
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
個人事業の農業経営は、事業主1人と家族の誰かが専従者として農作業に従事しているのが一般的です。事業主1人だけの経営と、専従者が1人や2人という形態の違いで経営内容に違いは出てくるのでしょうか。
様々な営農類型を一緒に分析すると分析結果が不明瞭になるので、今回は農業所得500万円以上の野菜の専業農家に限定し、事業主1人と専従者0人経営24件、専従者1人経営225件、2人経営134件のデータを分析してみました。
一人経営と専従者がいる経営の違い
個人事業の農業経営は1人だけで行うことは難しいので、事業主1人と雇用労働の形態か、もしくは事業主と専従者という形で農作業を行います。
青色事業専従者とは、事業主と生計を一にする配偶者やその他の親族で、15歳以上であること、そして年間6か月以上事業に専ら従事する者をいうのですが、家族であれば信頼できて、経営目標を共有することができますので、専従者がいる方が効率の良い経営になるのではないかと推測できます。
農業簿記ユーザーのデータを分析したところ、野菜農家の専従者人数の平均は1.4人で、専従者の人数によって経営に特徴がありました。
以下の表を見てください。平均年齢は一人経営の方が10歳若いという結果です。収入金額はほぼ同額ですが、青色特別控除前の農業所得(事業主の報酬)は一人経営が610万円で一番良い結果となりました。家族経営の方が外部の雇用労働よりも効率よく作業してくれて所得がアップするのではと思いましたが、一概にそうは言えませんでした。
一人経営 | 専従者1人 | 専従者2人 | |
---|---|---|---|
平均年齢 | 48 | 57 | 57 |
収入金額 | 15,128 | 15,460 | 15,772 |
控除前農業所得 | 6,107 | 4,578 | 3,623 |
控除前農業所得率 | 40% | 30% | 23% |
雇人費 | 840 | 513 | 390 |
地代賃借料 | 516 | 224 | 235 |
専従者給与 | 0 | 1,855 | 2,950 |
1人当り専従者給与 | 0 | 1,855 | 1,475 |
※金額の単位は千円
農業所得率も、一人経営は40%という高い数字です。一人経営はもちろん雇人費が高くなっていますが、専従者給与より金額が低いので農業所得が高くなっていると思われます。
一人経営は地代賃借料も高くなっています。おそらく借地が多く、外部から機械を借りたり、外部へ作業委託したりするためだと思います。必要な時に人を雇ったり、必要なものを借りることが経営には効率的なのでしょう。
一人経営はどのような経営か
それでは、一人経営は具体的にどのような経営内容なのでしょうか、20代と30代の若い経営者の事例を見てみましょう。
以下の表のように2人とも1,500万円の収入金額で、約700万円の所得ですから、この若さでかなり高い年収だといえます。
経営作目は、ジャガイモ、サツマイモと、メロン、トマト、春菊です。たくさんの種類の野菜を作らずに、農業機械を活用しやすかったり、雇用労働で作業できるような作目を選んでいるのだと思われます。
収入金額 | 14,277 |
---|---|
農業所得 | 7,396 |
農業所得率 | 52% |
経営作目 | ジャガイモ・サツマイモ |
収入金額 | 15,275 |
---|---|
農業所得 | 6,302 |
農業所得率 | 41% |
経営作目 | メロン・トマト・春菊 |
※金額の単位は千円
また、一人経営農家が作付けしている作目を調べてみたところ、レンコン、ジャガイモ、ナガイモ、カボチャ、ネギが多く見られました。
葉物野菜だと毎日の出荷作業が大変ですが、これらの野菜は収穫後貯蔵ができるので、出荷は人手をかけず自分で調整しながらゆとりを持って行っているのでしょう。
逆に、専従者のいる経営の作目を調べたところ、様々な野菜を複数生産している農家が多く、特に目立った作目は水稲でした。一人経営の中で稲作を行っている農家は20%に対して、専従者1人経営は43%、2人経営は52%です。
専従者がいて人手が多いと、野菜+稲作の複合経営を行う農家が多いということがわかりました。
専従者給与は節税効果も
専従者給与には節税効果があります。もし事業主が1,000万円以上の高額所得だと税率が高く税金が多くなりますが、事業主に500万円、専従者にも500万円とすれば、世帯としての所得はそのままで事業主の所得の税率が下がりますし、専従者が配偶者なら配偶者控除がありますので節税となります。
※なお、青色申告者の専従者給与の支払額には上限が定められていませんが、あくまでも仕事内容に対して妥当な報酬額である必要があります。高すぎる給与を設定すると、必要経費とみとめられない可能性があるので、注意してください。
まとめ
一人経営は、作目を絞り機械を使って作業できて貯蔵ができる作目や、高付加価値の作目を選択し、必要な時に必要な作業者を雇って行うことで、優良経営になりうるとわかりました。
現在は、多様性と選択の自由の時代であり、家族だからといって農業を手伝わせる時代では無いですから、一人経営による高所得経営もアリですね。
一方、農業を家族と一緒に行うことが家族の幸せにつながるケースもありますので、どちらが良いというわけではなく、家族が良い人生になるための選択をしたいものです。
南石教授のコメント
日本では、会社組織で農業を営む農業法人が毎年増加しています。売上高が2億円以上、従業員が10人以上、農作業はほとんどおこなわず経営管理に専念する代表取締役社長ということも決して珍しい存在ではなくなっています。
しかし、ドイツやイタリア等の欧州の農業経営体を訪問すると、主に家族のみの労働力で営農を行い、従業員の雇用を控える経営もしばしばみられます。雇用に伴う煩雑さや労務管理、経費が背景にあるようです。欧州では、日本以上に労働者の権利意識が高く、福利厚生まで考えた雇用経費は相当の額になります。
今回の分析では、個人経営を分析対象としてますが、個人経営であっても、雇用に伴う煩雑さはあります。納税のための記帳や手続きの煩雑さ、労務管理の気苦労や負担もあります。
そういう意味では、雇用よりも家族の専従者、さらに「一人農業」の方が、こうした煩雑さや気苦労は少なくなります。それでいて、世帯としての農業所得も概ね同じということが、今回の分析から明らかになりました。「一人農業」であれば、家族は自分の関心がある別の職業に就くこともでき、その収入も得られます。農業経営の特徴は多様性ですが、「一人農業」も経営規模の拡大を目指さないのであれば、今の時代にあった農業経営の形態といえそうです。