農業利益創造研究所

インタビュー

糸魚川の農村を守るという想いを受け継ぐ「株式会社あぐ里能生」

農業法人インタビュー「株式会社あぐ里能生」

「農業は儲からない」なんて考えはもう古い!
農業だって、やり方次第で儲かるということを実践している農家が新潟県にいました。

新潟県糸魚川市の農業法人「株式会社あぐ里能生」(あぐりのう)の代表者「稲葉 淳一」(いなば じゅんいち)さんの経営をご紹介します。

営利組織にて農業を行う「農業法人」は、どのような方法で利益を創造しているのでしょうか? インタビューを通じて、そのノウハウに迫ってみたいと思います!今回は、代表取締役の稲葉さんと取締役である奥様の祐娘(ゆうこ)さんのお二人に、お話をお伺いしました。

研修先の農家で従業員として働き、事業継承者へ

株式会社あぐ里能生は、新潟県糸魚川市で米を主作目としている農業法人です。水稲33.4ha、水稲育苗77.0haの他に、育苗用のハウスを利用して、糸魚川の特産品であるタカミメロンやよもぎ(もぐさ)、野沢菜も栽培しています。全体の95%が直販で、従業員は現在9名です。

あぐ里能生は、前代表である日野富保さんが平成19年に、仲間の農業者2名と共に設立しました。後継者問題で受け継ぐ人がいない田んぼが増えてきて、この問題を憂いた日野さんは、「行き場のない田んぼの受け皿となる農業法人を作り、この美しい農村風景を守りたい」との思いで創業に踏み切りました。

一方の稲葉さんは農家に生まれたわけではなく、幼い頃より農業を志して農業高校へ、さらに東京農業大学を卒業し母の実家がある糸魚川で研修先として訪れたのが、日野さんのところだったのです。

「ちょうどその頃、会長(先代の日野さん)があぐ里能生を創業しました。このままここで働こうかなと、なんとなく入社したんです。私が次期後継者に選ばれたのは、単に一番社歴が長かったからじゃないかと思いますね(笑)」

そう謙遜される稲葉さんですが、大事な会社を任されたのですから、日野さんの深い信頼を勝ち得ていたことは間違いありません。令和元年に正式に会社を継いだ後も、先代のやり方をほとんど変えずに守っているそうです。

「唯一変えた点は労働環境の改善ですね、弊社は以前時給制だったので、農繁期は給料が高くて農閑期は低かった。現在は1年単位の変形労働時間制を導入して、年収÷12の額を月給として支給しています。さらに、就業規則や福利厚生費の見直しなど、より働きやすい環境を整えました」

ただし、現在も希望すれば時給を選択できるし、従業員の声を聴いて柔軟に対応していきたいとのことです。ボトムアップで最良の方法を模索する姿勢に、優良経営者としての顔が伺えます。

儲かる秘密1:高級手焼きせんべいが広告宣伝に!?

あぐ里能生の「顔」である商品の一つが炭手焼きせんべいです。

一般的な米菓メーカーのせんべいはくず米から作りますが、こちらは自社栽培コシヒカリ「能生(のう)米」を原料に作る贅沢な一品。3枚300円と高級ながら納得の美味しさで、地元の道の駅や東京にある新潟のアンテナショップで売られています。

この商品ができたのは、新潟県の6次産業化プランナーから「引退するせんべい職人が誰かに技術を受け継いでほしいそうです。やってみませんか?」ともちかけられたのが、きっかけだとか。

「その職人さんから手取り足取り、作り方を教えていただきました。設備も、その方が使っているものと同じ機械を導入し、できる限り同じ味が出せるよう努めています」

職人の技術を受け継いだという点は、田んぼを「受け継ぐ」目的で創業されたあぐ里能生にふさわしい商品ではないでしょうか。

「せんべい単体ではそれほど利益は出ていません。でも、高級せんべいなら話題になるし、うちとうちのお米を知ってもらうきっかけになればと考えています。広告宣伝費代わりですね」

なお、あぐ里能生は、「令和3年度全国優良経営体表彰」経営改善部門において農林水産大臣賞を受賞いたしました。その受賞理由の一つが「女性活躍」です。

従業員の半分は女性で、おせんべいの新商品企画やパッケージデザインを決める上で、女性従業員が消費者目線を活かして中心的な役割を果たしたそうです。他にも直販の受注や営業活動、顧客管理など、様々な業務で力を発揮しています。

力仕事という点では不利かもしれませんが、農業に直販や6次産業化を取り入れる時、女性が大いに活躍できる場面はたくさんあります。新しい農業経営の形として非常に参考になる事例です。

儲かる秘密2:徹底したデータ管理で水稲・育苗の質を確保

あぐ里能生は直販が全体の95%という驚異の数字です。個人のお客様や飲食店、スーパー、介護施設など地元のお客様が約半数で、遠方のお客様も、口コミで次第に増えていったそうです。

そんな美味しいお米を作る秘訣の一つは、徹底したデータ管理。全農のデータ管理アプリZ-GISを使用し、肥料の量や中干しを始めた時期、終わった時期、米の収穫量など、ほ場一筆ごとに丁寧に記録しているそうです。

「私は先代のやり方を踏襲しているだけなのですが、「ここまでデータを取っている方はなかなかいませんよ」と県の方に驚かれたこともあります」と稲葉さんは言います。綿密なデータは、収穫後の振り返りや反省に大いに役立つそうです。

さらに、あぐ里能生で一番伸びているのは育苗です。受注が順調に増えて、現在ではハウスも23棟まで増設され、二回転しているハウスもあるとか。育苗は適切な温度管理が必須ですから、データ管理が徹底しているあぐ里能生と相性が良いのかもしれません。

「JAさんから苗を買うと、配達の日付を指定できないんですよ。会社員の息子が休みで空いているGWに届けてほしいのに……というニーズがある農家さんも多い。弊社はお客様の指定した日付に届けるので、それなら今度からあぐ里能生さんにお願いするよ、と言っていただけるんです」

実は、そのJAから依頼されて、作業受託で育てている苗もあるそうです。それだけ、あぐ里能生が栽培する育苗の評価が高い、ということでしょう。1箱1,000円である育苗は水稲より利益率が高く、「弊社としても受注が増えるのは嬉しいですね」と祐娘さんは笑顔で語っていました。

利益よりも創業理念を優先するこころざし

代表の稲葉さんと奥様にインタビューする中で、非常に印象的だった一幕があります。今の人員なら現状のほ場の倍は管理できると思います、と稲葉さんが口にしたので、それではほ場を拡大していく予定はありますか、と尋ねたところ、少し困った顔をされました。

「糸魚川にいる高齢の農家さんは、田んぼを続けられなくなっても、子供は継いでくれないという状況の方も少なくありません。そんな方も、「あぐ里能生さんがいるから安心だね。いざとなったら、うちの田んぼを頼むよ」とおっしゃってくれます。そういう方が、お願いします、と言ってきたそのタイミングで、お引き受けしたい。だから、弊社都合で規模拡大することはありません」

非常に熱を込めて話されていて、この点はあぐ里能生と稲葉さんにとって非常に大切なことなのだと、強く伝わってきました。

あぐ里能生は「後継者がなくなった田んぼを引き受けて守っていきたい」という理念で設立された会社です。「経営において企業理念が大切」とは、一般企業の経営術でもよく言われることですが、稲葉さんは見事に先代の日野さんの想いを受け継いで、創業の理念を大切にしているようです。

「私たちは法人ですから、利益はもちろん大切です。でも、この糸魚川の農村風景を守っていくことが一番大切で、利益は二の次です。自分たちさえよければいいという考えはしたくない。今現在田んぼを守っている人たちが「あぐ里能生さんがいるから」と安心できる。そういう存在でありたいんです」

「会社は社会の公器」という松下幸之助の名言がありますが、目先の利益よりも地域の農家さんのために、と考えて行動する稲葉さんは、まさに立派な経営者です。先代の日野さんも、稲葉さんのこのような器を見込まれて、次期経営者に指名したのではないか、と感じさせられました。

関連リンク

株式会社 あぐ里能生
農業女子PJ×ソリマチ

 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

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