
「農業王2022」受賞者インタビュー 福岡県筑後市の永松 久昌さん
ソリマチ株式会社と農業利益創造研究所は、日本農業に無くてはならない個人事業農家を応援するために、優れた経営内容で持続可能な優良経営を実践している農業者を表彰する「農業王 アグリエーション・アワード 2022」を実施しました。
全国13,000件の青色申告決算書をもとに経営の収益性・安定性を審査して全国108人を選考し、その経営者へのヒアリング調査により経営力や持続可能性についてさらに選考を行い、北海道から九州までの9ブロックの中で、普通作(米+麦・大豆)部門、野菜部門、果樹部門、畜産部門ごとに計16人の「農業王」を選出しました。
今回は、福岡県筑後市の果樹部門の農業王である永松 久昌(ひさよし)さんからお話をお聞きし、優良経営の極意をご紹介します。
梨の産地でほ場を守り続ける堅実経営
昭和62年に筑後市農協梨部会が「天皇杯」を受賞するなど、福岡県の筑後地方は名実ともに有名な梨の産地です。その筑後地方に位置する永松果樹園は、梨1.9ha、桃33aのほ場を備えていて、専従者は奥様と息子さんの二人。幸水、豊水に加えて、晩生種である甘太(収穫は9月下旬)、新興(9月末~10月頭)、王秋(10月頭~中旬)の五種類を手掛けています。

永松さんは父の代からの梨農家で、先代の時に水田から転換して梨をメインにしたそうです。その頃はハウスで梨を栽培していましたが、梅雨の時期と出荷が重なって糖度が低くなるため、ハウスを桃に切り替えて、現在に続いているそうです。
そんな永松果樹園では年間154人もの季節労働者を雇用しています。「以前は年間200人以上いたので、これでも減ったんですよ」とのお話ですが、確かに同規模の果樹園と比較してみると、収入全体を100とした場合の雇人費の割合は、全国平均の8.2%に比べて、永松果樹園は2.9%と低くなっています。
作業を効率化するため工夫は樹形にあるそうです。永松果樹園では四本主枝ではなく、二本主枝一文字整枝という、二本の主枝を一直線状に配置して側枝は直角方向に生やすという整枝方法を採用しています(下の写真参照)。この樹形は作業する方向が真っすぐなので、効率化に繋がると永松さんは語ります。

「パートさんたちは作業しているうちに、夢中になって隣の木に行ってしまったりすることもあります。一文字整枝だと、そういう間違いも起こらないんですよ」
蜂との共同作業で、受粉作業を効率化
もう一つの工夫は、受粉作業に蜂を使うことです。多くの果物は「自家不和合性」という性質を持っていて、同品種の花粉では受粉しないため、他品種の花粉を受粉させる必要があります。梨も例外ではなく、そのため受粉作業には膨大な手間がかかります。永松果樹園のような大きなほ場を持つ農家さんなら、なおのことです。
そこで永松果樹園では、ミツバチが大活躍しています。養蜂家から巣箱を借りてきて、二週間ほど放しておけば「ある程度は蜂が受粉してくれる」のだそうです。
この地方ではミツバチを使った受粉は一般的ですか?と尋ねると、「そうでもないんですよ」とのご回答。理由としては、受粉作業にミツバチを使うためには、様々な品種を同じほ場に植えなくてはならないので、防除の際に他品種の収穫前の梨に農薬がかかってしまうなどの問題があるから、だそうです。

「でも、防除はビニールシートをかけるなどの対処のしようがありますし、うちとしては蜂を使いたいですね。そのおかげで雇用の人数もだいぶ減りましたから」
受粉作業の効率化は農業における重要課題の一つで、実用化に向けてドローンによる受粉作業の研究も盛んにおこなわれております。ただし、熟練した操作テクニックが必要になる、高額のコストがかかってしまう、などの課題もあり、ドローンが一般の農家へ導入されるのはまだ先になりそうですから、蜂が引き続き活躍する日々が続きそうです。
梨単価アップで売上も順調に増大
費用が抑えられている理由の一つとして、永松さんは「単純に梨の単価が上がったおかげもあると思いますよ。収入全体が大きくなれば、それに対する費用の割合も小さくなりますから」と冷静に分析していました。
単価が上がった理由の詳細はわかりませんが、「コロナ禍で家にいる時間が増えて、家族で一緒に果物を食べよう、と思われる方が増えて、需要が伸びたのではないか」とのことです。確かに、令和2年から単価が上がり、その後は高単価を持続しているというお話なので、コロナ禍の時期と一致しています。

単価の上昇は時流によるものですが、他にも永松果樹園では、晩成種を増やしたことで売上が上がったとのことです。以前は幸水・豊水のみを生産していましたが、晩生種の甘太・新興・王秋を後から作るようになりました。これについては、作業の時期をずらして作業を楽にする、またミツバチによる受粉作業で別品種の混植が必要なため、品種を増やしたかった、という背景があるそうです。
「晩成種は単価のブレも大きいし、9月10月に実が成るので台風のリスクも大きい。けれど、リスクがあっても、人手が足りないので、作業効率化の方を優先させていますね」と永松さんは語ります。
梨の産地を守るために助け合って
永松果樹園の出荷先は100%JA。永松さんは梨の部会にも所属し、部会長を務めたこともあるそうです。この部会では福岡県GAP認証制度を取得しており、それも元々は永松さんの提案だったとのことです。
「JAを通しての出荷の場合、問題のある梨が出たら、全ての出荷を止めないといけなくなります。しかしGAPを取得していると、その辺りの管理やチェックもしやすくなります。外部へのPRよりも、そういった自分たちを守るという点で、GAPの取得はメリットがありましたね」
残念ながら農家の減少という問題はこの地域にも忍び寄っており、「この産地を守らないと」という気持ちを、永松さんは人一倍強く持っているようでした。たとえば、自分たちの剪定が終わった後は、息子さんに他の農家さんの剪定を手伝わせたりもしているとのことです。
「剪定は重労働なので、年を取って剪定が間に合わないから、梨づくりを辞めるしかない、という方もいるんですよ。うちは息子と二人なので、余裕を持って剪定を終わらせられます。だから、そういう農家さんを手伝わないと、と思っているんですよ」

永松さんの息子さんは三男で、若干28歳です。高校は農業学校、さらに農研機構の果樹研究所(現在は「農研機構 果樹茶業研究部門」)で研修を積み、22歳の時から永松さんと一緒に梨づくりを行っています。そんな若い息子さんがいることで、新たな挑戦もできるようになったそうです。二年前に45aの遊休地を借りたのも、その一つです。
「私の先輩が以前梨を作っていた土地なのですが、その方は若い頃に腰を痛めて、農業を続けられなくなってしまった。とても良い土地なので、遊ばせておくのはもったいないな、と長年気になっていたんですよ。今なら息子もいるし、自分もまだ頑張れる。それで、思い切って借りたんです」
その新しい土地に植えた梨が、来年初生りを迎えるそうです。ほ場が増えたら売上は上がるかもしれないけれど、それよりもあの土地に再び梨を実らせられることが嬉しいですね、と語る永松さんからは、由緒ある梨の産地を守りたいという愛情が強く感じられました。将来は永松さんの息子さんが立派に果樹園を継ぎ、末永く守っていくことでしょう。
農業王の受賞、おめでとうございました。
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