農業利益創造研究所

農業経営

高齢化が進む農業に未来はあるか? 年代別に見る担い手の経営

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

「農業は高齢化が進んでいる」という認識は、もはや「国民的合意事項」ともいえるものかもしれません。確かにそれは事実でしょうが、その反面、何十年前から同じことが言われ続けた今も農業は存在しているのですから、若い人が入ってきていない訳はないはずです。

つまり「高齢化」という大きな流れがあっても、細かく見ればその中で様々な動きがあるはずなので、ざっくりとした言葉のイメージだけに囚われていると、現状を見誤る可能性もあります。今回は年齢という観点から現在の農業経営を見てみたいと思います。

意外と若い担い手農家

農水省の統計では、基幹的農業従事者の平均年齢は67.9歳(2021年)となっています。基幹的農業従事者とは、ふだん仕事として主に自営農業に従事している者を指すので、これだけをみると、農業は高齢化が進んでいるというのは間違いなさそうです。

一方でソリマチの農業簿記ユーザーの経営類型ごとに見た平均年齢は以下の通りです。

平均年齢
青色全体55.6
普通作57.8
野菜53.6
果樹55.8
酪農56.5
肉牛55.1
その他畜産56.2
花き56.7

青色申告者全体(13,273世帯)の平均年齢は55.6歳であり、農業簿記ユーザーは農水省の統計よりも10歳以上若い事になります。およそパソコンシステムで会計処理を行う人はそれなりに若く、また一定以上の事業規模のある農家と思われ、そのようないわば農家の中の“精鋭”と呼べる人達をみれば、一概に農業は「高齢化している」とは言えないようです。

70歳以上でも充分稼げる農業

年代ごとの経営概況は以下の通りです。経営体数は60歳代、次いで50歳代が多いのですが、経営内容としては規模も所得額も40歳代が最も高くなっています。厚労省の国民生活基礎調査によると、日本全体の年代別の平均所得がもっとも高いのは50歳代なので、農業は「高齢化」が進んでいると言われているにもかかわらず、担い手層を見れば他産業より若い世代が儲けていると言えそうです。

年代
(経営体数)
平均
(13,273)
30歳未満
(160)
30歳代
(1,151)
40歳代
(2,633)
50歳代
(2,675)
60歳代
(3,049)
70歳以上
(1,772)
収入金額合計23,67914,74323,19927,26026,29122,68315,911
販売金額18,43811,76817,65121,11920,16917,75412,550
減価償却費2,3881,6872,4512,8092,5412,3101,701
世帯農業所得5,7623,0215,8556,7216,5555,5993,456
世帯農業所得率24.3%20.5%25.2%24.7%24.9%24.7%21.7%

※金額の単位は千円

尚、70歳以上では、減価償却費を合わせたキャッシュベースの所得は5,157千円(3,456+1,701)となります。自営業者ですから年金は国民年金しかないとしても、70歳代でこれだけの所得があれば、ある程度余裕のある老後生活がおくれているのではないでしょうか。そもそも70歳を超えてもこれだけ稼げる農業は「長く働ける産業」といえ、一般的な産業と比べ「高齢化」という言葉の持つ“深刻さ”は大きくないのではないかと思います。

一方で30歳未満の経営体数は160件と極端に少ない状況です。但し、多くの就農予備軍は親元の専従者となっているので、若手不足はこの数値ほど深刻ではないと思われます。それでも近い将来リタイアするであろう70歳代以上の経営体数と比べれば大きな差があると思われ、担い手層の農家も今後数が絞られていくことには間違いないでしょう。

また30歳未満の層は、経営規模も小さく所得額も高くはありません。これは農業経営が軌道になるまで、技術の習得のほか設備や農地の取得など、ある程度の時間が必要だからでしょう。これを逆に考えると、ここら辺のスタートアップがやはり就農支援では重要なのかもしれません。

30歳未満に人気のある果樹と花き

以下の表は、作物類型ごとの販売金額の割合を世代ごとに示したものです(世代ごとに100%となる)。

平均30歳未満30歳代40歳代50歳代60歳代70歳以上
普通作20.2%20.6%19.4%18.6%20.8%22.1%24.6%
野菜35.8%40.3%42.9%39.0%37.1%33.2%27.3%
果樹11.3%16.8%9.5%10.9%11.3%11.2%12.6%
酪農9.7%8.0%7.9%9.8%9.0%10.6%8.1%
肉用牛6.7%4.2%5.6%5.4%6.9%7.0%7.5%
その他畜産3.3%1.6%3.2%2.7%2.9%3.0%6.4%
花き5.0%7.0%3.7%5.3%3.8%5.4%6.4%
工芸作物3.9%0.0%4.0%3.7%4.5%3.9%2.1%
その他4.1%1.6%3.9%4.6%3.7%3.4%5.1%

まず70歳以上は他の世代と比べ、普通作、肉用牛、その他畜産の販売高の割合が多くなっており、およそこの分野の従事者も多いと思われます。その反面、30歳代未満では肉用牛やその他畜産の販売額は最も少なくなっているので、70歳以上の層のリタイアが進むと、特にこの分野の担い手不足が加速する恐れがあります。

30歳未満の層は、果樹と花きの割合が他の世代より多くなっており、これらは若手に人気のある分野と言えそうです。果樹と花きは、甘さや見た目などから「作りがいがある」という感想を昔、農家から聴いたことがあります。これが若手に人気のある理由の一つかもしれませんが、同時にこの二つの分野は、所得率が高いため比較的小規模でも経営が成り立つ(≒経営リスクが低い)分野です。このような経営の特徴までを踏まえた人気だとすると、数は少ないとはいえ若手の担い手農家の経営感覚はあなどれません。

以上の通り、「高齢化」「担い手不足」と言われている農業ですが、年代層の動向を細かく見ると問題のありかや性質も多少変わって見えてきます。それどころか、農業は若手が元気で、歳をとっても充分稼げるといった明るい傾向すら見えてきます。

何においてもそうですが、やはりイメージにとらわれず、出来るだけ数値などの具体的な情報に基づいて物事を理解する必要があるということなのでしょう。

「正しく恐れる」というのはコロナ禍でよく言われた言葉ですが、日本の農業問題を考えるうえでも必要な姿勢かもしれません。

南石教授のコメント

人口高齢化率の世界トップ3は、日本、イタリア、スウェーデンといわれていて、農業に限らず、ほとんどの産業で高齢化が進行しています。農業経営者の年齢分布は、他産業の経営者と同じような分布で、農業経営者が特に高齢化しているわけではありません。むしろ、49歳未満の経営者の割合は農業の方が他産業よりも大きく、他産業の方が高齢化が進んでいるともいえます。

最近は、若い女性や都会育ちの新規就農者も特に珍しい存在ではありません。自由な発想で、田舎の暮らしや半農半Xを楽しみながら、農業経営を始めることも普通になっています。こうした視点から、今回の分析結果をみるととても興味深いです。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所