
個人情報を除いた2019年度の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:稲作専業農家1,700人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
「農業機械」は農業を営む上で欠かすことができない存在ですが、値段が高くて経営を圧迫する理由になりやすいことも事実です。
今回は世帯農業所得別に、トラクター、田植機、コンバインの保有台数や取得価額、1台当たり面積の分析比較を行いました。農機の活用方法と所得額の関係性を、色々と探っていきたいと思います。
1.トラクター
まずは、代表的な農機であるトラクターについての分析です。
農業機械の会計上の耐用年数は7年ですが、実際には手入れをしながらもっと長く使っている農家も数多く存在します。
そこで今回は、分析に使用した農業簿記データの会計年度である2019年度から15年以内(2005年1月1日以降)に取得されたトラクターを現役と考えて、稲作を主としている専業農家を対象に保有状況の分析を行います。
保有台数
※2005年1月1日以降に取得したトラクターのみを集計
グラフに見るように、トラクターは世帯農業所得が高いほど保有台数は多いという傾向が表れました。
ただし、「0~500万円」「赤字」の農家だけ、この関係が逆転しています。余分なトラクターを保有しているなどの無駄な費用が赤字発生につながっているのかもしれない、というシビアな推測が成り立ちます。
また、赤字農家の保有台数は「500~1,000万円」の農家とほぼ一緒ですから、このトラクターを活かす道を発見できれば、もっと収益を上げられるのかもしれません。
取得価額
次に、世帯農業所得別のトラクター1台当たりの取得価額を比べてみました。
※2005年1月1日以降に取得したトラクターのみを集計(圧縮記帳実施者を除き計算)
このグラフを見ると、所得帯が高いほど取得価額も高くなる傾向にあります。単純に儲かっているところほど高いトラクターを買っている、という結果が出ます。
「赤字」と「1,500~2,000万円」では約100万円の差です。ただし、トラクターでの100万円の価格差は大きな性能差を生じさせるものではりませんので、高所得でも決して豪華なトラクターを使用しているわけではない、という見方も成り立ちます。
では、どれくらいトラクターを活用しているかは、所得とどのような関係があるのでしょうか?
1台当たりの作付面積
※2005年1月1日以降に取得したトラクターのみを集計(1台当たりの面積 = 水田・畑作付面積合計 ÷ 保有台数)
トラクターはアタッチメントを交換することで、様々な用途に使うことができます。トラクター1台当たりの作付面積(水田+畑)を見ると、所得が高くなるほど作付面積が広くなる傾向がはっきり見えます。
たとえば「赤字」と「1,500~2,000万円」を比較してみると、稼働面積に約2倍の開きがあることがわかります。
「1,500~2,000万円」の農家は「赤字」の農家に比べてトラクターを2倍保有している、というわけではありませんので、高所得農家の方が効率よくトラクターを稼働させている、という結論が導き出せます。
ちなみに、農業利益創造研究所で「農業簿記ユーザーのうち、特に優良な経営をしている」として選定し、ヒアリングを行っている農家の中に、トラクター3台でなんと合計5,600a(トラクター1台あたり約1,870a)を作付けている農家がありました。先ほどのグラフでは、高所得帯の「1,500~2,000万円」でも1台当たりの平均が約1,059aですから、その約1.8倍です。
その農家に、高い利益を出せているのはなぜですか?と尋ねたところ、「周りの農地を借りて、面積を増やしたから」だそうです。
ただ農地を借りるだけでなく、1台の農業機械が効率よく回れるように考えながら借りることが、利益を出す秘訣なのかもしれません。
2.田植機
次に、稲作農家にとって必要な田植機を分析していきます。
こちらは2019年から10年以内(2010年1月1日以降)に取得されたものを現役と考え、分析を行います。トラクターの分析と同様、稲作を主とする専業農家を分析対象としています。
保有台数
※2010年1月1日以降に取得した田植機のみを集計
平均保有台数は差が少なく、どの所得帯であっても保有台数はほぼ1台、という結果が出ました。田植機を2台保有している農家は、高所得帯であってもほとんどない、ということです。
また、分析対象内では約3割が保有台数ゼロに該当します。
田植機を使わないで稲作を行うのは難しいでしょうから、10年以上前に取得した田植機を長持ちさせて使っているか、あるいは共同利用組合に参加し、田植機を共同利用しているのかもしれません。
取得価額
※2010年1月1日以降に取得した田植機のみを集計(圧縮記帳実施者を除き計算)
次に1台当たりの取得価額をチェックしてみましょう。取得価額は所得によらず、200万円強でほぼ一定です。
グラフを見る限り、所得が上がるほど高い田植機を買っているように見えますが、大きな差は生じていません。
ちなみに、200万円強で買えるトラクターは、新品ならば植付条数が4~5条の乗用型田植機に相当します(株式会社クボタ「田植機|農業ソリューション製品サイト」)。
つまり、田植機の所有台数は所得による差はなく、どんな所得の農家も同じような価格の田植機を1台購入している、という結果です。田植機とは、それぞれの差が出にくい農機なのかもしれません。
1台当たりの作付面積
では、肝心の稼働はどうなのでしょうか?
※2010年1月1日以降に取得した田植機のみを集計(1台当たりの面積 = 稲作付面積合計 ÷ 保有台数)
田植機1台当たりの稲作付面積を見ると、所得とともに段階的に広くなっていく傾向があります。やはり、農機を効率よく使えている農家の方が、利益が上がるのでしょう。
新潟県「農業機械の適正導入に係る指針(平成31年)」によれば、植付条数4~5条の乗用田植機を導入して過大投資とならない稲の作付面積は、新潟県で5~6ha、全国で7haとのことです。
田植機1台当たりの取得価額が200万円強である点を踏まえると、1台当たりの稲作付面積が7ha(700a)前後の「赤字」や所得「0~500万」の農家であっても、田植機への投資は適正な範囲に収まっていると言えます。
3.コンバイン
最後に、農業機械としてはおなじみのコンバインです。
田植機と同様に、2019年から10年以内(2010年1月1日以降)に取得されたものを現役と考え、稲作を主とする専業農家について分析を行います。
保有台数
まずは、所得別の保有台数です。
こちらも田植機と同様に、どの所得帯もコンバインの所有台数は1台前後という結果が出ました。
※2010年1月1日以降に取得したコンバインのみを集計
田植機と同じく、保有0台の農家では10年以上前に取得したコンバインを使っているのでは、と予測できます。
取得価額
次に、1台当たりの取得価額を比較してみます。
※2010年1月1日以降に取得したコンバインのみを集計(圧縮記帳実施者を除き計算)
トラクター、田植機ともに所得額が高くなるほど取得価額も高くなる傾向にありましたが、今回のコンバインは意外な結果となりました。
「500~1,000万円」が「1,000~1,500万円」を上回っているなど、コンバインの取得価額は、トラクター・田植機に比べると、所得帯に左右されない傾向が強く出ています。
所得「0~500万円」が約424万円ともっとも低く、所得「1,500~2,000万円」の約623万円と比べると200万円ほどの開きがあり、この金額差もトラクターや田植機に比べて最高となっています。
所有台数はどの所得帯もほぼ1台ですから、「1,500~2,000万円」の高所得帯は、高額で高性能なコンバインを購入している可能性が高いと考えられます。
1台当たりの作付面積
それでは、1台当たりの稲・麦作付面積はどうでしょうか。
※2010年1月1日以降に取得したコンバインのみを集計(1台当たりの面積 = 稲・麦作付面積合計 ÷ 保有台数)
トラクターは所得帯が上がるほど、作付面積が大きくなる傾向でした。コンバインでも同様で、世帯農業所得が高いほど1台当たりの面積は広いという結果となりました。
先ほども参照した新潟県「農業機械の適正導入に係る指針(平成31年)」によれば、稲・麦に使用する自脱型コンバインで、最も小さい2~3条刈りのものを導入して過大投資とならない稲作付面積の下限は、米どころの新潟県で7ha、全国の場合10haだそうです。もう1段階性能の高い4条刈の場合には、新潟県で12ha、全国で15haが下限だそうです。
まず、高機能のコンバインを保持していると予想される所得「1,500~2,000万」の農家は、コンバイン1台当たり面積も16ha(1,600a)超と最も広くなっています。15haを超えているので、作付規模とコンバインの価格・性能の釣り合いがとれていると考えられます。
それならば、「赤字」「0~500万円」の所得帯は、どうでしょうか。
上のグラフで確認すると、1台当たり面積が7ha(700a)程度ですから、保有しているのが自脱型の2~3条刈コンバイン1台であれば適正投資の範囲に収まっています。
つまり、データ上では、所得が少ないグループも農機における過剰投資は行っていないこととなります。ただし、農機はさらに稼働できる余力があるわけですから、このグループが収益を上げていくには、作付面積を増やすのが良い方法かもしれません。
まとめ
以下に、これまでの分析をまとめます。
保有台数
トラクターは所得帯と保有台数が比例する傾向にありますが、田植え機・コンバインは所得帯にかかわらず、どの農家も所有台数はほぼ1台です。
取得価額
所得帯が高くなるほど取得価額が上がる傾向が、3つの中で最も強く出たのはトラクターでした。ただし、そのトラクターも高所得帯と低所得帯での差が約100万円で大きくはありません。
田植機にもその傾向が見られますが、金額差はさらに小さくなっています。コンバインにはその傾向が見られませんでした。
ただし、一番の高所得帯「1,500万円~2,000万円」が最も取得価額が高い(高機能の農機を取得していると推察できる)のは、3種類全てに共通しています。
1台当たりの作付面積
すべての農機で、所得額が高いほど1台当たりの作付面積も広くなる傾向にありました。つまり、農機を効率よく稼働させている農家ほど、利益が出ていることになります。
上限と下限の作付面積の差が最も大きいのはコンバインで、「赤字」の714.7aと比べると、「1,500~2,000万円」の1,627.7aはおよそ2.3倍です。
逆に、差が最も小さいのは田植機で、「赤字」の695aと比べると「1,500~2,000万円」の1,129.7aはおよそ1.6倍です。
田植機は文字通り田んぼのみに使う農機のため、田んぼ以外でも稼働できるトラクター・コンバインに比べると、差が生じにくいのかもしれません。
関連リンク
株式会社クボタ「田植機|農業ソリューション製品サイト」
南石教授のコメント
関東平野には、田植え機1台、コンバイン1台で100ha超の水稲栽培を行っている経営もあります。
田植えを4月から6月まで分散させ、早生から、中生、晩生まで多様な品種を組合せることで作期を拡大できますし、稲刈りも8月から10月まで作期が分散させ農業機械の稼働率を向上させることができます。
それぞれの経営の戦略や立地条件にあった、それぞれの経営での最適な機械利用が重要になります。