農業利益創造研究所

インタビュー

アヒル農法で人と人とのつながりを「ゴールドダックカンパニー」

持続可能な農業インタビュー「ゴールドダックカンパニー(森安かんなさん)」

近年、「持続可能な社会」、「SDGs(エス・ディー・ジーズ)」という言葉をよく聞くようになりました。そこで農業利益創造研究所でも、「持続可能な農業」の実践者へのインタビューを行っていきたいと考えています。

今回は、岡山県備前市でアヒル農法による稲作を手掛ける「ゴールドダックカンパニー」森安かんなさんにお話をお伺いしました。

金融業界から農業へ、新しい挑戦

森安さんは非農家の生まれで、以前は東京の銀行で働いていました。しかし、合併などで職場環境が変わって転職を考えた時に、「農業」という選択肢が生まれてきたそうです。

「当時、母が家庭菜園に熱心で、農業大学校に見学に行って入学を検討するほどだったんです。その頃、ユニクロなどの大企業が農業に参入する流れもあり、農業はこれから来る分野で、10年後には重要性が上がっているかもしれない、と感じました。「食」は絶対に無くならない需要の高い産業ですから」

当時20代だった森安さんは、故郷の岡山に戻って農業大学校へ入学。学校で出会った男性と結婚し、土地を借りて小松菜農家として夫婦で新規就農しました。小松菜を選んだのは、夏場で24日、冬場でも60日程度という短期間で収穫出来て、失敗してもリカバリーが簡単かつ、通年栽培が可能だったからだそうです。

その頃はまだ稲作を手掛けておらず、「ゴールドダックカンパニー」のトレードマークでもあるアヒル農法との出会いは偶然でした。岡山大学の岸田芳朗助教授(当時)と話す機会があり、その時にアヒル農法を知ったそうです。

アヒル農法とは、水田にアヒルを放し、雑草や害虫を食べてもらう有機農法の一種です。一般的に使われる合鴨よりも、アヒルの方が人懐っこく、警戒心が薄く、お肉にした時に量がたくさんとれるので、アヒルを使う方法が広まりつつあります。

アヒル農法を知った少し後に、田んぼも一緒に借りてくれないか?との依頼が、小松菜のほ場のオーナーから来ました。これはチャンスだと感じた森安さんは、さっそくアヒル農法にチャレンジ。森安さんがお米、ご主人が小松菜と分業制で手掛けることになりました。

しかし、重大な環境の変化が起こりました。諸事情でご主人と離婚することになったのです。

「精神的なダメージだけではなく、経済的な不安も大きかったですね。これからは一人で農業を手掛けなければならないし、通年栽培の小松菜の収益がなくなるのは痛かったです。去年までの実績や自分の技術力を考えると、稲作だけで食べていけるとは思えなくて……」

離婚後、森安さんはスーパーに勤めて兼業農家となりました。深夜からスーパーで勤務し、朝方に帰宅して、子供を学校に送り出してから少し眠り、その後で田んぼに出るというハードスケジュールをこなしました。

一年ほど経ったのち、知人の紹介で、「農作業が忙しい時は優先していいからね」と理解をしてくれる職場に移りました。それでも、森安さんは「農業に専念したい」という気持ちを持ち続けていたそうです。

「自分のやりたいことはなんだろう?と問いかけた時に、やっぱり農業が好きだと気づいたんです。働いている職場は理解がありましたが、忙しい時には仕事を抜けられませんし、二足のわらじを続けるのは自分の性格では無理だと思いました」

自分のやりたいことを追求する

一念発起した森安さんは今年から再び専業農家となり、家の近くに新しくほ場を借りました。初めは以前のほ場と並行して受け持つ予定でしたが、移動が大変だったため、家の近くに集約したそうです。以前のほ場は平地でしたが、新しく借りたほ場は中山間地域で、作業の一つ一つが非常に大変になり、戸惑ったそうです。

「以前のほ場は河川敷で用水の一番初めの場所でしたから、水がいくらでも使えたんですけど、今の土地ではそうはいかない。田んぼを手掛ける人数が少なくて水当番もないので、最初のうちは水を入れすぎて他の人の分がなくなったらどうしよう?と不安でした」

土地が変われば最適な方法も変わります。未だに試行錯誤の段階で収量が安定していなくて、と語る森安さん。しかも、今年はさらなるハプニングが襲い掛かりました。なんと田んぼに放したアヒルたちが軒並み姿を消してしまったのです。

「キツネではないかと思うのですが……まさにキツネにつままれたような気分です(笑)」と森安さんは苦笑されていました。生き物相手ですから、アヒル農法にはこのようなリスクがつきまといます。今は食べられないように、アヒルを毎晩家まで連れて帰っているそうです。

「大変だという理由で、アヒル農法を辞めようと思ったことはないですか?」と思い切った質問をぶつけてみましたが、「考えたこともありません」とのお返事でした。

「アヒルが大きくなるのを見ているのが楽しい。モチベーションが上がるんですよ。大変な草取りも、自分一人だったら疲れるだけですけど、草取りをした跡をアヒルがちょこちょこ泳いでいるのを見ると、ああ、頑張ってよかった、と元気が出ます」

「仕事」に対するモチベーションは、目に見えないものながら重要です。森安さんは有機農法そのものを強く意識したことはなく、自然な形でアヒル農法を行ってきたそうです。

「農薬に抵抗があって、アヒル農法を選んだことは事実です。ただ、農薬を使っていたら危険かといえばそうとも限らないし、全ての有機農法が安全とも限らない。自分としては、それよりも人のやらないことをやりたい、という気持ちでした」

有機農法から始まる人と人とのつながり

アヒルの引き渡し先についても聞いてみました。二年目を迎えたアヒルは背が高くなり稲を食べてしまうので、アヒル農法のアヒルは一年目で処分する必要があります。しかし、食肉を売るには資格が要りますし、生きたままのアヒルの売り先を探すのは簡単ではありません。

しかし、これについては、森安さんは苦労したことがないと言います。近所で働いている方に「アヒルを売ってほしい」と言うベトナム人の男性を紹介されて、その方にアヒルを売ったところ、「あそこでアヒルを売ってもらえる」との情報をSNS経由で聞きつけたベトナムの方から注文が殺到したそうです。

「ベトナム北部では農業が盛んで、アヒルを家畜として飼う家庭も珍しくないようです。アヒルの血を使った料理も人気があり、アヒルをさばける方が多いんですよ」とのこと。他にも、お米と一緒にアヒルを譲渡するサービスを実施し、様々な方からお申し込みをいただいているそうです。

「たとえばアヒルが田んぼで泳いでいると、その光景に惹かれて声をかけてくださる方も多いんです。まだ具体的な方法はわかりませんが、アヒルをきっかけに生まれる人と人とのつながりを広げて、地域活性化に繋げたい。それが自分にできることではないか、と思っています」

森安さんは田んぼを手掛ける人が減っていくことを憂いており、農村地帯の風景を守りたいと強く願っているそうです。自分一人では名案を思いつかなくても、仲間がいれば何かのアイディアを形にできるかもしれない、同じ志を持つ仲間を探したい、とも語っていました。

現在、農林水産省が進める「みどりの食料システム戦略」にて、2050年までに有機農業の取り組み面積を25%、100万haに拡大する目標が掲げられています。しかし、森安さんはこの施策には懐疑的でした。

「従来の1.2倍程度の価格なら、有機栽培の農作物は消費者に受け入れられるのではないか、という意見が述べられていました。生産者視点では、たとえ1.2倍でも手間に見合っていないと思います。でも、自分が消費者に回った時、安全だからといって価格が遥かに高い野菜を買うだろうか?と考えると、厳しいのも現実。有機農法を広げるためには、消費者の意識を変えることが必要だと思います」

有機農法では「安全」がクローズアップされがちですが、森安さんは「人と人とのつながりが生まれる」「気持ちが明るくなる」、ひいてはそれが地域の活性化に貢献できるのではないか、という柔らかな視点を大切にしているようでした。農林水産省の農業女子メンバーとしても活躍中である森安さんの、女子らしい物の見方といえるかもしれません。

苦労話も交えつつ、終始明るい笑顔を絶やさない森安さん。「アヒルは世界を救うと思います」と笑いながら話されていたのが、非常に印象的でした。アヒルから生まれる笑顔、そして人と人とのつながり、もしかしたらそれが有機農法の新しい可能性なのかもしれません。

関連リンク

ゴールドダックカンパニー
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 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

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