
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
農業においては農地の集約、規模拡大、法人化による経営の効率化が重要だという声も少なくありません。事実、農業利益創造研究所による分析でもそのような経営で利益拡大を達成しているデータがあります。
しかし当研究所とソリマチ株式会社は、これからの日本農業には個人事業農業者も無くてはならない大切な存在だと考えています。素晴らしい経営をおこなっている個人事業農業者の経営を広く世の中に発信し、日本中の個人事業農業者を応援したい、そのような想いで、当研究所とソリマチ株式会社は、全国の持続可能な優良経営を行っている個人事業農業者を表彰する「農業王 アグリエーション・アワード 2022」を実施いたしました。
今回は、その農業王候補者の方々の経営を読み解き、農業における優良経営とは何なのかを探っていきます。
「農業王」とは
農業王は、ソリマチ株式会社が日本全国から寄せられた青色申告決算書データを、当研究所の独自スコアリング技術にて分析し、農学博士・学識経験者等で構成される委員会にて、経営の安定性・成長性・社会性・地域貢献性、そして持続可能性を兼ね備えた優良経営者を選考するアワード です。
「農業王」選考基準
■適正な所得を生み出して、安定的な経営であること
■適正なコストで最高の収益を生み出す、効率的な経営であること
■現状に満足せず常に改善し、新しいことに取組む経営であること
■消費者に安全安心な農産物を提供している経営であること
■地域や社会に貢献し、影響力を与えている経営であること
このように、農業王はただ単に所得が高いという理由だけで選ばれてはいません。効率的に所得を生み出し、安定的かつ継続的に営まれ、資産や負債、資本のバランスが良くて安全性が高く、さらに自分が良ければ良いというのでは無く、社会や地域に貢献している経営を行っていることが、農業王に選ばれるポイントです。
農業王を選考する際に、全国13,300人のデータから普通作(米+麦・大豆)、野菜、果樹、畜産の営農類型ごとに合計約400人の候補者を選びましたので、その候補者の平均値から優良経営の特徴を探ってみます。
普通作の農業王候補者の特徴
普通作の農業王候補者約80人の経営の平均と、全国平均とを比較してみました。
農業王 候補者 | 2021年全国平均 | 差 | |
---|---|---|---|
収入金額 (千円) | 32,973 | 20,398 | 12,575 |
世帯農業所得率 | 40.3% | 24.1% | 16.2% |
借入金率 | 19.5% | 47.1% | -27.6% |
総資本利益率 | 23.5% | 13.0% | 10.5% |
※借入金率=借入金÷収入金額、総資本利益率=世帯農業所得÷(資産合計-土地)
農業王候補者の収入金額は高いですが、全国の普通作で5,000万円以上の農家は200人ほどいますので、決して大規模農家が農業王というわけではありません。
そして、世帯農業所得率((控除前農業所得+専従者給与)÷収入金額)が、農業王候補としての一つの選考基準となっていますので、ご覧のように高所得率です。
つまり、借入金も少なく、総資本に対して農業所得が高く、非常に安全性の高い経営という特徴です。農業者の方は、ぜひご自分の経営と比較してみてください。
それでは、農業王候補者の経営にはどのような特徴があるのか、さらに細かく見ていきましょう。下記は、農業王候補者と全国平均のそれぞれの収入金額を100とした各科目の比率を計算し、その比率の差(1%以上の差)をグラフにしたものです。
※数値がマイナスの科目は農業王候補者の金額が低いことを示す
※差が±1.0%以上の項目のみを表示
農業王候補者は、全国平均に比べて農産物販売金額が低く、雑収入(補助金等含む)が高くなっています。おそらく水稲だけでなく、麦や大豆、そして野菜などを作付けし、上手に補助金収入を活用しているのだと思われます。
しかし、費用科目に関しては、減価償却費がとても低く抑えられていますので、過剰投資をせず効率よく経営しているのでしょう。
野菜の農業王候補者の特徴
野菜の農業王候補者約80人の経営の平均と全国平均との比較はどうでしょうか。
農業王 候補者 | 2021年全国平均 | 差 | |
---|---|---|---|
収入金額 (千円) | 31,761 | 22,626 | 9,135 |
世帯農業所得率 | 48.1% | 27.1% | 21.0% |
借入金率 | 7.5% | 26.8% | -19.2% |
総資本利益率 | 39.6% | 21.8% | 17.8% |
※借入金率=借入金÷収入金額、総資本利益率=世帯農業所得÷(資産合計-土地)
野菜も普通作と同じように所得率が非常に高く、経営の安全性が高いことがわかります。また、借入金比率が低くなっており、総資本利益率が高くなっています。
※数値がマイナスの科目は農業王候補者の金額が低いことを示す
※差が±1.0%以上の項目のみを表示
各費用について詳しく見ていくと、農産物販売金額が高く、普通作の場合とは違って雑収入が低くなっています。費用科目についても、まんべんなくカットされていますので、所得を上げるための経費意識が高い経営を行っていると推察されます。
果樹の農業王候補者の特徴
果樹の農業王候補者約80人の経営の平均と全国平均との比較はどうでしょうか。
農業王 候補者 | 2021年全国平均 | 差 | |
---|---|---|---|
収入金額 (千円) | 30,002 | 14,851 | 15,151 |
世帯農業所得率 | 51.8% | 35.2% | 16.6% |
借入金率 | 6.0% | 14.5% | -8.6% |
総資本利益率 | 39.7% | 23.4% | 16.3% |
※借入金率=借入金÷収入金額、総資本利益率=世帯農業所得÷(資産合計-土地)
全体的な傾向は野菜と似通っていて、借入金比率が低く、総資本利益率が高くなっています。特に所得率が非常に高く、50%という驚きの数字です。
※数値がマイナスの科目は農業王候補者の金額が低いことを示す
※差が±1.0%以上の項目のみを表示
各経費の特徴を読み解くと、設備投資を抑え、農薬をカットし、人をなるべく雇わないで経営しているようです。果樹は人の手がかかる作目ですが、やみくもに人を増やすとかえって経営が圧迫される可能性もあるのです。
荷造運賃手数料が低いということは、消費者への直接販売はあまり行っていないのではないか、と推察されます。直接販売は利益向上手段の一つとして着目されていますが、「農業王」候補たちは必ずしも直接販売で利益を生んでいるわけではないようです。
酪農と肉用牛の農業王候補者の特徴
次に、酪農について見てみましょう。
農業王 候補者 | 2021年全国平均 | 差 | |
---|---|---|---|
収入金額 (千円) | 69,986 | 64,654 | 5,333 |
世帯農業所得率 | 21.7% | 12.8% | 8.9% |
借入金率 | 7.4% | 28.0% | -20.6% |
総資本利益率 | 19.0% | 11.1% | 7.9% |
※借入金率=借入金÷収入金額、総資本利益率=世帯農業所得÷(資産合計-土地)
収入金額は、全国平均とほぼ同じ金額です。農業王候補だからといって、大規模経営とは限らない、ということです。もしかしたら、大規模経営は投資額や借入金が多くて、経営の安全性が低くなっているのかもしれません。
以前に適正規模について論じた「規模拡大は万能か? 農業所得率から見る適正規模とは」のコラムでも、酪農や肉用牛では拡大によって経営が効率化されるとは限らない、という結論がデータから導き出されました。
※数値がマイナスの科目は農業王候補者の金額が低いことを示す
※差が±1.0%以上の項目のみを表示
費用の全国平均との比較では、飼料費や減価償却費が非常に低くなっています。酪農経営は飼料や設備投資がかさみがちなので、その部分を上手く経費削減することが優良経営に繋がるのでしょう。
ちなみに、肉用牛は以下のようになりました。
農業王 候補者 | 2021年全国平均 | 差 | |
---|---|---|---|
収入金額 (千円) | 59,703 | 38,051 | 21,653 |
世帯農業所得率 | 22.3% | 14.6% | 7.7% |
借入金率 | 27.6% | 44.2% | -16.6% |
総資本利益率 | 15.9% | 10.2% | 5.7% |
※借入金率=借入金÷収入金額、総資本利益率=世帯農業所得÷(資産合計ー土地)
※数値がマイナスの科目は農業王候補者の金額が低いことを示す
※差が±1.0%以上の項目のみを表示
酪農と比べて借入金率がかなり高くなっていますが、全国平均にも同傾向が見られるため、これは肉用牛全体の傾向と言えそうです。むしろ酪農と同様に、農業王候補の経営は借入金を低く抑えている優良経営、と取ることもできるでしょう。
まとめ
「経営はバランスである」とよく言われます。人、もの、金をバランスよく活用し、最大限の利益を生み出し、そして永続的に発展していくことが重要ですが、農業王の候補者はその経営バランスに優れた経営者であるといえます。
大規模経営が必ずしも良いわけでなく、むしろ農業王候補者たちの経営規模が最適規模を示しているのかもしれません。
適切な投資をしながら売上を上げる工夫と経費削減の工夫を絶えず行う、そういう経営者マインドに優れた人たちが増えれば日本農業の未来は明るいと思います。
今回選ばれた2022年の農業王は、表彰の様子やインタビュー記事などのメディア出演も予定していますので、そちらもお楽しみください。農業王は2023年も開催予定なので(※)、今回応募されなかった方や残念ながら選ばれなかった方も是非、今年の経営で「サスティナブル(持続可能)な農業」に挑戦してみてください。
※ 農業王2023のエントリーは2022年12月中旬以降、審査結果発表は2023年6月~7月を予定しています。
関連リンク
ソリマチ株式会社 「農業王 AGRIATION AWARD 2022」
南石教授のコメント
「農業王」受賞の経営は、何れの作目でも財務的にみると、その他の経営と比較し収入金額が多く、農業所得率が高く、借入金率が低く、総資本利益率が高い傾向があります。また、非財務的特徴としては、経営改善への取り組み、安全安心な農産物生産、地域農業への貢献等の特徴があります。
これらの非財務的特徴と財務的特徴が、どのように関連しているのかは、学術的にも実践的にも興味深いテーマです。非財務的特徴が原因で、財務的特徴が結果なのか?その逆なのか? あるいは別の真の原因があり、それが非財務的特徴と財務的特徴の両方に影響しているのか?実は両者の関係はまったく無いのか?興味は尽きません。