
個人情報を除いた2024年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家15,780人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
2026年4月、東京商工リサーチは、2025年度の農業倒産件数が105件に達し、過去30年間で最多を更新したと発表しました。
業種別では、野菜経営43件、畜産経営34件、稲作経営6件でした。注目すべきは、負債総額が前年度の2.4倍(約421億円)に膨らんでいる点です。
倒産の主な原因は、①コスト高騰と価格転嫁の限界、②異常気象による不作、③収益拡大を狙った多額の借入による設備投資(スマート農業)が金利上昇や資材高騰により返済計画の破綻を招いたこと、の3点です。
また、人手不足や高齢化、後継者不足により事業継続が困難となり、廃業に至るケースも増加しています。
借入金や現預金の実態
2024年の稲作経営(農業簿記ユーザー4,254件)について、借入金と現預金の状況を販売金額規模別に集計し、グラフにまとめました。
「特別控除前の農業所得+減価償却費」の棒グラフ部分は、1年間でどの程度キャッシュフロー(現預金)が増加したかを把握できます。
減価償却費は、税務上は経費ですが、実際お金の支出を伴わないため、その分キャッシュが内部に留保されます。
なお、個人事業では事業資金と家計資金が混在しているケースが多く、事業としての現預金が実態より多いことを考慮してください。
グラフによると、販売金額1,000~2,000万円規模(約7ha)の経営では、借入金640万円、現預金1,100万円であり、返済余力があります。
5,000~7,000万円規模(約28ha)では、借入金2,580万円と高額ですが、現預金も2,800万円あり、概ね均衡しています。
7,000万円以上の大規模経営では、十分な現預金が確保されており、安全性は非常に高いといえます。
全体として稲作経営は安全性が高い傾向にありますが、2024年は米価上昇により農業所得が増加した影響も考慮する必要があります。
野菜経営の倒産が多いことから、設備投資や燃料費の負担が大きいトマト経営についても分析しました。
その結果、小規模経営では借入金と現預金は概ね同水準ですが、販売金額2,000~3,000万円規模では借入金が現預金を上回ります。また、5,000万円以上の大規模経営では、借入金が1,390万円と高額であり、安全性に課題が見られます。
やはり、稲作経営よりトマト経営の方が借入金返済のリスクがあることがわかりました。
返済能力を示す経営指標
借入金が多く、返済能力に不安がある経営の特徴を把握するため、以下の2指標を用いました。
①「借入金月商倍率」=借入金÷(年間 農産物販売金額÷12ヶ月)
売上の何か月分の借入かを示す指標で、3か月以内なら安全であるとされます。
②「債務償還年数」=(借入金ー現預金)÷(農業所得+減価償却費)
現在の収益で借入金を完済するまでの年数を示し、10年以内が健全とされます。
借入金月商倍率が高い場合、売上に見合わない過剰借入と判断されます。稲作経営4,254件の分析では、借入金月商倍率が高くても、債務償還年数が短い経営と長い経営が存在しました。そこで、代表的な経営を抽出し平均値を算出しました。
分析は、販売金額1,500~2,000万円規模(約8ha)と5,000~7,000万円規模(約28ha)の2区分とし、さらに大規模経営が多い北海道と都府県に分けて比較しました。
中規模(約2,000万円)の経営は、借入金月商倍率は北海道で約50、都府県で23と非常に高い水準でした。
2,000万円弱の販売金額に対し、借入金は北海道で約8,000万円、都府県で約3,000万円と高額です。しかし、債務償還年数はいずれも最大で約8年と10年以内に収まっており、返済能力は確保されている経営が多いといえます。
| 北海道 | 都府県 | |||
|---|---|---|---|---|
| A 債務償還年数が 少ない経営 | B 債務償還年数が 多い経営 | C 債務償還年数が 少ない経営 | D 債務償還年数が 多い経営 |
|
| 借入金月商倍率(3以下) | 43.2 | 54.4 | 24.0 | 22.7 |
| 債務償還年数(10以下) | 2.1 | 8.3 | 1.7 | 7.8 |
| 農産物販売金額 | 17,283 | 19,396 | 16,403 | 16,378 |
| 借入金 | 62,258 | 87,860 | 32,765 | 30,991 |
| 現金・預金 計 | 20,747 | 580 | 16,694 | 3,579 |
| 特別控除前 農業所得 | 7,332 | 5,654 | 4,700 | 2,408 |
| 建物・構築物 資産額 | 10,351 | 29,282 | 7,079 | 515 |
| 農機具 資産額 | 34,386 | 23,351 | 20,604 | 4,531 |
※金額の単位は千円。
これら4タイプの経営の特徴はこのようにまとめることができます。
A: 固定資産額が高額なので、借金して設備投資をしている設備投資型(攻めの資金)であるが、現預金が十分留保され農業所得も高い優良経営
B: 設備投資型であるが、現預金と農業所得が少ないので、要注意経営
C: 固定資産、現預金、農業所得、それぞれ平均的でありバランスが取れた安定経営
D: 借入金が多いのに固定資産は少なく現預金も少ないので、運転資金型(守りの資金)であり、農業所得も低く特に注意が必要な経営
次に大規模経営を見ると、借入金月商倍率は10以上と高いものの、債務償還年数はいずれも3年以下であり、返済能力は非常に高いといえます。
いずれも高額な借入金額ですが、高効率な大規模経営のため農業所得が高く、債務償還年数が短縮されているのです。
| 北海道 | 都府県 | |||
|---|---|---|---|---|
| A 債務償還年数が 少ない経営 | B 債務償還年数が 多い経営 | C 債務償還年数が 少ない経営 | D 債務償還年数が 多い経営 |
|
| 借入金月商倍率(3以下) | 18.7 | 20.5 | 9.6 | 11.6 |
| 債務償還年数(10以下) | 1.9 | 3.4 | 0.2 | 1.1 |
| 農産物販売金額 | 55,980 | 54,841 | 58,182 | 56,103 |
| 借入金 | 87,114 | 93,488 | 46,518 | 54,167 |
| 現金・預金 計 | 33,259 | 7,662 | 40,162 | 27,677 |
| 特別控除前 農業所得 | 19,855 | 19,422 | 24,606 | 17,156 |
| 建物・構築物 資産額 | 42,285 | 21,933 | 6,497 | 19,140 |
| 農機具 資産額 | 32,773 | 16,664 | 21,241 | 26,196 |
※金額の単位は千円。
A: 設備投資型であり、現預金も十分留保され、農業所得も高い優良経営
B: 設備投資型であり農業所得も多いが、現預金が少なくやや注意が必要な経営
C: 適度な固定資産、十分な現預金、高額な農業所得、バランスが取れた安全な優良経営
D: 債務償還年数が多い経営を抽出しましたが、1.1なので返済能力が高い経営
借入金が多い経営でも、このような特徴と分類分けが把握できました。
農業経営者の方は、自身の経営数値を当てはめて比較し、現状把握に活用してください。
また、今後設備投資を検討する際にも、適正な借入水準の判断材料として有効です。
まとめ
本分析は米価が高かった時期のデータであり、将来的に米価下落や異常気象が発生した場合には、状況が大きく変わるリスクがあります。借入は慎重に行う必要がありますが、安心材料として2026年に「農業近代化資金融通法」の改正が予定されています。
この改正により、規模拡大やスマート農業の普及、物価高騰への対応を目的として、融資上限額が大幅に引き上げられます。
個人:1,800万円 → 2億円
法人:2億円 → 7億円
これまでは主に設備投資のための融資が中心でしたが、農地の取得資金や、民間金融機関からの借換えも可能となり、償還期間も延長される見込みです。
また、「農林中央金庫法(農中法)」の改正案も計画されており、農林中央金庫が大型投資に対応するために、農業者への直接融資が「必須業務」に格上げされるとのことです。
たとえ所得が低い年があっても、十分な現預金があれば倒産は回避できます。現預金の確保と適切な借入管理を徹底することが重要です。
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南石名誉教授のコメント
今回の分析では、借入金、売上、現預金の面から、農業経営の財務的な特徴を明らかにしました。経営発展のためには、設備投資による経営規模の拡大が有効な選択肢であり、借入金で賄うことが多いです。
しかし、融資による借入金は、投資と異なり、優先的に返済すべき負債であり、想定通りの売上が得られなければ、倒産リスクのマネジメントが重要となります。具体的なリスクマネジメントの内容は、経営者が慎重なのか、強気なのかといったリスクに対する選好・方針によって異なります。
慎重であれば、ゆっくりとした経営発展を目指し、十分な現預金を持つまでは借入金を最小限にとどめることで倒産リスクを最小化することができます。
強気で、急速な経営発展を目指す場合には、大きな期待収益の代償としてある程度の倒産リスクを許容する必要がありますが、そのリスクをできる限り小さくするための綿密で周到な経営計画を作成することが期待されます。
