農業利益創造研究所

作目

<普通作編>「持続可能な農業経営」とは、会計データから探る!

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

近年「持続可能な社会」「SDGs(エス・ディー・ジーズ)」という言葉をよく聞くようになりました。

これは環境や社会、人々の健康、経済などあらゆる場面において目先の利益だけを追求するのではなく「将来にわたって機能を失わずに続けていくことができるシステムやプロセス」を重要視して行こう、という考え方です。

SDGsで掲げられる17つの目標には、飢餓、健康、水、気候、緑など、農業に関係するキーワードが多数使われています。SDGsを実現するためには、持続可能な農業が非常に重要と言えるでしょう。地球環境や社会全体がおかしくなったら農業生産は継続していきません。

農林水産省では「みどりの食料システム戦略」という、2050年に有機農業の取組面積を大幅に拡大するなどの持続可能な農業生産への拡大に向けた目標を掲げました。

また持続可能な農業には、化学農薬や化学肥料の利用量低減や有機農業の拡大・環境保全だけでなく、日本の食糧生産を支えている農家の経営が発展・持続し、農家数が維持されていくという観点も必要です。

持続可能な農業経営スタイルとは

 (1)収益性が高い経営
 (2)安全性が高い経営
 (3)次世代への経営継承を考えている
 (4)環境的、社会的、地域的に貢献し必要とされている

これら(1)(2)(3)について、今回は農業簿記ユーザーの中で普通作経営3,179件のデータを分析して、個人事業経営としての持続可能な農業経営の姿を探ってみたいと思います。

収益性が高い効率経営は収入金額が約7,000万円

農業経営は生産した農産物から収入金額を得て、経費を支払い、残ったお金で専従者や事業主の報酬が得られて来年度の生産活動につなげています。つまり持続可能な農業経営を実践するなら、適正な所得をあげられるような効率の良い経営(高い農業所得率)であることを目指さなければなりません。

以下のように、普通作農家の収入金額規模別に雑収入と世帯農業所得額(控除前農業所得+専従者給与)と世帯農業所得率(収入金額に対する所得額の率)をグラフにしてみました。

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収入金額の上昇とともに所得率がきれいにアップして世帯農業所得額が高くなっていますので、高所得のためには収入金額を増やすことと、経費を低く抑える工夫と両方必要だということがわかります。

しかし所得率の折れ線をよく見ると、収入金額が5,000~7,000万円の時は27.3%なのに、7,000万円以上になると25.8%と落ちています。約7,000万円が最適規模なのかもしれません

また雑収入(補助金や作業受託)の額と所得額が比例しており、雑収入を上手に活用することが所得アップにつながります。ただ、もし雑収入がなかったら農業所得がマイナスになってしまうという現実があることも認識する必要があります。

高所得経営の特徴は

それでは、高所得経営とそれ以外の経営では何が違うのでしょうか。

世帯農業所得3,000万円の高所得農家と200~300万円の低所得農家の、収入金額を100とした収入と経費の比率を出して、その差をグラフにしました(±1%以上の科目のみ)。

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高所得農家は実は農産物の販売金額の比率は高くなく、雑収入(補助金や作業受託)をうまく活用しています。

さらに高所得農家は農産物販売金額の中で野菜の売上が高くなっています。ここから稲作だけでなく野菜の複合経営を行っていることがわかります。

また経営費は特に減価償却費が抑えられています。これは普通作に必要な高価な大型農業機械を、規模拡大によって経費削減していると思われます。

安全性が高い経営も収入金額が約7,000万円

持続する経営においては資金繰りがうまく回って倒産しないことも大事です。貸借対照表の中の現預金、固定資産、借入金に着目し、経営の安全性から持続可能な農業経営を分析してみます。

固定資産には本来は土地を含みますが、固定資産への「投資」を分析する今回は土地の評価は地域によって非常に異なるため除外しました。土地の評価を含めると、都心などの地価が高い地域では固定資産の投資が高いなどの結果が導き出されてしまう可能性があるからです。

以下のグラフのように、収入金額が増加すると現預金、固定資産、借入金、すべてが増加しています。

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しかし収入金額に対する各比率を計算すると、5,000~7,000万円の階層で一つの節目となっていて、7,000万円以上になると現預金比率が下がり、固定資産比率と借入金比率が上昇しています

7,000万円以上になると借入金が4,000万円ですから、かなり返済が大変なのではないかと想像できます。安全性が高い経営は、収益性分析と同じで約7,000万円が最適規模と言えるのではないでしょうか

下記のグラフは、現預金、固定資産、借入金の期首と期末の差、つまり1年間でどれくらい増減があったかを示しています。

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世帯農業所得が300万円から1,500万円までは固定資産も借入金も増加していますので、どんどん設備投資して規模拡大していると思われます。

しかし農業所得1,500万円以上になると固定資産がマイナスとなり、固定資産投資を行っていません。現在所有している固定資産をそのまま有効活用し、資産を購入したとしても現在所有の資産を売却除却し、同じ額の資産を購入しているのではないでしょうか。つまり基本的には固定資産を増やすのではなく「買い替えている」ということです。

2,000万円以上では借入金が減っているので、どんどん借入金を返済していることもわかります。所得も現預金も多いので返済する余裕がある、ということでしょう。

年代別の収益性・安全性の特徴は

日本農業の持続可能な農業経営を考えるうえで最も重要なことは、後継者が経営を継承し、若い世代の新規就農者が増えていくことです。

年代別の普通作経営の特徴を分析してみましょう。下記のグラフを見てわかるように、30歳未満の若い経営者はまだ経営規模が小さく、所得率も低いです。

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しかし30代、40代ですべての数値が高くなり、そして年配になるほど徐々に収入金額が小さくなり所得率も下がる傾向となっています。日本の普通作経営は30代と40代がもっとも頑張るべき時ということがわかりました。

次に安全性はどうでしょうか。下記のグラフは年代別の現預金、固定資産、借入金の1年間の増減額です。

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若い世代、特に30代~40代は借入をして設備投資をしていることがわかります。若いときは挑戦が必要ですし、先ほどの収益性のグラフの結果と合わせて考えても納得の結果と言えるでしょう。

後継者についてはどうでしょうか。次世代への経営継承を考えているかどうかは残念ながら簿記データから読み取れないため、別の方法で分析を行います。

農業簿記ユーザーの青色申告決算書の中の「専従者給与の内訳」の続柄が、子、長男、長女などと書かれていて、おそらく後継ぎがいるであろう農家を抽出して収入と所得の平均を出してみました。

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明らかに後継者がいる普通作経営は全国平均と比べると収入も所得も高くなっていて、世帯農業所得が820万円ですから優良経営と言えます。これは興味深い結果と言えるでしょう。

まとめ

効率的で安定的に継続発展する普通作個人事業経営は、規模が大きければ良いというわけでなく、高所得率で適度な設備投資と返済可能な借入金のバランスがとれている収入金額が約7,000万円の経営が適正規模なのではないかということがわかりました。
(統計値では、収入金額7,000万円の経営は、世帯農業所得は約1,500万円、借入金は約3,000万円です。)

さらに雑収入(補助金や作業受託)をうまく活用し、米価が下がっている分を野菜の複合経営で補い、規模に見合った投資で減価償却費を削減することが秘訣のようです。

何と言っても経営が持続するために絶対必要なことは、後継者の確保・定着です。収入金額3,000万円以上で世帯農業所得820万円以上の優良経営であれば、後継者が得られる可能性がアップすると思われます。若い世代は挑戦力も高いですから、きっと日本農業発展の原動力になってくれるはずです。

そして、もし個人事業が一定以上の規模を超えるような経営になったら、農業法人化して経営管理能力を高め、対外信用力を向上させ、人材の確保・育成を行うことで、さらなる持続可能な農業経営につながっていくのではないでしょうか。

所得が多い少ないというのは、経営の中では1年という瞬間的な結果でしかないのです。「持続可能な農業経営」とは、経営者が技術力、経営力、人間力、社会力、時代の変化に対応できる順応力を高め、後継者の指導育成を継続的に行っていくことなのだと思います。

リンク

農林水産省「SDGsの目標とターゲット
農林水産省「みどりの食料システム戦略
SDGsとJAグループ
ソリマチグループ「世界を変えるための17の目標 in Sorimachi Group

南石教授のコメント

経営を持続的に発展させることは、どのような産業であっても、経営者の大きな役割です。経営の持続性には、経営の経済的な規模、特に収益も重要な要素になります。個人経営の場合には、一定額以上の世帯所得が確保できなければ、後継者へ継承することが難しくなります。

しかし、この点の詳しい分析は、今までほとんど見られません。今回の分析から、幾つも興味深い点が明らかになりました。例えば、後継者のいる農家の世帯農業所得は後継者のいない農家の1.5倍以上で1000万円近くあるということです。また、これだけの農業所得を得るためには、3,500万円程度の収入額(売上、雑収入)が必要であることも分かります。

その一方で、収入額(売上、雑収入)は多ければ良いかといえば、そうともいえず、適正な経済規模があることも明らかになりました。作目別や地域によっても、適正な経済規模は異なるので、それぞれの経営の状況にあわせて、適正規模を考えることが重要になります。

 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

農業者の簿記データとリサーチデータをデータサイエンスで統計分析・研究した結果を、当サイトを中心に様々なメディアを通じて情報発信することで、農業経営利益の向上に寄与することを目標としています。