
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
2021年の農家の損益は前年と比べあまり大きな変化はありませんでした。行動制限が行われるようになってから2年目のコロナ禍でしたが、農家の所得に関しては、影響は限定的だったという訳です。では、農家の財務状況はどうでしょうか。期首と期末の貸借対照表の数値を元に振り返ります。
全体的に負債が大幅に増加
2021年の青色申告者全体の財務状況は以下の通りとなりました。
全経営体の平均としては、流動資産(現金・預金など)が若干増加したものの負債はそれをはるかに上回るかたちで増加しています。この負債の大幅な増加は、2021年の全ての経営類型に共通した傾向です。
期首 | 期末 | 差 | 比 | |
---|---|---|---|---|
流動資産計 | 12,701 | 13,540 | 840 | 106.6% |
固定資産計 | 21,340 | 21,811 | 471 | 102.2% |
負債計 | 10,391 | 14,115 | 3,724 | 135.8% |
※金額の単位は千円
なお、固定資産(減価償却資産など)の増加がみられないことから、この負債は運転資金確保のために発生したものと考えられます。
以上のことから、期首では流動資産が負債を上回っていましたが(12,701千円>10,391千円)、期末ではそれが逆転してしまい、財務状況は大きく悪化したと言えます。
次に所得率の高いグループと低いグループで財務状況を見てみます。所得率5%未満の経営体は固定資産の増加がみられ、やや積極的な設備投資を行っていることが確認されます。この設備投資は借入金によってまかなわれていると思われますが、その影響により期首の時点ですでに負債を下回っていた流動資産は、その差をさらに広げることになりました。
期首 | 期末 | 差 | 比 | |
---|---|---|---|---|
流動資産計 | 8,562 | 8,224 | -339 | 96.0% |
固定資産計 | 16,943 | 18,197 | 1,254 | 107.4% |
負債計 | 9,705 | 15,439 | 5,734 | 159.1% |
※金額の単位は千円
これに対して、所得率45%以上の経営体の設備投資は、現状維持ともいえる水準で、最低限の更新に留まったと言えそうです。財務状況も目立った悪化は見られません。
期首 | 期末 | 差 | 比 | |
---|---|---|---|---|
流動資産計 | 11,183 | 12,965 | 1,781 | 115.9% |
固定資産計 | 11,784 | 11,929 | 145 | 101.2% |
負債計 | 4,010 | 6,625 | 2,615 | 165.2% |
※金額の単位は千円
設備投資は売上高の増加をもたらすかもしれませんが、その一方で数年間にわたり減価償却費の増加という形で確実に毎年の所得を圧迫します。低所得率の経営体がこの時期に借入をしてまで設備投資を行うのは、低所得率の状況を打開するためなのかもしれませんが、もしかすると今までのこのような積極的な投資が、現在の経営状態を招いている原因になっているのかもしれません。実際、固定資産の残高は低所得率層のほうが大きくなっています。
酪農経営は低所得率層が積極的に設備投資
上記のように、低所得率の経営体の方が積極的に設備投資をしているという傾向は、酪農経営で最も強く表れています。低所得率の酪農経営体は、大きく借入をして、その資金のほとんどを設備投資に向けています。これに対し高所得の経営体の設備投資は、現状維持程度で、借入金の多くは運転資金に回っていると思われます。そしてここでも高所得率の経営体の方が固定資産の残高は少額です。
期首 | 期末 | 差 | 比 | |
---|---|---|---|---|
流動資産計 | 37,074 | 28,971 | -8,103 | 78.1% |
固定資産計 | 50,332 | 67,336 | 17,003 | 133.8% |
負債計 | 40,206 | 59,175 | 18,969 | 147.2% |
期首 | 期末 | 差 | 比 | |
---|---|---|---|---|
流動資産計 | 35,128 | 39,392 | 4,264 | 112.1% |
固定資産計 | 46,886 | 47,328 | 442 | 100.9% |
負債計 | 11,080 | 16,685 | 5,604 | 150.6% |
※金額の単位は千円
酪農以外の経営体は設備投資に慎重
なお、低所得率層に大きな設備投資があるという傾向は、他の経営類型には見られず、例えば以下の通り、普通作経営や野菜作経営は低所得率層でも固定資産の増加は大きくありません。現在のように外部環境の変化が激しく先が見えにくい状況では、設備投資は極力控える傾向にあるのだと思われます。
期首 | 期末 | 差 | 比 | |
---|---|---|---|---|
流動資産計 | 5,899 | 5,665 | -235 | 96.0% |
固定資産計 | 18,125 | 18,508 | 383 | 102.1% |
負債計 | 7,122 | 11,896 | 4,773 | 167.0% |
期首 | 期末 | 差 | 比 | |
---|---|---|---|---|
流動資産計 | 5,371 | 4,960 | -411 | 92.3% |
固定資産計 | 10,873 | 11,336 | 463 | 104.3% |
負債計 | 7,927 | 11,840 | 3,912 | 149.4% |
※金額の単位は千円
以上のとおり、全体的に2021年は損益状況に大きな落ち込みは確認できませんでしたが、負債が増加したため財務状況が悪化しました。この負債のほとんどは運転資金をまかなうもので、設備投資のものではありません(低所得率の酪農経営を除く)。つまり例年通りの所得を挙げつつも、資金のやり繰りが大変だった年と言えます。
運転資金を賄うための借入は、緊急避難的な意味合いが強いかと思いますが、これが2年3年続くと経営体力を大きく奪う事になります。次年度はこれらの状況が改善されていることを願うばかりです。
南石教授のコメント
農業においても、他産業においても、投資は将来の経営発展のために必須といえます。これは、個人経営でも法人経営でも同じです。今回は、個人経営を対象としており、所得と投資の関係に焦点をあてています。
設備投資を行うと減価償却費の部分は経費計上するため、その分所得は計算上減少します。設備投資を自己資金ではなく借入金で賄えば、借入金に伴う経費(借入利息等)も要します。このため、所得と投資の間には、短期的にはある種のトレードオフの関係があります。
投資を行うと短期的には所得が減少しますが、長期的には経営が発展し所得が増加します。こうした短期と長期の所得の増減を考慮しながら、投資と所得をバランスさせて、長期的な経営発展を実現することが、経営者の重要な任務の一つです。