農業利益創造研究所

インタビュー

するどい観察力と効率的作業で23haの稲作を1人で完結【農業王2025:アグリテック渡辺】

「農業王2025」受賞者インタビュー 新潟県長岡市の渡辺裕貴さん

ソリマチ株式会社と農業利益創造研究所は、日本農業に無くてはならない個人事業農家を応援するために、優れた経営内容で持続可能な優良経営を実践している農業者を表彰する「農業王 アグリエーション・アワード2025」を実施しました。

今年で4年目となる本アワードでは、約10万件の農業会計データと関わるソリマチ株式会社が、青色申告決算書をもとに経営の収益性・安全性を審査して、最終的に北海道から九州までの9ブロックから、普通作(米+麦・大豆)部門、野菜部門、果樹部門、畜産部門、花き部門の「農業王」を選出いたしました。

農業王には、収益性、安全性、経営力、地域貢献、持続可能性に優れた「SDGs農業賞」15名、収益性、安全性に優れた「優良経営賞」87名の二つの賞があります。

今回は、普通作部門で「SDGs農業賞」を受賞した新潟県長岡市の渡辺裕貴さんからお話をお聞きし、その経営についてご紹介します。

研修先や師匠から経営の根幹を学ぶ

会社勤めを経験した後、父親とともに稲作を始めた渡辺裕貴さん。「跡継ぎになって農業をやりたい」という渡辺さんの言葉に、最初父親は反対したそうです。渡辺さんの本気度を試したかもしれません。「どこかに行って農業の修行をしてこい」と言われたそうです。
さっそく自治体に相談に行き、研修先を探した結果、稲作農家ではなく、切り花農家のもとで研修を受けることになりました。

その研修先では、日々の作業をこなすなか、さまざまなことを学んだとか。研修先の経営主はさまざまなチャレンジをしましたが、すべてが成功したわけでなく、失敗もあったそうです。「農業は『食いっぱぐれがない職業』といわれるが、失敗し、利益を失うこともあることを知った」と渡辺さんは振り返ります。他の自営業と同じく、農業もリスクと隣り合わせ―いまなお渡辺さんの経営の軸となっています。

外交的で、行動力に長けた渡辺さんは、父親とともに米作りを始めた後も、さまざまな人脈を広げながら、稲作技術を習得していきました。わからないことがあれば普及指導員に尋ね、後に師匠と仰ぐベテラン稲作農家とも出会うことができました。師匠からは、作物の生育調査の大切さを学んだとか。定点観測をする田んぼを決めて、自ら観察し、いつどんな作業をすべきかを見極めていきました。「毎年こうだから今年もこうなるだろう」と“予測”ではなく、目の前の作物を“実測”して、判断するくせをつけました。

一人でできる稲作体系を構築

就農した当時に約7haだった経営規模も、離農者からの依頼の増加により、いつしか20haを超えるまでに。そんな矢先、2016年に父親が他界し、渡辺さん一人で全面積を担うこととなりました。「当たり前にやってきたことができなくなった」と語ります。

たとえば、田植えをするための苗は「育苗ハウス」とよばれる施設で、集約的に育てます。春先の寒い時期の作業であるため、ハウス内の温度管理には非常に気を使います。「それまでは、父か私のどちらかが温度管理に気を配り、一人はほ場で作業をしていました。でも、一人で両方をすることになりますと、ハウスの開け閉めはできても、ハウスにいない間は温度管理ができず、成績が落ちたこともあります」と渡辺さん。

何度か人も雇いましたが、長続きせず、労働力は安定しませんでした。そこで、2021年に4棟ある育苗ハウスすべてに自動開閉装置を設置。圃場でトラクター作業をしていても、スマホを通じて育苗ハウスの温度を確認できるようにしました。 その後も、頼まれるほ場が増え、既存の育苗ハウスだけではすべての苗を育てられないとわかると、籾のまま田んぼに播く「湛水直播」の導入を決意しました。現在、預かっているほ場の4割は直播によるものです。

ほ場の面積は約23ha。田んぼの枚数に換算すると73枚になります。これらすべての田んぼでどんな作業が完了し、どういう状態にあるのかをパソコンおよびスマホで確認できる栽培管理システム「facefarm(フェースファーム)」も活用しています。

「必要」と判断した機械や設備は積極的に導入し、一人で全てのほ場を管理できる仕組みを整えていったのです。その後、スポットワーカーの制度が普及したこともあり、作業者マッチングアプリを使って時間単位で仕事を発注するなど“必要な時に必要なだけ仕事を頼む”体制を構築できるようになりました。

決算書は翌シーズンに備えるための材料

生産した米の販売は、地元JAと民間業者に一任しています。2024年度は高単価に支えられましたが「1俵あたりの単価より、反あたりの収益性を重視する」という基本姿勢には変わりがないそうです。「主食米だけでなく、主食用米より収穫量の多い加工用米の品種との組み合わせで、10aの収益性を高めていきたい」ときっぱり話します。

一人完結型の稲作に必要な機械や設備を投入しつつ、農機全般のメンテナンスを行うことで減価償却費を抑制してきた渡辺さん。堅実な経営に、高値で推移する米価が加わり、収益性を向上させることができました。知り合いの肉用牛農業者(新潟県長岡市関牧場様)が2022年に「SDGs農業賞」に選出されて以来、大いに刺激をもらい、「自分もいつかは農業王に」と思っていたそうです。念願かなっての今回の受賞には喜びもひとしおとのこと。

渡辺さんはそれでも気を緩めてはいません。決算書は「その年の成績」に過ぎず、むしろ翌シーズンに向けて何ができるかを考えるための材料としての役割のほうが大きいと考えています。当面は、現在の経営規模を維持していく予定ですが、来るべき規模拡大に備え、新技術への挑戦や人材雇用に関する勉強に力を入れていくとのことです。

農業王の受賞、おめでとうございます。

関連リンク

ソリマチ株式会社「「農業王2025」受賞者決定!」
ソリマチ株式会社「農業王SDGs」
農業利益創造研究所「震災を乗り越えて山古志の牛飼いの伝統を守る【農業王 2022:関牧場】」

 この記事を作ったのは 青山 浩子(新潟食料農業大学 教授)

愛知県生まれ。筑波大学生命環境科学研究科(博士後期課程)修了。
農学博士。農業関係のジャーナリストとして活動。2020年4月より
新潟食料農業大学に。
(新潟食料農業大学)