農業利益創造研究所

収入・所得

高所得農家の現預金は? 貸借対照表から見える農業経営

個人情報を除いた2020年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家16,590人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

ご存知の通り、個人事業主の青色申告書には貸借対照表があるのですが、経営を分析するための資料としては、使い道が乏しいものです。理由は、個人事業主の資産・負債は「家計」との切り分けが難しいため、貸借対照表の数値が純粋に経営実態だけを表したものではないからです。

とはいっても、ここはビッグデータの面白いところ、多くのデータが集まれば凸凹補って全体ではそれなりの傾向を示すのではないかと思い、今回は2020年の貸借対照表の数値から農業経営を見てみました。

農家全体における賃借対照表の傾向

以下は農業簿記ユーザー16,590世帯の簿記データを平均して作成した貸借対照表です。

全16,590世帯の平均貸借対照表
期首 期末 増減
資産計 30,050 31,413 1,363
流動資産計 9,652 10,534 882
現金・預貯金等 9,041 9,944 904
棚卸資産計 611 589 -22
固定資産計 20,399 20,879 481
土地 8,669 8,765 95
建物・構築物 5,841 5,992 150
農機具等 5,192 5,418 226
果樹・牛馬等 695 705 9
負債計 7,281 7,717 436
借入金計 6,533 6,930 397
短期借入金 928 973 45
長期借入金 5,605 5,957 352
買掛未払金 748 787 39

(経営体数:11,097 / 単位:千円)

期末の負債総額(7,717千円)に対し現金・預貯金等が(9,944千円)上回っていることから、非常に安定した財産状況と推察されます。

貸借対照表は基本的に開業以来(貸借対照表作成以来)の経営結果が蓄積されたものですから、この結果はたまたまこの1~2年の経営が良かっただけということではなく、多くの農家が何年もの間、継続的に手堅い経営をしていたことのあらわれなのだと思われます。

次に、期首と期末の増減を見てみますと、負債が増加(436千円)していますが、それ以上に固定資産も増加(481千円)しています。つまりこの負債の増加は、今後の経営発展のための設備投資によるもので、損失の累積やその補填のためといった“ネガティブな負債”ではないと考えられます。

ですから2020年に計上された利益の多くは、現金・預貯金等の増加(904千円)に回り、コロナ禍に見舞われた年においても(だからこそ?)、しっかり財務を安定化させることができています。

こう見ると、今の農業経営者は単年度の利益を上げるだけではなく、その利益を将来の経営のために手堅く投資や留保に回していくことができているようです。ここでも一般的なイメージとは異なる日本の農業経営の堅実さを感じさせます。恐れ入りました。

世帯農業所得300万円未満における賃借対照表の傾向

ただ、やはり全ての農業経営者がこうであるわけではないようです。以下は世帯農業所得300万円未満の農家の簿記データを平均して作成した貸借対照表です。

世帯農業所得300万円未満の賃借対照表
期首 期末 増減
資産計 18,500 19,059 559
流動資産計 5,464 5,734 270
現金・預貯金等 4,989 5,294 305
棚卸資産計 475 441 -34
固定資産計 13,036 13,324 288
土地 5,212 5,259 47
建物・構築物 4,178 4,335 157
農機具等 3,133 3,210 77
果樹・牛馬等 512 520 8
負債計 4,535 5,033 498
借入金計 4,146 4,612 465
短期借入金 486 527 41
長期借入金 3,660 4,084 424
買掛未払金 389 422 33

(経営体数:5,265 / 単位:千円)

これによると、負債総額が増加(498千円)していますが、固定資産の増加(288千円)はそれを下回っているので、それ以外の負債は運転資金などの補填に充てられていると思われます。

それにもかかわらず期末の残高を見ますと、総資産に占める固定資産の割合は69.9%(13,324÷19,059)と平均の66.4%(20,879÷31,413)より高いのです。

つまり所得が低い農家は、設備投資は積極的にしているものの(し過ぎ?)、それに見合う利益が挙げられないことから借り入れをして経営をまわしている、いわば“自転車操業”に近い経営をしていることが伺えます。したがって現金・預貯金等も負債総額をわずかに上回るだけで、財務状況に余裕があるとは言えません。

世帯農業所得1,000万円以上における賃借対照表の傾向

では高所得の農家はどうなっているか、以下の世帯農業所得1,000万円以上の農家の簿記データを平均して作成した貸借対照表を見てみます。

世帯農業所得1,000万円以上の賃借対照表
期首 期末 増減
資産計 66,624 70,296 3,672
流動資産計 22,185 24,577 2,393
現金・預貯金等 20,831 23,246 2,415
棚卸資産計 1,354 1,331 -23
固定資産計 44,439 45,719 1,279
土地 20,299 20,576 277
建物・構築物 11,718 12,003 285
農機具等 11,075 11,760 685
果樹・牛馬等 1,347 1,380 33
負債計 16,187 16,670 483
借入金計 14,569 14,981 411
短期借入金 ,434 2,458 25
長期借入金 12,136 12,522 387
買掛未払金 1,618 1,689 72

(経営体数:1,847 / 単位:千円)

これを見ると負債の増加(483千円)をはるかに上回るかたちで、固定資産の増加(1,279千円)が確認され、この差額は現金・預貯金等で補っていると思われます。

つまり設備投資を積極的にしているもののその原資の多くに自己資金を充てて、毎年の利払い費用の負担を軽減させているのです。それにも関わらず現金・預貯金等は大きく増加して(2,415千円)負債総額を大きく上回り、財務は非常に安定しています。

経営は短期的には当期の利益をどう上げるかに関心が向きますが、長期的にはその利益をどう使うかが重要になります。この層の農家は、単に農作物をうまく作れるだけの人たちではないことがよくわかります。

まとめ

このように貸借対照表からは、単年度でゼロクリアされる損益計算書とは違って、何年も積もった地層をみるように農家の経営を見ることができます。

そしてこの積もった地層を見ると、生みだした利益から良い経営循環を作り出してどんどん良くなっていく農家と、毎年借入をしながらなんとか目の前の経営をまわすので精一杯の農家が二分化していっているような印象を受けました。

それでも、そのような経営が厳しい農家の固定資産や負債の残高は決して少なくないため、今後も経営を継続する意思が伺えます。

願わくは、そのように継続意思のある農家には今後も変わらず農業経営を続けて欲しく思いますし、我々もできる限りそのような農家の想いが叶うようなお手伝いを続けていきたいと考えています。

南石教授のコメント

農業所得が1,000万円以上の世帯の資産計は7,029.6万円、負債計は1,667.0万円ですので、資産計が5,362.6万円上回っています。農業所得が300万円未満の世帯の資産計は1,905.9万円、負債計は503.3万円ですので、資産計が1,402.6万円上回っています。こうした資産計から負債計を差し引いた額は、正味の財産(正味財産)を表しているといえますので、農業所得の多寡にかかわらず、農家は相当の正味財産があることが分かります。

しばしば、農家がどの位儲かっているのか話題になりますが、毎年の所得よりも永年の経済活動の結果として形成される正味財産が、今後の投資や生活を考える大きな意味を持ちます。もちろん、農業所得が多ければ正味財産も多くなります。農業所得が1,000万円以上の世帯の正味財産は、農業所得が300万円未満の世帯の3.8倍になっています。大まかにいえば、所得が3倍なら正味財産も3倍のようです。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所