
「農業王2025」受賞者インタビュー 新潟県新潟市の坂井武史さん
ソリマチ株式会社と農業利益創造研究所は、日本農業に無くてはならない個人事業農家を応援するために、優れた経営内容で持続可能な優良経営を実践している農業者を表彰する「農業王 アグリエーション・アワード2025」を実施しました。
今年で4年目となる本アワードでは、約10万件の農業会計データと関わるソリマチ株式会社が、青色申告決算書をもとに経営の収益性・安全性を審査して、最終的に北海道から九州までの9ブロックから、普通作(米+麦・大豆)部門、野菜部門、果樹部門、畜産部門、花き部門の「農業王」を選出いたしました。
農業王には、収益性、安全性、経営力、地域貢献、持続可能性に優れた「SDGs農業賞」15名、収益性、安全性に優れた「優良経営賞」87名の二つの賞があります。
今回は、畜産部門で「SDGs農業賞」を受賞した新潟県新潟市の坂井 武史さんからお話をお聞きし、その経営についてご紹介します。
輸入飼料に頼らず、地元産飼料で牛を飼う
見渡す限り水田が広がる新潟市江南区の横越地区で、約60頭の乳牛を育てる坂井武史さん。祖父、父に続く酪農3代目の経営者です。牧場名は「ロイアルヒルホルスタインズ」です。
2代目までは稲作と酪農の兼業で営んでいた坂井家。かつては同地区だけで酪農家が25軒おり、コメを収穫した後のワラを牛の敷料にし、牛舎から出た堆肥を水田に戻すという循環型農業が行われてきました。現在、わずかに2軒残るうちの一軒が坂井牧場です。
新潟県立農業者大学校を卒業し、北海道の酪農家のもとで研修を受け、酪農に目覚めたという坂井さんは、酪農一本に絞って2014年に就農。牛のエサは、稲わらや牧草など大量に牛に与える“粗飼料”と、タンパク質や炭水化物が豊富なトウモロコシや大豆かすなど“濃厚飼料”からなっていますが、濃厚飼料は大半が輸入品です。ちょうど坂井さんが就農したころ、濃厚飼料が為替相場の影響でたびたび高騰し、「輸入飼料に依存したままでいいのか」と危機感を抱いたそうです。

まずは粗飼料を増やそうと、酪農を辞める農家の河川敷の草地を借り、牧草を増産し、現在15haまで広がりました。さらに、濃厚飼料もできるだけ地元で手に入れようと、飼料米は地元の農協を通じて購入し、県外食品工場から出されるしょうゆ粕やみりん粕、近隣から出る酒粕、ビール用麦芽粕といった副産物も積極的に調達するようになりました。すべてが順調に進んだのですが、いざ牛に与えようという段階で、大きな壁に直面しました。
牛に寄り添い、牛にとって快適な環境を作る
「エサの原料を作ったり、集めたりできても、牛の口元まで届けるのは並大抵ではなかった」と坂井さん。一緒に働く両親は高齢になり、妻の美幸さんは当時、子育ての真っ最中でした。飼料の原料をすべて混ぜ、牛の口元まで、しかも一日に何回も運搬するのは並大抵の作業ではなかったのです。

8年前、思い切って導入したものが自動TMR給餌機です。大きなタンクに飼料の原料や水分を投入し、セッティングをしておけば、原料が自動で攪拌され、牛舎を一周しながら、牛の目の前でエサを配ってくれるのです。牛の状態によってエサの量も調整されるという優れもの。北海道の研修先がこの自動給餌機を使っていたことを思い出し、導入を決めたそうです。坂井さんが早朝に給餌機の段取りをしておけば、自動給餌機は1日8回牛舎を回りながら、牛に給餌してくれます。
こうした取り組みによって、坂井牧場の牛たちが食べる飼料を自給粗飼料合わせて、6割を国産飼料で賄えるようになったのです。近年、円安によって輸入飼料の価格は高止まりを続けています。畜産は、生産費に占める飼料代の比率が高いのですが、坂井牧場のように県内産、国内産飼料の比率を上げることで、為替相場によるコスト負担増を軽減でき、経営面でのメリットも大いにあります。
のんびりとエサを食べる牛たちを眺めながら、坂井さんは言います。「かつては、どうやって牛の能力を最大限引き出し、乳量を増やすかを考えてエサの設計をしていました。でも今は、手に入るものを食べてもらい、それを(飼う側の工夫によって)いかに良質な牛乳に変えていくかという発想になりました」―。

牛に寄り添う考え方は、牧場におけるさまざまな工夫にも反映されています。牧場内は「トンネル換気」といって、牛舎の片側から扇風機で風を送り、反対側にある換気扇で風を吸い出しています。空気の流れがいつもあるので、新鮮な空気が保たれるそうです。
暑さ対策として、牛の背中の上部に「ソーカー」というシャワーが一頭ずつ設置されています。かつては牛舎内にミストを出す装置を設置していましたが、新潟市の気候には合わず、「何かよい方法はないか」と探し当てたもの。課題に直面するたび、頼りになる獣医の先生や業者、仲間の酪農家と幅広い人脈を通じ、解決策をみつけだす実践力の持ち主です。
地域で愛される酪農を実現
2016年から、美幸さんが中心となり、チーズとヨーグルトの加工および販売もおこなっています。坂井さん夫婦は、地域の親子などを牧場に招くイベントをおこなってきました。そのたびに「坂井さんの牧場の牛乳はどこで飲めるの?」と聞かれました。以前は、農協に全量出荷していることもあり、自信をもって質問に答えられないもどかしさがあったそうです。
チーズやヨーグルトづくりは、そんなもどかしさの解消にもつながりました。作り手である美幸さんは、新潟市出身で、北海道でのファームステイを機に、酪農の魅力にとりつかれたそうです。酪農家が病気や休みを取るときなどに臨時で牧場の仕事に就く専門職「酪農ヘルパー」として活躍。ヘルパー先の坂井牧場で、武史さんと出会って結婚したそうです。持ち前の行動力で、自らチーズづくりに挑戦し、試作を繰り返しながら、モッツァレラチーズやヨーグルトの商品化に成功しました。いまでは牧場に隣接する加工所で製造するこれら加工品は、新潟県内のレストランやデパート、直売所などで人気を博しています。

坂井さんは言います。「地元の人たちが贈答品や引き出物として使ってもらっていることがとてもうれしい」といいます。畜産業は、においなどの点からマイナスのイメージがつきものですが、「加工品を手に取ってもらうことで、酪農の意義が伝わるきっかけになったと思います」
分業しながらも助けあう坂井夫婦。3人いるお子さんに「酪農の仕事を継いでくれ」とは言っていないそうです。「いつも言っていることはいまの仕事が楽しいということ。そして、人が口にしないものを食べて牛乳を出してくれる牛の存在。私たちの姿や牛のことが子供たちの頭の片隅に残っていればいい」とやさしい表情で語ります。
農業王の受賞、おめでとうございます。
関連リンク
ソリマチ株式会社「「農業王2025」受賞者決定!」
ソリマチ株式会社「農業王SDGs」

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