
個人情報を除いた2024年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家15,780人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
日本の65歳以上の高齢者世帯の収入は、約3分の2が公的年金によるものと言われています。ただし専業農家が受け取る公的年金は、原則、基礎年金のみなので、サラリーマン世帯ほど高くありません。もちろん自営業ですから定年退職もなく働き続けることができますが、原則退職金はありません。このようにサラリーマン世帯と比べると、充実しているとは言い難い「農業者の老後資金」ですが、そのことについて世間であまり言及されていないからか、当事者(特に若い世代)においても、問題意識が十分に共有されていないように見えます。
実態はどうなのでしょうか。今回は、実データから、農業者の老後の備えの状況について考えます。
小規模企業共済
小規模企業共済は、個人事業主向けの退職金積立制度です。掛金が全額所得控除の対象となるため、節税の観点からも有用な制度です。農業者は農業者年金に入っている場合が多いと思われますが、こちらは公的年金の2階部分に相当する制度であり、小規模企業共済とは役割が違います。したがって、所得やキャッシュに余裕があるなら、農業者年金と併用して加入を検討するのも良いでしょう。
さて、実際の加入状況ですが、2024年の確定申告データ19,415件のうち、確定申告書の「小規模企業共済等掛金控除」に1円以上の金額が入っている世帯は、以下の通り1,965件となりました。全体の10分の1程度です。この中にはiDeCo等の確定拠出年金の掛金も含まれている可能性もありますが、いずれにしてもあまり多いとは言えない状況です。
なお、掛金の中央値は550千円であり、加入している人たちは相当額の掛金を拠出していることが分かります。
| 件数 | 1,965 |
|---|---|
| 小規模企業共済等掛金中央値 | 550 |
| 世帯農業所得の中央値 | 7,534 |
| 所得税額の中央値 | 86 |
| 所得税額の平均値 | 634 |
※金額の単位は千円
では、小規模企業共済に入っていない人たちのうち、入った方が良いと思われる人はどれだけいるでしょうか。以下は、50歳未満で所得税を払っていながら、確定申告書の「小規模企業共済等掛金控除」に金額が入っていない世帯です。
| 件数 | 1,880 |
|---|---|
| 世帯農業所得の中央値 | 8,046 |
| 所得税額の中央値 | 215 |
| 所得税額の平均値 | 728 |
※金額の単位は千円
世帯件数は1,880件で、思ったほど多くはありませんでした。しかし所得税の中央値が215千円あり、また住民税もそれに応じて相当額があると考えると、キャッシュに余裕があれば小規模企業共済の加入は十分有効だと考えられます。
なお、50歳未満のデータはそもそも4,610件しかなく、その内訳をみると以下のようになります。こうみると1,880件の未加入者は40%となり、決して少ないとは言えません。農業者に老後資金について考える機会や、小規模企業共済のことを知る機会が多くないことがこれらの状況の原因ではないかと思われます。
| 50歳未満(件数) | 4,610 |
|---|---|
| うち加入者 | 773 |
| うち所得税0円 | 1,957 |
| うち所得税有で未加入者 | 1,880 |
個人年金
つぎは、生命保険控除の中の個人年金保険の加入状況です。これらは民間の保険ですから、公的年金ほどの厚い保証はありませんが、一定額の節税効果もあることから、老後の備えとしては有用なものです。
以下は確定申告データ19,415件のうちの個人年金の加入状況を示した表です。新制度で2,921件、旧制度で1,681件の加入者数と、小規模企業共済に比べると多いようです。しかも加入者の所得や納税額は小規模企業共済と比べると低くなっています。税制などを考えると小規模企業共済の方がはるかに有利な制度なのですが、個人年金の方が所得水準の低い人まで含め多くの方が入っているのは、およそそれを扱うJAの影響が大きいからではないでしょうか。
| 新制度 | 旧制度 | |
|---|---|---|
| 件数 | 2,921 | 1,681 |
| 世帯農業所得の中央値 | 5,903 | 6,152 |
| 所得税額の中央値 | 44 | 39 |
| 所得税額の平均値 | 469 | 420 |
※金額の単位は千円
さて、では、50歳未満で所得税を払っていながら新旧の個人年金のどちらにも入っていない世帯はどのくらいあるでしょうか。それは以下の表の通り1,423件確認されました。これも小規模企業共済よりは少ない状況ですが、上述した通り50歳未満のデータは4,610件しかないので、個人年金も結構な割合で加入していない人がいることが分かります。
| 件数 | 1,423 |
|---|---|
| 世帯農業所得の中央値 | 7,529 |
| 所得税額の中央値 | 196 |
| 所得税額の平均値 | 800 |
※金額の単位は千円
以上、確定申告書からわかる農家の老後の備えの状況を見てきました。長い経営期間では、将来に備える余力がある時期と、そうでない時期はあると思われますが、それでも備えられるような人が必ずしも備えているとは言えない状況が見えてきます。
農業者には技術などの研修機会は多いのでしょうが、生活に関連したお金の話にはなかなか触れる機会が少ないのではないでしょうか。老後資金は、問題が顕在化してからでは選択肢が限られるため、できるだけ早い時期から意識を喚起する機会が必要だと思います。
農業者にとっても、「稼ぐ技術」だけでなく「残す仕組み」を考える段階に来ているのではないでしょうか。
南石名誉教授のコメント
今回の分析では、確定申告データから分かる「農業者の老後資金」の現状について明らかにしました。
小規模企業共済や個人年金のメリットがあっても、実際には加入していない農家の割合がかなり高いことがわかりました。これは、農家にとっては、「老後資金」というと、国民年金や農業者年金といった公的年金が馴染みがあることと無関係ではなさそうです。
「老後資金」は、富裕層を除けば、農家に限らず個人事業者にとってもサラリーマンにとっても、避けて通れない大きな課題といえます。
