農業利益創造研究所

収入・所得

相関係数から見る農業経営の統計的な変動費と固定費

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

費用を変動費と固定費に分けるのは、経営分析をするうえで基本的な手法です。但し農業は、一般的な製造業のように変動費と固定費を明確に定めにくいのです。

例えば、肥料や農薬の投下量は作物の収穫量と一定の関係はあるものの、耕作面積が同じなら効果に限界があり、それを越えて投下しても収量が増えるわけではありません。かといって耕作面積を増やせば、肥料や農薬の使用量の増加と共に収量も増えるので、生産量とは無関係に発生する費用(固定費)とも言い切れません。要は自然が相手なので、変動費と固定費との関係が工場での製造業ほど明確にならないのです。

理論的に考えれば上記の通りなのですが、やはり何らかの経営分析をするのなら、変動費と固定費という概念は必要になってきます。そこで今回は統計的手法を使って、農業における変動費と固定費は何かということを考えてみたいと思います。

売上と各費用の相関係数を求める

今回行う統計的な手法とは、約1万3千件のデータから各経営体の販売金額と各費用の相関関係を調べるといった方法です。相関関係というのは、一方が増加すれば他方もそれに合わせて増加(減少)することを言うので、販売金額と相関が強い費用は変動費としての性格を強く持ち、そうでなければ固定費的な性格が強いと仮定できます。

相関関係は、『相関係数』を算出して確認します。相関係数は“1”~“0”の間に値を取り、1に近いほど相関関係が強いとされます。つまり“1”に近いほど販売金額と相関関係の強い費用=変動費的性格が強い費用ということになります。

それでは2021年のデータをもとに、経営類型ごとの販売金額と費用の相関を見てみます。

普通作経営

まず普通作経営です。普通作経営は販売金額ではなく、雑収入を含んだ「収入金額小計」と各費用との相関係数を算出しました。

普通作
肥料費0.87
農薬・衛生費0.85
動力光熱費 0.79
減価償却費0.70
種苗費0.70
地代・賃借料0.69
修繕費0.67
農業共済掛金0.60
租税公課0.59
諸材料費0.47
荷造運賃手数料0.46
雇人費0.44
利子割引料0.40
土地改良費0.39
作業用衣料費0.38
農具費0.28

肥料費と農薬・衛生費は相関係数0.8を超え、収入金額小計と強い相関が確認されました。つまり普通作においてこれらの費用は、変動費的な性格が非常に強いということです。

非常に興味深いのは減価償却費の相関係数が0.7と高いことです。周知のとおり減価償却費は一般的には固定費として扱われる代表的な費用ですが、普通作経営では変動費的な性格が強いということです。これはどういうことでしょうか。

一般的な製造業で考えると、生産量を増やすためには、通常、工場の稼働時間を増やします。これに伴い変動費である材料費や動力費が増加しますが、減価償却費は機械設備の稼働時間が増えても一定のままです。ですから減価償却費は固定費と扱われるのですが、実は農業ではこのようなわけにはいきません。

農作物の生産量は、設備の稼働時間ではなく耕作地の面積でほぼ決まってしまいます。ですから、農業で生産量を増やすには生産面積を拡大させるしかありません(反収の増加では限界があります)。

普通作で耕作規模を拡大させれば、田植え機やコンバイン等の機械設備も増やさざるを得ない場合が多くなるでしょう。そうなれば結果的に生産量拡大に伴い減価償却費も増加することになります。つまり基本的に生産量の増加を規模拡大でしか対応できない農業では、減価償却費は変動費的な性格が強くなるということです。

このことは、普通作に限らずほとんどの農業経営に共通することなので、農業の経営分析をする時は留意しなければならない点でしょう。

減価償却費の他に一般的に固定費として扱われる雇人費や利子割引料は、ここでも相関係数が相対的に低く、これらは普通作経営でも固定費として扱えそうです。

租税公課の相関係数が思ったより高いのは、租税公課の中に消費税の割合(特に簡易課税)が大きいからだと思われます。また、荷造り運賃手数料は、普通作以外の経営体では0.7を超えており、それらと比べると普通作経営では変動費的な性格が弱いようです。地代賃借料に変動費的な性格が強いのも普通作の特徴かもしれません。園芸などよりも土地(生産量増加の主因)の賃借が多いことが理由でしょう。

野菜作経営

次に野菜経営の販売金額と各費用の相関係数を見てみます。

野菜作経営
農薬・衛生費0.73
荷造運賃手数料0.73
肥料費0.72
修繕費0.68
減価償却費0.68
種苗費0.67
租税公課0.60
農業共済掛金0.60
動力光熱費0.54
雇人費0.51
諸材料費0.50
地代・賃借料0.41
土地改良費0.32
利子割引料0.25
農具費0.21
作業用衣料費0.18

野菜経営は、普通作ほどではありませんが、やはり肥料や農薬・衛生費の相関係数が高くなっています。野菜経営においても、実質これらは変動費と考えられます。

また、減価償却費の相関係数は0.68と普通作とほぼ同じレベルであり、野菜作においても変動費的な性格が強いことが確認されました。施設園芸などで生産量を増やすには、ハウス設備の増設が不可避だからでしょう。

また、荷造り運賃手数料が0.73と高く変動費的な性格が強いところと、動力光熱費が0.54と低く変動費的な性格が弱いところが普通作と大きく異なるところです。

果樹経営

果樹作経営
荷造運賃手数料0.73
租税公課0.67
農薬・衛生費0.67
肥料費0.61
雇人費0.61
減価償却費0.54
農業共済掛金0.49
動力光熱費0.48
修繕費0.48
⑮諸材料費0.46
作業用衣料費0.44
農具費0.31
地代・賃借料0.17
土地改良費0.15
利子割引料0.14
種苗費0.13

果樹経営は、荷造り運賃手数料の相関係数が最も高くなっています。但し0.73という値は野菜経営と変わりません。
つまり果樹経営の費用は、全体として販売金額との相関がやや低めなのです。これをどう評価するかですが、額面通りに受け取れば費用全体として変動費的な性格が弱め(固定費的性格が強め)ということですが、見方を変えると、“費用に表れない要素が販売金額に影響を与えている”と考えることも出来そうです。

つまり他の経営類型よりも技術力や販売力という費用に表れない要素が、販売金額に比較的強く影響を与えている、と解釈ができるかもしれません。

普通作や野菜作に比べて雇人費に変動費的な性格が強いのも、機械化が難しい果樹経営の特徴でしょう。収量を増やすなら、その分人手を増やす必要性が、普通作や野菜よりも強いということです。

酪農経営

酪農経営
飼料費0.96
動力光熱費0.92
荷造運賃手数料0.86
修繕費0.79
農薬・衛生費0.77
減価償却費0.73
農業共済掛金0.73
雇人費0.72
諸材料費0.71
地代・賃借料0.48
素畜費0.46
租税公課0.43
種苗費0.41
肥料費0.32
作業用衣料費 0.26
農具費0.23
利子割引料0.18
土地改良費0.13

酪農経営は、相関係数0.7以上の科目が多くあり、主要な費用はほぼ変動費と言ってよいかもしれません。

特に飼料費の相関係数は0.96と販売高とほぼ完全相関といえます。売上を増やすと、それと同じ割合で飼料費も増えるため、飼料費が高騰している現在、この構造は非常に厳しい状況をもたらします。

減価償却費の相関係数も0.73と高く、これは搾乳牛が減価償却資産であることが原因です。

一般的に変動費の割合が多いということは、利益が出にくい構造にあるとされます。もちろん不況になり生産が縮小すれば費用も縮小するので、損失を出すリスクも回避できるというメリットもあります。ただ酪農経営他、ほとんどの農業経営は、上述した通り減価償却費に変動費的な性格があります。減価償却資産は一度導入したら、生産量を縮小しても償却費が発生します(特に個人事業主は強制償却)。このことは生産の縮小局面でも費用が削減されないということです。

つまり農業において減価償却費は、生産拡大局面においては変動費的な側面が強くなりますが、縮小局面では固定費の性格が強く出るという性格があり、非常に厄介な存在と言えます。

“引くに引けない”というこの経営構造は、現在(2023年3月時点)の酪農経営が直面している経営危機をさらに深刻化させているのではないでしょうか。

肉牛経営

肉用牛
飼料費0.92
素畜費0.90
荷造運賃手数料0.79
動力光熱費0.64
農業共済掛金0.56
諸材料費0.50
雇人費0.40
租税公課0.36
修繕費0.36
農薬・衛生費0.36
利子割引料0.33
減価償却費0.28
作業用衣料費0.27
地代・賃借料0.27
農具費0.09
肥料費0.08
土地改良費0.06
種苗費0.06

飼料費が0.92と販売金額と完全相関に近い状況です。また素畜費は主に肥育農家に発生する費用ですが、これも0.9と販売高と非常に高い相関関係にあります。この二つの費用は肉用牛経営の費用のかなりの割合を占めるので、酪農と同様に費用全体に占める変動費の割合は大きいと言えます。そうなるとやはり肉用牛経営も利益が出にくく、固定費要素が少ないのでスケールメリットも効きにくい構造にあると言えるでしょう。

ただ、農業では珍しく減価償却費の固定費的性格が強いので、生産縮小期の費用縮小効果はそれなりに機能すると考えられます。

花き経営

花卉経営
雇人費0.74
荷造運賃手数料0.74
動力光熱費0.67
租税公課0.66
種苗費0.66
減価償却費0.62
諸材料費0.59
農業共済掛金0.47
修繕費0.42
肥料費0.42
農薬・衛生費0.41
作業用衣料費0.39
地代・賃借料0.32
農具費0.30
利子割引料0.17
土地改良費0.16

花き経営では、雇人費が相関係数0.74と最も高く、変動費的な性格が強くなっています。これは果樹経営や酪農経営よりも販売金額を増加させるには、人手が必要になるということになります。花き経営も人手がかかるという話は聴いていましたが、販売金額とこれだけ密接な関係があるとは思いませんでした。

また野菜などと比べ、肥料費と農薬・衛生費の相関係数が低く、変動費的性格が低いことも花き経営の特徴です。理由は測りかねますが、食品ではないということが関係しているのでしょうか。

変動費と固定費の境界

以上のとおり、販売金額(普通作経営は収入金額小計)と各費用の相関関係を調べるという統計的手法によって、経営類型ごとの変動費や固定費を確認してきました。

相関係数は一般的には0.7以上を“かなり強い相関”、0.2~0.4が“弱い相関”、0.2未満が“ほとんど相関なし”とみなします。ここから今回の分析を振り返ると、概して変動費と言えるのは相関係数0.7以上で、逆に固定費とみられるのは、0.4未満というような感じがします。あえて全ての費用を変動費と固定費に分けるならば、その境は相関係数0.5ぐらいが目安でしょうか。あくまでこれまでのデータを眺めた感覚による仮説ですが。

今回の相関係数を使った統計的手法で、農業の変動費と固定費が決められるわけではありませんが、減価償却費をはじめ、農業における変動費と固定費は一般製造業とは異なり、また経営類型ごとにも異なるという仮説は提示できそうです。また、同じ変動費でも販売金額との相関には“程度の違い”があり、一概に費用を変動費と固定費に二分化することにも疑問が生まれてきます。

いずれにしても、このような農業経営の特殊実情を踏まえないまま、一般的な手法をそのまま使って安易に損益分岐点分析など行うことは、少し慎重になった方が良いと思われます。

南石名誉教授のコメント

変動費と固定費に区分して分析することは、損益分岐点分析の基本です。教科書的には、操業度に比例して増加する費用を変動費、操業度に影響されない費用を固定費と呼びます。

ただし、両者の中間的な性質をもつ費用もあり、準変動費、準固定費といった区分がされることもあります。

操業度の具体的な指標としては、売上高が一般的ですが、農業では作付面積や家畜飼養頭数が用いられることもあります。今回の分析は、作目によって、変動費としての性格が強い経費、固定費としての性格が強い経費が異なることが明らかになりました。こうした作目による費用の特徴を理解することは、経営改善を考える第一歩になりそうです。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所