
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
以前、ある農家さんを訪問した際にりっぱな温室ハウスがあったのでお聞きしたところ、9,000万円借入して作ったとのこと。ハウス面積当たりどれくらい収穫がありどれくらいの売上になり、毎年これくらい返済できる、という事業計画をち密に立てて借りることができたそうです。
経営規模拡大には投資が必要であり、そのために借入することになるわけですが、返済しながら経営を持続していくためにはきちんとした返済計画を立てる必要があります。
営農類型別に、経営規模が小さい経営や大きい経営はどれくらいの借入金があるのか、また、安全性が高い最適規模はどこなのか分析してみました。
借入と返済計画
簿記データから借入金の分析をする前に、農業の場合、一般的にどのように資金を借りてどのように返済するかおさらいしてみましょう。
日本農業法人協会の「2021年版 農業法人白書」によると、農業法人が現在取引している金融機関のベスト3は、農協25.1%、日本政策金融公庫22.3%、地方銀行22.1%、となっています。
おそらく大きな金額で無ければ農協、大きな額は日本政策金融公庫のスーパーL資金を借りるケースが多いと思われます。
農業の融資として有名なスーパーL資金とは、25年以内返済で、個人3億円、法人10億円という限度額まで借りられ、利息は0.6%~0.9%という低利息です。借りられる農家は認定農業者(農業経営改善計画の認定を受けた個人・法人)で、簿記記帳を行っていることも要件となっています。
<借入の事例>
3,000万円のハウスを建てるために、自己資金600万円、スーパーL資金を2,400万円借りて、返済期間は10年、2年返済据え置き、利息は0.9%とすると、1年目と2年目の年間返済額は216,000円(元金0円、利息216,000円)、3年目は返済額321.6万円(元金300万円、利息216,000円)、10年目の返済額は302.7万円となり終了です。
返済期間や据置期間をどうするかによって返済額は変わりますが、売上と利益の計画と借入金返済計画の両方を十分検討して決めていかなければなりません。
借入金の返済能力を借入金月商倍率で見る
1年間の借入金の返済にあてられる金額は、一般的には税引き後の利益+減価償却費(現金の支出をともなわない費用なのでキャッシュとして残っている)と言われています。
農業の個人事業の場合は、農業所得+減価償却費ということになりますが、一般企業と異なるのは農業所得には事業主の報酬が含まれているということです。
よって、「農業所得+減価償却費-事業主の報酬(例えば平均給与443万円<国税庁調べ>)」が返済可能額と言えます。
青色申告決算書からは当初借入金額や年間返済額がわかりませんので、「借入金月商倍率」という分析手法で見てみます。
借入金月商倍率は、「借入金÷(売上高÷12ヶ月)」の式で表すことができ、借入金が月間売上高の何倍であるかを示す指標です。
借入金の返済能力を見る大変シンプルな指標であり、一般的には借入金が月商の3倍までが健全な借入限度と言われています。
農業簿記のデータを営農類型別に借入金月商倍率を計算すると、以下の表のようになりました。普通作と肉用牛は3倍を超えており安全性は低く、果樹は1.7という驚異的な安全性の高さです。
借入金月商倍率 | |
---|---|
普通作 | 5.6 |
野菜 | 3.2 |
果樹 | 1.7 |
酪農 | 3.4 |
肉用牛 | 5.3 |
花き | 3.1 |
都道府県別の借入金月商倍率のトップ5はご覧のように果樹で有名な産地が並んでいます。果樹経営は大掛かりな設備を必要としないので借入金が少なく、付加価値が高い農産物を高い金額で売っているということなのだと思われます。
借入金月商倍率 | |
---|---|
愛媛県 | 1.0 |
和歌山県 | 1.2 |
山梨県 | 1.8 |
岡山県 | 2.1 |
長野県 | 2.3 |
収入金額規模別にみると
借入金月商倍率を営農類型別に収入金額規模別に見てみましょう。
グラフでは、借入金の残高金額と、年間のキャッシュがどれくらいあるかという目安として「世帯農業所得(控除前所得+専従者給与)+減価償却費」を一緒に集計しました。
普通作の借入金月商倍率は5.6であり、規模が大きくなるごとに設備投資が増えるのでしょう、借入金も高くなっています。しかし、収入金額5,000~7,000万円の階層で下がっていますので、経営の安全性の面で見るとこの経営規模が最適であると言えます。
※赤のグラフも借入金、世帯農業所得+減価償却費で強調の意。
野菜の借入金月商倍率は3.2ですが、どの階層も借入金より所得+減価償却が高くなっていますので、野菜経営は普通作より安全性が高いです。
特に、3,000~5,000万円と、7,000万円以上の規模で数字が低くなっていますので野菜はあまり経営規模と安全性には関係性が無いのかもしれません。
※赤のグラフも借入金、世帯農業所得+減価償却費で強調の意。
果樹の借入金月商倍率は一番低い1.7であり、圧倒的な低さです。経営規模が大きくなっても借入金月商倍率に変化は無く、果樹経営は一番安全性が高いと言えます。
※赤のグラフも借入金、世帯農業所得+減価償却費で強調の意。
酪農の借入金月商倍率は3.4で平均的です。小規模な酪農経営は大掛かりな投資をしないためか安全性が高いですが、規模が大きくなるにつれ徐々に数字が上がっていきます。
しかし、3億円以上という超大規模な酪農では数字が急に下がります。おそらく高額な先端的な設備を導入していてもるが、それ以上に売上がアップしていて、高い安全性につながっていると思われます。
※赤のグラフも借入金、世帯農業所得+減価償却費で強調の意。
ちなみに肉用牛は、どの階層も5.5程度と規模別には変化ありませんでした。花きは、どの階層も2.7程度で低く、安全性が高いことがわかりました。この指標で見る限り、肉用牛と花きにおいては、経営規模と安全性にはほぼ相関関係がないと考えられます。
まとめ
事業を継続し続けたり、拡大する時には必ず投資が必要となり、その時に自己資金が無ければ借入金が発生します。成功している経営者は、総じて大胆に事業戦略を考えて、その一方できめ細かい経営管理や資金繰りを行っています。
投資と借入と返済、売上とコストと利益、様々な数字のバランスを常に考えることが良い経営となり、持続可能な農業経営の実践につながっていくのです。
関連リンク
日本農業法人協会「2021年版 農業法人白書」
日本政策金融公庫「スーパーL資金」
南石名誉教授のコメント
農業経営は多様でありビジネスとして捉えれば、しばしば売上高の拡大や所得の向上が目標とされます。多くの場合、経営規模の拡大や事業の多角化を目指すことになり、そのための経費を融資によって賄うことになります。
今回の分析結果は、作物や畜種によって、借入金月商倍率が大きく異なっていることを明らかにしています。具体的には、普通作は5.6、肉用牛は5.3であり、健全な借入限度の3倍を大きく超えており安全性は低いといえます。
一方で、果樹は1.7であり、健全な借入限度を大きく下回り安全性が高くなっています。野菜、酪農、花きは概ね3倍前後であり、健全な借入限度に達しています。このことは、事業の展開・多角化、経営の成長発展という観点からみれば、果樹には投資戦略によってさらなる経営成長発展の余地が残されています。
安全性と成長性をどのようにバランスさせるかは、経営者の大きな役割といえます。