
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
ウクライナ危機に端を発する国際情勢の変化により、2年前に比べて肥料価格は3割、飼料は4割、燃料も3割弱上がったといわれています。
輸入飼料に頼る畜産農家がかなり打撃を受けているのはニュースでも盛んに言われていますが、肥料を使う農家は全般的に影響を受ける可能性があります。今回は稲作農家にフォーカスをあてて、2022年の米価の変化、資材や燃料価格の高騰により2022年の稲作農家の経営がどうなるか予想してみたいと思います。
稲作農家の経費構成
農業簿記ユーザーの中で稲作を主幹とした経営を行っている農家3,000件のデータを分析してみました。
まずは費用面を見てみましょう。稲作農家の経営費の構成比は以下のグラフを見てわかるように、減価償却費、地代賃借料、肥料費、農薬衛生費(以下省略)の順番になっています。
稲作経営では、一番ウエイトの大きい減価償却費を削減するために耕地面積を拡大 して、農業機械を効率よく使うことが所得向上のポイントとなります。また、近年価格が高騰しているのは肥料費と燃料費ですので、肥料費のウエイトが高い稲作経営にも大きな影響が出ているだろうと推測できます。
3年間の物価の推移は
農林水産省の農業物価統計調査の資料によると、2020年を100とした農業関連の価格指数は以下のグラフのような推移となりました。
※米の価格はその年の10月の価格指数、費用の方は年間平均価格の指数です
燃料は徐々に、肥料は2022年に一気に上がり、農薬は変化がありません。そして、米価は2021年に大きく下落しましたが、2022年には多少上がっています。
2022年の簿記データはまだ集計前ですので、実際の経営実績はまだわかりませんが、これらの2021年の経営実績と価格指数をもとにして2022年の経営費と所得を予測してみたいと思います。
2022年の経営実績の予測
2021年の価格指数を100とした2022年の価格指数は以下のようになります。
2021年 | 2022年 | |
---|---|---|
米 価格 | 100.0 | 106.8 |
肥料費 | 100.0 | 127.1 |
農薬衛生費 | 100.0 | 102.6 |
動力光熱費 | 100.0 | 113.4 |
米価は6.8%アップしました。これは、米の需給環境の改善見込みと生産資材価格の高騰などに配慮して22年産米の概算金(農協を通じて米を出荷する農家に支払われる前払い金)が上がった影響かと思われます。そして肥料費が27.1%アップ、燃料費が13.4%アップしました。やはり評判通り、この二つは高騰がいちじるしいようです。
2021年の稲作農家の経営実績金額に対して、先程のアップ率で計算すると2022年は下記のような予想金額となりました。
2020年 | 2021年 | 2022年予想 | 差 2022年 -2021年 |
|
---|---|---|---|---|
収入金額 | 19,970 | 19,080 | 19,804 | 724 |
普通作売上 | 12,285 | 10,649 | 11,373 | 724 |
肥料費 | 1,430 | 1,455 | 1,849 | 394 |
農薬衛生費 | 1,146 | 1,157 | 1,187 | 30 |
動力光熱費 | 765 | 872 | 989 | 117 |
世帯農業所得 | 5,397 | 4,448 | 4,631 | 183 |
※金額の単位は千円。
収入金額は72万円アップ、肥料費は39万円、動力光熱費は11万円アップとなり、最終的な世帯農業所得は18万円のアップと予想されました。
当初は稲作農家も物価高騰のあおりを受けて所得が減るのではないか、と予想していましたが、所得が増えるという結果になりました。物価高騰は経営費に大きな影響を与えますが、その分農産物の価格がアップすれば売上も増えて所得は増える、ということがはっきりわかります。
米価がどれくらい上がるかは地域によっても違いますので、一概に全国の稲作農家は安心だとは言えませんが、野菜や畜産ではコスト増加分が価格に転嫁できなくて多くの農家が所得減少になりそうだという中で、稲作農家は比較的良い状況なのかもしれません。
まとめ
農林水産省は、農業の環境負荷低減を目指す「みどりの食料システム戦略」を推進して肥料費や農薬費を減らそうとしていますので、その施策により農家のコストは多少下がるかもしれません。
しかし農家の所得が大きく向上するまでのコスト減となるかはわかりませんので、やはり国内資源の活用、価格上昇分の国からの補填支援、コスト増に伴う農産物の価格転嫁、が必要になってくると思われます。
当たり前ながら持続可能な農業となるには、まず利益が出ることが重要です。農家の所得が維持できないと次年度への再生産につながりません。まだ2022年の農業簿記データが集まっていませんが、最終的に集計して結果が出ましたら、当研究所のコラムにてお知らせします。
関連リンク
農林水産省「農業物価統計調査」
南石名誉教授のコメント
今回の分析結果をみると、普通作農家の世帯農業所得は、2020年は539.7万円でしたが、2021年は444.8万円に大きく低下し2020年の82.4%になりました。2022年の予想額は、463.1万円であり、2021年よりも多少増加しますが、2020年の85.8%に留まっています。 2022年の予想収入金額は1,980.4万円であり、2020年の1,997.0万円とほぼ同じ金額(2020年の99.2%)になっています。
一方、経費が増加し、所得が低下する結果になっています。例えば、肥料費は2020年の143.0万円から2022年の184.9万円に増加し、動力光熱費は2020年の76.5万円から2022年の98.9万円に増加しています。何れも3割増加しており、経費を大幅に押し上げることになり、所得の低下につながっています。
経営努力としては、栽培方法や作業工程を見直し、肥料等の資材や燃料・電力の使用量の改善の検討が考えられます。こうした資材や動力光熱費の価格の高騰は、大きな経営リスクですが、経営努力により対処することが困難であり、政策的な対応も重要になってきます