農業利益創造研究所

インタビュー

信念のレモンで日本一の産地を輝かせる「せとだエコレモングループ」

持続可能な農業インタビュー「せとだエコレモングループ(宮本悟郎さん)」

近年、「持続可能な社会」、「SDGs(エス・ディー・ジーズ)」という言葉をよく聞くようになりました。そこで農業利益創造研究所でも、「持続可能な農業」の実践者へのインタビューを行っていきたいと考えています。

今回は尾道市瀬戸田町で地域ブランド「せとだエコレモン」の栽培を手掛けるせとだエコレモングループ(グループ員156名、面積約32ha)代表の宮本悟郎さんにお話をお伺いしました。宮本さんはJA三原を今年3月末で定年退職し、4月からはJAひろしまの理事を務めています。

※9つのJAの合併により、今年4月からJA三原はJAひろしまになりました。記事内ではJA三原という名称で表記しています。

日本一のレモン産地が復活を遂げるまで

現在、レモンの生産量が日本一である瀬戸田町は、瀬戸内海に浮かぶ生口(いくち)島と高根(こうね)島から構成されています。雨が少なく温暖な気候で、日当たりが良い傾斜地が多く、寒さや風に弱いレモンにぴったりなこの土地では、明治時代からレモン栽培が行われていました。

しかし1964年の「かんきつ類の輸入自由化」により安い輸入レモンが大量に入ってきたことから、国産レモンの生産は大打撃を受け、瀬戸田町でもレモンの木が次々に切られるという事態になりました。

その流れを変えたのは、輸入レモンに使われている農薬に発がん性があるというニュースです(その当時の情報)。消費者の中で、安全な国産レモンを求める声が高まりました。そして生協の中でも特に食の安全に熱心に取り組んでいた「グリーンコープ生協」からJA三原へ、「安全な国産レモンを消費者に届けたい。もう一度レモンを作ってほしい。」という要望が届けられたのです。

このままレモンの産地が消えてしまう事態は避けたい。JAにもそのような想いが強くあり、レモン産地の復興へと取り組むことになりました。そしてこの課題に取り組むべく、当時広島県果実農協連合会東京支所長だった宮本さんがJA三原の職員として招かれたのです。

「当時、輸入レモンは国産レモンの3分の1の値段でした。消費者の方はシビアですから、安全性が高くてもそこまで値段が違うとなかなか選んでくれません。そこで農薬を慣行の5割減にして、瀬戸田のレモンを「特別栽培農産物」にいたしました。安全性のわかりやすい指標があれば、売り込みやすくなると考えました」

これが「せとだエコレモン」という地域ブランドの誕生です。「皮まで食べられるレモン」というキャッチコピーで安全性をアピールし、消費者の支持を集めることに成功し、少しずつ生産量も戻ってきました。こうして安全安心なレモンを求める声に応えて、消えかけた日本一の産地は見事に復活を遂げました。

加工品の値段が以前の10倍へ

しかし、別の課題が浮上します。農薬を減らしたために正品率が下がり、加工品用の割合が全体の30%に増えてしまいました。「安い加工品ばかりでは売上が下がる。従来の方法でレモンを作った方が利益が出る」という声が農家から出始めて、宮本さんたちは、加工品に付加価値をつけて単価を上げなくてはいけない、と考えました。

そして様々な加工業者と連携して、粉末飲料のふるさとレモン、輪切りレモンをはちみつに漬けたせとだレモンなどが開発されました。特に切り口がハートになるハートレモン®※1は可愛らしいビジュアルが大人気で、年間3万個も販売されています。
※1 ハートレモンは登録商標です。

「幸い、加工品の値段は当時の十倍になっています。加工業者の方々には安定供給を約束することで、良い関係を築いています。値段が高い安いで業者を変えたりせず、十年先も末永くお付き合いするという紳士協定ですね。安全安心なレモンだから加工品でも価値があって高い、そうご納得いただいています」

ニーズと生産時期が違う!夏にレモンを届けるには?

利益向上におけるもう一つの課題は、レモン収穫の最盛期と消費者ニーズの時期のずれでした。レモンは夏に食べたい果物と考える方が多いでしょう。レモンに多く含まれるクエン酸は疲労回復や夏バテ予防の効果があり、夏にレモンが欲しくなるのは生理学的にも利にかなっています。

しかし、レモンの収穫時期は10月から5月、最盛期は年末から年明けと冬の真っただ中。夏はレモンが足りないのに、冬はレモンが余って値崩れを起こすという問題がありました。

宮本さんたちは鮮度保持フィルムでレモンを一つ一つ包み、冷蔵するという方法で端境期の6~8月にレモンを販売する仕組みを作りました。貯蔵にはJAながののりんご用貯蔵庫を使用しています。その時期にはりんごの出荷が終わるので、貯蔵庫も空いていますし、りんごの出荷や包装を行っているスタッフに作業を依頼することで、年間継続雇用にもつながります。

また広島県から東京までレモンを運ぶ場合は冷蔵車を使う必要がありますが、長野から運ぶ場合は距離が短いため、普通のトラックでも問題ありません。運送費も人件費も抑えられて、一石二鳥の素晴らしい解決策です。

「鮮度保持フィルムで本当に腐敗を防げるのか、市場の協力を借りて三年かけて試験を繰り返しました。その時に市場の方から「この時期に空いている長野の貯蔵庫を使えばいい」とアドバイスをもらったんです」

そう語る宮本さんは、改めて市場の大切さを強調していました。「市場の方々は知識も情報網も素晴らしいですから、一緒に課題に取り組むことで今回のような気付きを与えてくれたり、自分たちの取り組みを全国に伝えてくれたりもします。市場の方々に認められれば、お金をかけなくても大きな宣伝効果が得られるのです」

個人農家の視点から見ると、利益が上げられる直接販売には利点があります。しかし、今回のように産地全体の復興という大きな課題に取り組む時は、市場の方々の協力はやはり欠かすことができないものなのでしょう。

成果が認められ、日本農業賞を受賞

せとだエコレモングループは今年の1月、このような様々な取り組みが認められ、JA全中とNHKが主催する「日本農業賞」における集団組織の部の大賞を受賞いたしました。その件について、宮本さんはこう振り返っていました。

「みかんなら一日に何個も食べる方もいますけど、レモンはそういうわけにいかない。だから、ブランドが認められても生産量がどんどんと右肩上がりになるわけではありません。おそらくもっと優秀な経営をされている団体はたくさんあるでしょう。今回わたしたちが賞をいただけたのは、高品質なレモンを届けたい、そして産地を盛り上げていきたい、そういった活動を評価していただけたからだと思います」

もっと生産量を増やしていきましょう、という呼びかけには、「もう日本一の産地になったのだから、無理をして拡大路線を取る必要は無いんじゃないか」という意見もあったそうです。しかし、宮本さんは先を見据えて説得を続けました。

「寒さや風に弱いレモンは栽培が難しくて、どこでも作れる作物ではありません。だから、瀬戸田にいる私たちは、安全で安心なレモンを求める消費者の声に応えていく必要があると思います。国産レモンはレモン全体のシェアから見るとわずか数パーセントで、まだまだ必要な方に行き渡っているとは言い難い状況ですから」

日本一の産地を受け継いでいく誇り

最後に後継者問題について尋ねてみると、「残念ながら解決できてはいません」と宮本さんはシビアな見解を告げました。若い方は島を出ていってしまって戻ってこない、後継者も見つからないという課題はあるそうです。

「レモンという果物で爆発的な利益を上げるのは難しい。では、それ以外の何かでアピールする必要があります。瀬戸田にいると楽しい、毎日がわくわくする。そう思っていただける環境づくりを心掛けています」

具体的には、観光協会の主催でレモン祭りを行ったり、地元の商店街や菓子メーカーと一体になってレモンを使った商品を発売したりと、瀬戸田をレモンの街として盛り上げる取り組みを行っています。そのおかげでメディアの取材が増え、少しずつ若い方も戻ってきているそうです。

瀬戸田のレモン農家の年齢層は、20年前は30代以下の割合が0.8%でしたが、去年は30代以下が6.5%でした。「若い方から、瀬戸田にいると取材に答える機会も多くて楽しい、という声を聞くこともあります。少しずつ成果が出ているのかもしれない、と思います」と宮本さんは笑顔で話していました。

過去から受け継いできた産地を未来につないでいくために、安心で安全なレモンを作り続け、日本全国に届けていきたい。宮本さんの冷静かつ熱い語り口からは、そのような深い決意が感じられました。それはグループ全体の姿勢であり、その原動力は日本一のレモン産地を支えている誇りなのでしょう。レモン農家さんたちの想いは様々な方を惹きつけ、これからも瀬戸田の地を輝かせるに違いありません。

関連リンク

JAグループ広島
日本農業賞

 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

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