農業利益創造研究所

収入・所得

農家の資金の“谷”はどこにある? お金の流れを可視化する

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

経営は短い視点で考えれば、毎年利益をどれだけ上げるかが最も重要でしょうが、現金・預金(キャッシュ)がその時々にどれくらいあるかも同じくらい重要なことです。

農業は有利な制度資金や資材代金の後払いの慣習がまだ残っているので、中小の製造業のように経営者が資金繰りに奔走するという話はあまり聞きません。ただ、最近は加工やサービスといった分野に進出している農家も多いので取引先も多様化し、なにより常時雇用が増えていることからも、キャッシュが手元に必要とされるケースも多くなっていると思われます。

資金繰りという観点で考えると、キャッシュは決算時の残高の大小よりも、年間の流れの方が重要です。今回は経営品目毎の年間のキャッシュの流れを確認していきます。

普通作経営の現・預金の推移

普通作は10月に米の売上代金が入るのと、秋から年明けの期間に経営安定対策などの交付金が入ることで、その時期にキャッシュが増加し、夏に“底”が来るという予想通りの流れです。したがって春から夏にかけてキャッシュが少なくなる時期をどう乗り切るのか、ということが課題でしょうか。

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普通作に限らず、農業は1年間のうち収入が見込まれない時期が一定期間あるのが普通です。そのような収入のない時期に高い金利の短期資金を借りずに済むよう(概ね農家はJAの定期貯金や満期共済金を担保にして借り入れる)、生活費を含めた毎月の支出計画をたてると良いかもしれません。

酪農経営の現・預金の推移

酪農は毎日出荷があり毎月売上げ代金が入金されるので、年間のキャッシュが非常に平準化しています。農業経営において毎月お金が入るのは非常にまれなケースので、その点では酪農は資金計画が非常に立てやすく、管理もしやすいというメリットがあるのでしょう。

ただ今のように餌代が高騰しているなかでは、なかなかこのメリットも実感できませんが・・。

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いちご経営の現・預金の推移

いちごのキャッシュフローは出荷が始まる12月を起点に、最盛期の4月、5月を頂点に増加して、その後収穫の無い12月まで減少するといった大きな山型の流れになります。園芸品目など季節性の高い作物の場合、このような激しいキャッシュの振れがあり、資金のやり繰りは非常に難しくなります

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いちご農家の2番手作物で一番多いのは稲作ですが、稲作(普通作)は先に見た通り9月頃より年末年始にかけてキャッシュが増加するので、資金繰りといった面からも、いちごと稲作の組み合わせは相性がいいのかもしれません。

ほうれん草経営の現・預金の推移

ほうれん草などの小型の葉物野菜は、ハウスがあれば年間何回転も出荷しているので、キャッシュも比較的平準化していると思いましたが、実際はそうではなくいちご並みにキャッシュの振れが大きいようです。ただしキャッシュの山と谷は、ほうれん草といちごは対照的な位置にあります。

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ほうれん草は冬の野菜ですから12月~2月辺りが頂点で、7月~8月が底というキャッシュの動きがあると思いましたが、実際の出荷シーズンより2~3か月ほど早くキャッシュの動きがみられます。

リンゴ経営の現・預金の推移

リンゴ経営のキャッシュは11月に頂点をむかえ、その後3月まで高い水準を維持し続け“頂上が平ら”になるといった特徴があります。これもリンゴの出荷に沿った流れであり、出荷時期が長い(保管がきく)ところがこのようなキャッシュの流れに表れているのではないかと思います。

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意外なことに、普通作のキャッシュと似たような流れになっています。

所得金額では見えない経営状況

以下の表は、経営類型ごとの現・預金の月平均と経営規模を比較したものです。この比率が低いということは、規模に比べ手持ちのお金が少ない≒資金繰りが厳しいと推測できます。そうであるとすると、普通作が比較的キャッシュに余裕があり、逆に酪農が厳しいということが言えるかもしれません。

毎月入金がある酪農が、最も資金繰りが厳しいというのは皮肉な話かもしれませんが、現在の実態をいろいろ見聞きする限りでは可能性はある分析結果だと思われます。

普通作酪農いちごほうれん草リンゴ
(1)年間平均キャッシュ9,43115,2418,3475,3785,866
(2)収入金額合計(平均)20,39864,65418,59217,57413,879
比率((1)÷(2))46.2%23.6%44.9%30.6%42.3%

※金額の単位は千円

以上のとおり主要作物のキャッシュの動きを見てきましたが、冒頭に述べた通り農業も多角化したり経営規模を大きくしたりすれば、収入のタイミングを出来るだけ平準化させる必要性が出てきます。そういう農家は、いままで感覚的に掴んできた年間の現・預金の流れを、一度“見える化”して把握してみるのもいいかもしれません。

南石教授のコメント

財務諸表といえば、昔は一般に貸借対照表と損益計算書を意味していましたが、その後、キャッシュフロー計算書の重要性が認識され、これら3つが財務諸表と呼ばれています。キャッシュフロー計算書は、時代を遡れば商家の大福帳を連想させます。昔から「勘定合って銭足らず」といわれるように、黒字であっても倒産することがあることを、商家は熟知していたことになります。

今回の分析は、作目毎のキャッシュフローを分析しており、一口に農業といっても作目毎の特徴がよく表れています。法人経営の場合、酪農は米作に次いで農業の中で利益率が高い作目であることが知られています。儲かっているのに現・預金が少ない場合に考えられるのは、必要以上の余裕資金を現・預金として貯めておかず、何らかの投資に回している可能性があります。

酪農は、他の作目と異なり、収入も経費も季節に関わらず概ね一定で変動が少ない特徴があります。このため、現・預金が少なくても資金不足に陥ることなく、資金繰りを行うことができそうです。これは、財務的には、黒字倒産の可能性は少ないことを意味します。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所