農業利益創造研究所

インタビュー

震災を乗り越えて山古志の牛飼いの伝統を守る【農業王 2022:関牧場】

「農業王2022」受賞者インタビュー 新潟県長岡市の関克史さん

ソリマチ株式会社と農業利益創造研究所は、日本農業に無くてはならない個人事業農家を応援するために、優れた経営内容で持続可能な優良経営を実践している農業者を表彰する「農業王 アグリエーション・アワード 2022」を実施しました。

応募者の青色申告決算書をもとに経営の収益性・安定性を審査して全国108人を選考し、その経営者へのヒアリング調査により経営力や持続可能性についてさらに選考を行い、北海道から九州までの9ブロックの中で、普通作(米+麦・大豆)部門、野菜部門、果樹部門、畜産部門ごとに計16人の「農業王」を選出しました。

今回は、新潟県長岡市の畜産部門の農業王である関克史(かつし)さんと奥様の裕子さんからお話をお聞きし、優良経営の極意をご紹介します。

復興を機に、さらなる優良経営へ飛躍

日本の原風景とも呼ばれる新潟県の山古志に位置する関牧場では、黒毛和牛を90頭(現在)擁しており、繁殖から肥育まで行う一貫経営です。関さんは父から牧場を受け継いでおり、専従者は奥さんの1名です。

関牧場の経営の特徴としては、減価償却費や売上高固定資産比率が非常に低いことが挙げられます。これについて説明する前に、山古志地域が甚大な被害を受けた、2004年の新潟県中越地震に触れなくてはなりません。

震災の際に関牧場では、牛舎が倒れて大勢の牛が犠牲になってしまっただけではなく、関さんも避難をよぎなくされました。もちろん生き残った牛を一緒に連れてはいけません。苦肉の策で、関さんは綱を外して牛を逃がし、無事に生きていてくれ、と祈るしかなかったそうです。

雪が降る季節になれば牛は死んでしまいますから、避難後も関さんは手を尽くして牛を助ける方法を探しました。そのかいもあって、ヘリコプターで牛を救出して、牛飼い仲間の紹介で魚沼市の牛舎に間借りさせてもらうことができました。そして三年後に、ようやく新しい牛舎が完成して、関さんは畜産農家としての再出発を果たすこととなりました。

「再出発後、頭数を補うために初めは市場で子牛を買っていました。でも、どうしても納得のいかないことが多くて、自分で育てた方が良い牛になるんじゃないか、と思うようになりました。子牛は母牛の血統を受け継ぐ傾向があって、良い母牛からは良い子牛が生まれる可能性が高い。知り尽くした牛の血統なら、安心して育てられます」

関さんはそれをきっかけに本格的に繁殖に取り組み、現在では子牛をよそから買うことはなく、全ての子牛を自らの牧場で繁殖しているそうです。数年前に素牛(もとうし)の高騰が問題となっていましたが、一貫経営であるからこそ、その費用は抑えられたそうです。

また、地震から復興する際に、近所の畜産農家と一緒に牛舎や機械を共同購入したので、減価償却費が低いのはそのおかげもあるしれませんね、ともおっしゃっていました。

負担を軽減するために農機などの設備をシェアする考え方は、農業界全体に広まりつつあります。復興という非常に大変な経験が優良経営につながっているのは、関さんの経営感覚の確かさもさることながら、「災い転じて福となす」ということわざを彷彿とさせます。

山古志で牛飼いの伝統を継ぐ

山古志地域には、「牛の角突き」と呼ばれる闘牛の伝統があり、昭和53年には国の重要無形民俗文化財に指定されました。この「牛の角突き」の最大の特徴は、牛を傷つけないようにあえて勝敗をつけず、毎回引き分けるという点です。この特徴を持つ闘牛を行っているのは、日本全国で越後(山古志・小千谷)地域だけです。

もちろん戦いたがっている牛をなだめて引き分けさせるのは、並大抵のことではありません。勢子(せこ)と呼ばれる闘牛を補佐する役目の人たちが、牛の後ろ足に綱をかけて引きながら、牛の鼻を取って(つかんで)おとなしくさせます。この工程は大変難しく、一糸乱れぬチームワークが要求されます。

関牧場でも親の代から闘牛を飼育しており、関さんも勢子を務めています。震災前は個人で飼っていましたが、震災後の現在は1か所で共同管理されています。この「牛の角突き」は大変な迫力で観光イベントとしても人気とのことで、その様子を話す関さんも大変熱を込められていて、地元の伝統を受け継いでいる誇りが感じられました。

自慢の肉牛の販路は?

新潟県畜産協会では、高度な衛生管理手法(HACCP方式)を取り入れて家畜を飼養している農場を「畜産安心ブランド生産農場」として認定し、安全・安心な畜産物の提供に努めています。関牧場もこの認定を受けている「クリーンビーフ生産農場」の一つです。また、分娩室に監視カメラを設置したり、作業記録や個体ごとの細かな管理を行っています。

ちなみに、この写真に写っている牛は、全国の優秀な和牛が集まる「全国和牛能力共進会(鹿児島大会)」に、新潟県代表として選ばれて出品しました。

出荷先は、ほぼ全て東京の食肉市場で、品評会などを除けばJAを通すことは少ないそうです。また、年に2,3頭分はフェイスブックなどで注文を受け付けて、加工業者でカットしたお肉をお客様に直接販売している他、飲食店に販売する分もあるそうです。

「コロナ禍になる前は、東京のイベントで牛串を売ることもありました。東京は人も多いですから、行列が途切れなくて、ものすごく売れましたね。最近はイベント自体が減ってしまいましたが、もちろん声がかかれば以前のように出るつもりです」

コロナ禍以上に気になる最近のトピックといえば、飼料の高騰です。それについて伺ってみると、関さんも顔を曇らせました。関牧場では、「美味しくなるように」考えて、ふすま・麦・とうもろこしなどの十何種類を混合している自家配合飼料を使っています。しかし、やはり原料は非常に値上がりしていて、とうもろこしは1.7倍にまで跳ね上がったそうです。

「配合飼料は補填金が出るけど、自家配合には補填金が出ないから大変」「ただ、肉牛はマルキン(肉用牛肥育経営安定交付金)があるからまだいいけど、酪農家さんはもっともっと大変そう」ともコメントしておりました。

ちなみに関さんにはお子さんが三人いらっしゃって、9歳の息子さんについては「そろそろ戦力になってきましたよ」とのことでした。ただ、自分が子供の頃は、家のすぐ裏が牛舎だったから気軽に手伝いもできたけど、今は距離があるので連れてくるのが難しくて、ともおっしゃっていました。

地震によって被害を受け、牧場を営む土地を離れなければならなくなったというのは、非常に大変な経験です。しかし、関さんは苦労話にあたることも終始笑顔で話されていて、数多くの方に支えられご支援いただいたので、やってこられました、と感謝の言葉を述べていました。復興から経営を発展させる逞しさのみならず、感謝の心を忘れない人柄、そして地元を愛する気持ちを持つ、素晴らしい農業経営者に出会うことができました。
農業王の受賞、おめでとうございました。

関連リンク

ソリマチ株式会社「「農業王2022」 受賞者決定!」
日本農業遺産の里 山古志
にいがた観光ナビ

 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

農業者の簿記データとリサーチデータをデータサイエンスで統計分析・研究した結果を、当サイトを中心に様々なメディアを通じて情報発信することで、農業経営利益の向上に寄与することを目標としています。