
個人情報を除いた2019年度の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:稲作専業農家1,700人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
農家の人たちと農業経営について話すと、「売上こそが経営」との考えが強い印象を受けます。つまり「良いものを沢山作る」ことこそが経営を良くする方法だと無意識のうちに思っているようなのです。
実はこれ、JAや普及センターなどの農家を支援する人たちも同様で、高品質で収量を多く取るための技術支援が経営支援であると、これまた自然に思い込んでいるフシがあります。
もちろん経営は、売上が無ければ始まりませんし、そのための技術は第一に求められることでもあります。
しかし経営は最後にいくら残っているか(利益・所得)が最も重要であり、売上は費用とのバランスで考えるべきです。そう考えると、売上やそれを上げるための手段だけに注視した経営はあまりうまいものとは言えません。
ということで今回は、普段あまり注目されず“日陰者扱い”を受けている費用について考えてみたいと思います。
所得率と費用の関係性
今回も2019年の稲作を中心に作付けを行っている全国の専業農家のデータのうち、所得率(世帯農業所得÷収益合計)の上位のグループと下位のグループの費用の内容を比較してその特徴を考えていきたいと思います。
具体的には、1647件の母集団から所得率の上位と下位20%を算出し、そこから収益内訳の不明なデータを除いた値を、それぞれ上位グループ、下位グループとしています。
まず、経営上位者と下位では同じような経営内容と経営規模にも関わらず、その結果が大きく異なることが確認されます。
区分 | 総収益 | 世帯農業所得 | 所得率 |
---|---|---|---|
下位 | 20,697,922 | 1,438,178 | 6.9% |
上位 | 24,648,363 | 11,634,999 | 47.2% |
全体 | 25,234,253 | 6,888,804 | 27.3% |
次に費用の内訳を見てみます。
こちらのグラフは総費用に対する主要な費用の構成を、上位と下位でグラフに表したものですが、これによると上位・下位ともに減価償却費の割合が最も大きく、またわずかの差ではありますが上位下位の開きも最も大きくなりました。
稲作経営は、農業の中で比較的機械化が進んでいるゆえに、経営面でも減価償却費の扱い方が重要であることは、このデータからも言えそうです。
減価償却費の内訳比較
もう少し減価償却費を掘り下げてみます。
このグラフは耕作面積における減価償却費の割合です。
ちなみにこのグループは、所得率の比較に使用した上位グループ、下位グループから面積が不明や異常値等、および圧縮記帳者のデータを除いた値を使用しています。
明らかに下位のグループは上位に比べると機械装置を中心に過剰とも思える投資をしていることがわかります。
実は、このような稲作農家の投資傾向は昔からよく言われていることで、「機械化貧乏」なんて言葉もあったぐらいです。稲作農家はまず機械ありきで経営を考える傾向が強いため、耕作する面積と比較して「余裕」をもってコンバインや田植え機を揃えがちになるからなのでしょう。
さらには経営とは違う観点から「隣の家が新しい機械を買ったら、ウチも負けずに新しい機械を買う」という、“大変に人間らしい動機”も加わることがあります。
昔、とある農家が国の補助金を使ってベンツよりも高価な6条刈りのコンバインを導入したのですが、その人は会う人会う人に、細かく折りたたんだそのコンバインのチラシを財布から取り出して、この最新式のコンバインがいかに素晴らしいかを、熱心に説明していました。近くにいたJA職員が苦笑交じりに「初孫の写真を見せているみたいだな」と言っていたのを思い出します。
人によってはこのような動機等も含んで機械投資が進むわけですが、経営が思わしくない稲作農家の過剰な設備は、「かわいい孫」というより「ただの放蕩息子」になっている可能性があります。
そのような農家は、経営規模から機械の原価を考えて適切な設備投資をするか、逆に設備に見合った経営規模にするという初歩的な経営感覚をもう少し意識してもらう必要があるでしょう。つまり「かわいい子には仕事をさせろ!」です。
費用を抑えることが経営のカギ
最後にこちらのデータを説明します。これは総収益(販売高+雑収入)に対する費用の割合を示したもので、所得比較に使用したグループと同じものを使っています。
このグラフは100%との差、つまり空白の箇所が所得率なので、費用を抑えることが儲けに直結していることも視覚から理解でき、いかに上位グループが費用を効率よく使っているかがわかります。
※冒頭の表で示した所得率(上位47.2%、下位6.9%)と、このグラフの空白部分の割合(上位45.8%、下位7.7%)が僅かに一致しないのは、棚卸や引当金という収益と費用両方に影響する科目の扱いが、両指標の計算上で異なったためです。
そして2つ前の総費用と比較したときのグラフよりも上位と下位の差が目立ち、減価償却費の差(減価償却資産の活用効率の差)もいっそう大きくなります。
農機を子や孫のように思う気持ち自体は悪いものではありません。しかし、もう少しシビアな経営感覚を身に付けて所得を上げることで、本当の子や孫により多くのお小遣いをあげられるようになる方が、もっと楽しいことかもしれませんね。
南石教授のコメント
「引越貧乏」、「車貧乏」、「機械貧乏」など「○○貧乏」という言葉があります。
引越や車はお金がかかりますが、数年おきに新しい街に住みたいという人や新しい車が欲しいという人もいます。
これを趣味の一つと考えれば、悪いことではありません。
海外では、クラシック・カー・クラブのように、トラクターを趣味にしてるグループもあると聞きます。
自分で趣味と自覚していればよいのですが、あいまいなまま、無意識のうちに減価償却費が増えてるのであれば、経営上は問題です。
経営改善の余地が大きいという意味では、悪い事ばかりではないので、この機会に、個々の農機の必要性を改めて考えてみてはいかがでしょうか?