹は高単価で売れ、設備投資も少なくて、非常に経営効率が良い作物と言えます。
農林水産省の令和3年の果樹作況調査によると、収穫量の高い順に、みかん、りんご、かき、なし、ぶどう、ということですが、果樹の作物の中で一番所得率が高いものは何かを、農業簿記ユーザーの果樹農家1,953件のデータを集計し調べてみました。
下の表のように、所得率が高いベスト3は、ウメ、ブドウ、スモモでした。いずれも40%越えというすばらしい経営効率性です。また、ウメと西洋ナシは、世帯農業所得額が700万円越えです。
収入金額 | 世帯農業所得 | 世帯農業所得率 | |
---|---|---|---|
ウメ | 16,926 | 7,459 | 44.1% |
ブドウ | 14,456 | 5,967 | 41.3% |
スモモ | 12,341 | 4,947 | 40.1% |
モモ | 13,139 | 4,943 | 37.6% |
日本ナシ | 15,261 | 5,706 | 37.4% |
カンキツ類 | 15,743 | 5,133 | 32.6% |
サクランボ | 19,423 | 6,197 | 31.9% |
西洋ナシ | 22,586 | 7,190 | 31.8% |
リンゴ | 14,616 | 4,361 | 29.8% |
カキ | 14,574 | 3,854 | 26.4% |
※金額の単位は千円。
ブドウやリンゴ、ナシなどのメジャーな果樹はきっと農業所得が高いであろうと想像してしまいますが、ウメやスモモが高いというのは意外な結果です。
シャインマスカット農家の経営は
シャインマスカットを食べたことある人は多いと思いますが、種なしで皮ごと食べられ、強い甘みと上品な香りを持ち、いまや国民的な人気フルーツとしてゆるぎない地位を獲得しています。
ブドウ農家はとても高所得経営なのはわかりましたが、その中でもシャインマスカットを栽培している農家の経営はどのような内容になっているのでしょうか。ブドウ農家421件、シャインマスカットを栽培している農家68件の簿記データを分析しました。
下の表のように、ブドウ農家は果樹農家平均よりも世帯農業所得は600万円と高くなっており、農業所得率も41.3%です。
シャインマスカット農家 | ブドウ農家平均 | 果樹農家平均 | |
---|---|---|---|
収入金額 | 15,529 | 14,456 | 14,887 |
世帯農業所得 | 7,157 | 5,967 | 5,187 |
世帯農業所得率 | 46.1% | 41.3% | 34.8% |
※金額の単位は千円。
シャインマスカット農家はというと、収入金額が少し高くなっており、世帯農業所得額が715万円という高所得、そして所得率も46.1%という高さです。やはり、シャインマスカットは儲かり果実と言えるのではないでしょうか。
シャインマスカットの高所得率の要因は何なのでしょうか。下の表は主な費用の金額ですが、動力光熱費と雇人費と荷造運賃手数料が占める割合が大きいことがわかります。
シャインマスカット農家 | ブドウ農家 | |
---|---|---|
肥料費 | 325 | 326 |
農薬衛生費 | 379 | 476 |
動力光熱費 | 1,253 | 853 |
雇人費 | 654 | 908 |
荷造運賃手数料 | 1,714 | 1,604 |
※金額の単位は千円。
主な費用を、収入金額を100とした比率で、シャインマスカット農家とブドウ農家を比較すると以下のグラフのようになりました。シャインマスカット農家は、肥料も農薬も少なめであり、雇人費はさらに低めです。逆に、動力光熱費は非常に高くなっています。
※グラフがマイナス方向の場合、シャインマスカットの方が低いことを表す
これらのことから、シャインマスカットは温室栽培をして出荷時期をコントロールしながら高い値段で販売していると思われます。また、雇人費が少ないということは、シャインマスカットの栽培は他のブドウより手間がかからないのではないでしょうか。
まとめ
シャインマスカット人気により栽培面積が増えているようですが、最近はシャインマスカットバブルが落ち着いてきた、と言われています。
一つ目の理由として、海外輸出の際に安価な中国産のシャインマスカットと競合し、原子力発電所の処理水放出による影響で日本産が敬遠されていて、輸出が減少気味とのことです。
二つ目の理由として、5年くらい前からシャインマスカットが人気であることから、多くの農家が新たにシャインマスカットを生産し始めています。しかし、栽培初心者は粒を揃えることができず、そのような粒のそろっていないシャインマスカットが非常に安く、道の駅などでたくさん販売されているのです。
何はともあれ、シャインマスカット人気の影響でブドウ全体が活性化しています。新しい品種が続々と出ていますし、加工品のニーズも高くなっています。まだまだ需要は高まっていくでしょうから、これからも安定生産をしていけば、ブドウは持続可能な果樹経営につながっていくと思われます。
関連リンク
農林水産省「作況調査(果樹)」
南石名誉教授のコメント
今回の分析で、シャインマスカットが、他のブドウの品種や他の果樹と比較して、所得や所得率が高い傾向があることが分かりました。ここ数年の間に、他の品種や果樹の栽培をやめて、新たにシャインマスカットの栽培を始めたという農家がしばしば話題になりますが、今回の分析は、収益性の面からこうした傾向の要因を明らかにしています。
ただし、こうした傾向は手放しで喜ぶわけにもいきません。シャインマスカットを栽培する農家が増えすぎると、需要を上回る供給となって価格が下落します。しかし、永年性の果樹では、何年もかけて先行投資をして果樹園を整備してきたので、シャインマスカットの価格が低下したからといって、別の果樹や作物へ転換すると、それまでの先行投資が無駄になってしまします。
これは、農家の経済的負担になるばかりか、持続可能な農業という面でも問題を感じます。これから何年も収穫できるシャインマスカットの木を、人間の都合で伐採してしまうとなったら、なにかやるせなさを感じるのでは私だけでしょうか。