
「農業王2024」受賞者インタビュー 島根県出雲市の森 恒友さん
ソリマチ株式会社と農業利益創造研究所は、日本農業に無くてはならない個人事業農家を応援するために、優れた経営内容で持続可能な優良経営を実践している農業者を表彰する「農業王 アグリエーション・アワード 2024」を実施しました。
今年で三年目となる本アワードでは、約10万件の農業会計データと関わるソリマチ株式会社が、青色申告決算書をもとに経営の収益性・安定性を審査して、最終的に北海道から九州までの9ブロックから、普通作(米+麦・大豆)部門、野菜部門、果樹部門、畜産部門、花き部門の「農業王」を選出いたしました。
農業王には、収益性、安全性、経営力、地域貢献、持続可能性に優れた「SDGs農業賞」15名、収益性、安全性に優れた「優良経営賞」70名の二つの賞があります。
今回は、普通作部門で「SDGs農業賞」を受賞した島根県出雲市の森 恒友(つねとも)さんからお話をお聞きし、その経営についてご紹介します。
長時間労働に悩んで、農家への転身を決意
今回インタビューした森さんは、島根県出雲市で普通作を行っています。作付けは水稲約17ha、二条大麦710a、ハト麦530a、大豆180a。先代でもある奥様のお父様を常勤雇用としています。

森さんは奥様のお父様の元へ就農し、2023年に事業承継を行いました。以前はとある大手チェーンのフランチャイズである小売店で、会社員として働いていましたが、当時は忙しくて大変だったと振り返ります。
「前職では長時間労働が当たり前で、休日もクレーム対応に駆り出されることが多くて、全くゆとりがありませんでした。娘が生まれた時、このままでは家族と過ごす時間が持てない、別の仕事はないだろうか、と考えるようになりました。そういう私の悩みを聞いた妻が、農業はどう?と勧めてきたのが、就農のきっかけです」
非農家の生まれで、それまで農業の経験は全くなかった森さん。しかし、農業なら今よりも時間の融通が利くし、収入についても問題ないと判断し、奥様のお父様のところへ住み込む形で就農を始めます。
「妻から聞いていた話よりずっと大変だなあ、というのが正直な感想でしたが(笑)、前職も非常に忙しい仕事でしたし、自分はどこでもやっていけるという自信はありました。それに経験が浅い私が結果を出すには、時間をかけるしかないでしょう。だから、人よりも長く働いていたと思いますよ」
JAの協力で事業承継がスムーズに
就農から12年目に、森さんは事業承継で経営を継ぐこととなりました。この時、JAの担当者が間に入ってくれたことで、事業承継がスムーズに行えたそうです。
「実の親子でも言えないことはありますよね。まして私の場合は義理の父親ですし、不満があってもなかなか伝えにくかった。身内だからこそ、お互い感情的になってしまうこともあります。JAさんに間に入っていただくことで、円滑に物事が運びました。とても感謝しています」

経営者となった森さんが新しく始めたことの一つが、大豆栽培です。去年に180aで栽培を行って利益も出たので、来年はさらに拡大する予定だそうです。「正式に経営を継いだのですから、これからは新しいことにどんどんチャレンジしたいと思っています」
スマート農業で効率化を進める!
就農当時、森さんは会社員時代と比べて、参考にできるデータが少ないことに驚きました。そこで詳細な記録を取るため、営農情報を記録・集計・共有できるアプリを導入し、最近ではJAの勧めもあって最先端の栽培管理支援システムを導入しました。
「このシステムでは衛星データに基づいて、生育状況を分析してくれます。去年はデータに基づいて刈り取りの順番を決めたので、最適の時期に刈り取りできて、等級の良い米が多くなりました」
また簡易的なGPS付属の田植え機を導入。手放し運転が可能のため、すぐ植え直しに対応できます。植え付けの深さを直したり、肥料や箱剤の詰まりなどの機械トラブルにもすぐに対応でき、労働時間の削減につながりました。
「以前はしょっちゅう振り返らないといけなかったので、肩こりに悩まされていました。片手運転だと曲がってしまうリスクも大きくなりますし。この新しい田植え機で、田植え作業が本当に楽になりました」

「顔が見える」相手だけに直接販売
森さんの現在の出荷先はJAが九割、直接販売が一割です。直接販売は奥様の知り合いや、義父の代から買っていただいているお客様が中心で、口コミで新しいお客様が増えることもあります。
「前職でクレームに悩まされた経験から、顔が見えるお客様だけに販売したいんです。私一人では手も足りませんから。実際に、今はそういうお客様だけに販売しているので、問題が起こったことはありません」
森さんは決して直接販売に否定的なわけではなく、「利益を上げていくためには、JA出荷以外の部分にも力を入れていきたい」という思いもありますが、その切り替えには慎重です。
「今年は米不足で米が非常に高騰しましたから、「単価を考えて来年はJA以外の出荷先を増やすかもしれない」とJAの担当の方に直接相談しています。事業承継以外にもJAさんにはお世話になっていますし、きちんと理解を得た上で行動したいんです」
また、直接販売の可能性の一つとして、森さんは新しく出西しょうがの栽培に取り組んでいます。出西しょうがは出雲市斐川町でしか栽培されない「幻のしょうが」とも呼ばれるブランドで、奥様の希望もあり、今後は道の駅などの直売所での販売を検討しているそうです。
農業に「女性視点」が必要と考えるわけ
将来に30haまでほ場を拡大して事業を法人化するのが、森さんの目標です。森さんの奥様は農業とは別の仕事に就いていますが、法人化を成し遂げたら奥様には就農してもらい、さらに法人の代表を務めてほしい、そう夫婦間で話しているそうです。
「前職の小売業では職場に女性が多かったので、女性ならではの気づきや消費者目線がビジネスに必要だと経験から知っています。農業にはそれが足りないと感じることが多い。女性が当たり前に就農するようになれば、農業全体も色んな視点を得て改善されるはずですし、人手不足や後継者不足も解消すると思いますよ」
たとえば森さんが使っているトラクターに奥様が乗った時、「クラッチに足が届かない」という問題に直面しました。小柄な女性が操縦する想定で設計されていないのです。このような問題は氷山の一角で、まだまだ女性が農業をしにくい環境が残っている、そう森さんは感じています。
「農業でも女性がトップになってほしいんですよ。男性の補佐じゃなくてね。だから、うちの奥さんには代表になってくれ、とお願いしているんです。責任ある立場についている女性がJAと話したり、意見を出したり、そうなれば農業はもっと良くなると思いますよ」
農業の未来を見据えつつ着実に歩む
森さんは三年前から、地域の米を学ぶという地元の小学校の授業に協力しています。今年は「どうしたらお米が売れる?」というテーマで、小学生が解決策を考えて、森さんと対話するという先進的な授業内容でした。

小学校での農業に関する授業は、農作業を体験するという内容が一般的です。もちろんそれも農業の魅力を伝える上で大切ですが、「考えさせることも大切ですよね」と森さんは授業を感慨深く振り返っていました。
販売職から就農し、周りや家族に支えられつつも道を切り開いてきた森さんは、農業を愛しながらも「新しい風」が必要だと考え、柔軟な考え方を持っている方でした。
夫婦で農業を行っている農家は珍しくありませんが、奥様に「代表を務めてほしい」とまで考える方は少ないのではないでしょうか。農業には女性が持つ消費者目線が必要、と熱心に語る森さん。農業王も男女半々が当たり前、という時代が、いつかやってくるのかもしれません。
農業王の受賞、おめでとうございます。
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