
2023年に開かれた第53回日本農業賞において、個人経営の部の大賞に群馬県前橋市の「須藤牧場」を営む須藤晃(あきら)さん・淳子さんが選ばれました。
10年以上前から地域産飼料の生産・利用に関わる耕畜連携に取り組み、現在の粗飼料自給率が80%であること。牛たちが快適に過ごせる環境を追求するアニマルウェルフェアに取り組んでいること、チーズの生産を行い六次産業化に成功していること等が評価され、今回の受賞につながりました。
今回は、須藤晃さんにお話を伺い、牧場をホテルに見立てるというユニークな発想の元や、耕畜連携の苦労とそれに懸ける想い、新しい取り組みについてお聞かせいただきました。
様々な交流を通じて、経営者として成長
群馬県は昔から畜産の盛んな地域で、特に須藤牧場が位置する前橋市は県内一の畜産物生産地域です。そんな前橋市に位置する須藤牧場は、成牛120頭、搾乳牛95頭、育成牛40頭(北海道に預託)を擁しており、従業員3名、パート3名が働いています。
経営者である須藤さんは北海道の高校・大学を卒業し地元の組合で酪農ヘルパーをしたのち就農、父親から牧場を継いで、酪農を始めました。須藤さん夫婦と須藤さんのご両親という家族経営から始まり、次第に規模を拡大してきました。この経緯からは順風満帆に見えますが、初めのうちはとても大変でした、と須藤さんは当時を振り返ります。
「利益追求を突き詰めすぎて、ストレスで顔面がけいれんするようになってしまったんです。牛が言葉をしゃべってくれれば気持ちがわかって楽なのに、どうしたらいいかわからない、と思い悩んでいました」
行き詰った須藤さんが変わるきっかけは、中小企業家同友会に入会したことです。色んな企業の経営者と交流する中で、経営者として成長するための気づきを得たそうです。

「就農したばかりの頃は、先代の父に強い反発心を抱いていました。でも、ある時、須藤さんが酪農を継いでいるのは父親が酪農をやっていたから、そこには感謝した方がいい、とある方に言われたんです。そうしたら、ぐうの音も出ないじゃないですか(笑)」
それがきっかけで、家族の集まりで父親に感謝の手紙を読んだ須藤さん。そこから張り詰めていた気持ちもほぐれて、様々なことに柔軟に取り組めるようになったそうです。
「ホテル須藤牧場」誕生のきっかけは?
須藤牧場では、「ホテル」というコンセプトを掲げて、牛たちにおもてなしの精神で接しています。自分がストレスに苦しんだ経験から、牛たちにもストレスを感じてほしくないと思った、と須藤さんは語ります。
「とある経営者の方に「須藤さんはまるでホテルマンみたいに牛に気を遣っているね」と言われたことがきっかけです。牧場をホテルに見立てることで、牛にとって居心地良い環境を作る大切さを、従業員にも牧場の外にも伝えていきやすくなるな、と考えました」
「他の方からアイディアをいただいただけなんですよ」と謙遜する須藤さんですが、そのアイディアを実際に形にして作り上げたのは行動力の賜物でしょう。
具体的には、牛舎にジャズなどの音楽を流す、後述の国産飼料を使ったおいしい食事を出す、臭いの少ない環境を目指す、牛が使うマッサージ機器を取り付ける、などのユニークな方法で環境づくりに取り組んでいます。
農業におけるアニマルウェルフェアは、欧州に比べて日本は遅れていると言われていますが、須藤牧場の対応はまさに最先端です。近い将来、アニマルウェルフェアの重要性が日本でも認知され、須藤牧場の取り組みがさらに広まっていくかもしれません。
耕畜連携への取り組みとそれに懸ける想い
須藤牧場が日本農業賞を受賞した理由の一つが、耕畜連携への取り組みです。須藤さんは約十年前、前橋市内の稲作農業生産法人「元気ファーム20」の関根 正敏さんと一緒に「群馬トランスフォームプロジェクト(カタチを変え、考え方を変え、想いを守る)」を立ち上げ、牧場から出た堆肥で飼料を栽培し、その飼料で牛を育てるという地域密着循環型農業を目指しました。現在、耕畜連携は国から推進されていますが、当時は取り組んでいる農家もまだまだ少なかったそうです。

「初めは失敗の連続でした。二人で試行錯誤を繰り返して、飼料が牛に食べさせられる出来栄えになったのは、つい最近なんです。そうした試験用の飼料と、実際に牛に食べさせる牧草の両方に経費がかかるので、コストがかさんで大変でした」
しかし、須藤さんは関根さんと力を合わせてプロジェクトを進め、現在では全体の8割を国産飼料でまかなっています。「近所の方に飼料を分けると、こんなに質のいいものは見たことがない、と褒められます。関根の作る飼料は最高なんですよ」と須藤さんは誇らしげに語っていました。
チーズの背景にあるストーリーが大切
須藤牧場では、六次産業化としてチーズ生産・販売にも取り組んでいます。地元のレストランに卸しているほか、今年からは高崎駅のお土産物屋での販売も始まるなど好調です。
実は、ここにも須藤さんが実践しているユニークなルールがありました。須藤牧場のチーズを取り扱いたい、という問い合わせをいただいた場合、須藤さんは必ず「須藤牧場での実習」をお願いするそうです。たとえばレストランの問い合わせなら、農場での掃除や搾乳、チーズ作りをシェフたちに体験してもらいます。
「大手メーカーのチーズに比べたら、私たちのチーズは割高です。けれど、この牧場でチーズ作りの大変さを体験していただき、私たちの想いを伝える。そうすることで、レストランでもチーズを大切に使っていただけるし、シェフからお客様にもこのチーズのストーリーが伝わるんですよ」
確かに、自分の手で体験すれば、大切に作られているチーズだという実感がわくに違いありません。商品よりも体験を重視する、「モノからコトヘ」という消費活動の変化がありますが、まさにその変化にぴったりです。須藤牧場では、アニマルウェルフェアや国産飼料の使用によって安心安全で高品質な牛乳を目指していますから、その点も大きな付加価値になっているに違いありません。
若者のために酪農の未来を見据える
須藤牧場は「農福連携」という取り組みも行っています。ファーミングセラピー(グリーンセラピー×アニマルセラピー)という形で、特別支援学校や福祉施設と協力して、障がい等のある子どもたちに牛と触れ合う機会を提供しているのです。
「これも、特別支援学校の先生に交流会で会ったのがきっかけでした。動物好きな生徒を牧場で受け入れてもらえないか、と頼まれてOKしたんですよ。そのご縁で、活動が広がっていったんです」
その中でも、一人の生徒が須藤牧場に就職したのです。これは大きな成功例と言えるでしょう。学校側、生徒側にはそのようなニーズはあるけれども、残念ながら、障がいを持った方を受け入れようとする農家が少ない、と須藤さんは語ります。
「ハンディキャップを持った生徒さんは「働きたい」という強い希望を持っています。働けることが嬉しい、そう思っている従業員って経営者から見てもありがたいですよね。この運動を続けていくうちに、障がい者と健常者に違いはない、そう考えるようになったんですよ。こういう動きに賛同する農家さんが、もっと増えてほしいと思っています」
様々な分野で精力的にチャレンジを続ける須藤さんに今後の目標を聞いてみますと、意外にも「綺麗に引退すること」というお返事でした。実は、須藤牧場は第三者継承を行うと既に決まっています。後継者は熊川さんという方で、須藤牧場で働きながら継承の準備を進めています。
「関根の作ってくれた素晴らしい飼料もあるし、次の世代に良い形で牧場を渡して、この地域を末永く盛り上げていってもらいたい。そのために、今は地盤づくりに励んでいるんですよ」

さらに直近の目標としては、現在北海道に預託している子牛の育成を内製化するために、新しく牧場を買い取って規模の拡大を目指しているそうです。次世代がこの地域で農業を続けていける環境を作りたい、そう目を輝かせて語る須藤さんは、明るい夢を抱いているようでした。須藤さん、関根さん、その他多くの方々の努力や取組みで、この地域の農業は未来へと受け継がれていくことでしょう。

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