
「農業王2022」受賞者インタビュー 栃木県鹿沼市の田野井 淳さん
ソリマチ株式会社と農業利益創造研究所は、日本農業に無くてはならない個人事業農家を応援するために、優れた経営内容で持続可能な優良経営を実践している農業者を表彰する「農業王 アグリエーション・アワード 2022」を実施しました。
13,000件の青色申告決算書をもとに経営の収益性・安定性を審査して全国108人を選考し、その経営者へのヒアリング調査により経営力や持続可能性についてさらに選考を行い、北海道から九州までの9ブロックの中で、普通作(米+麦・大豆)部門、野菜部門、果樹部門、畜産部門ごとに計16人の「農業王」を選出しました。
今回は、栃木県鹿沼市の野菜部門の農業王である田野井 淳(あつし)さんからお話をお聞きし、優良経営の極意をご紹介します。
「いちごのまち」でいちご農園を営む
50年連続でいちご生産量第1位という記録を持ち、「いちご王国」を宣言している栃木県。その中でも鹿沼市は日本有数のいちごの生産地で、「いちごのまち」という名前でも知られています。
そんな鹿沼市に位置する田野井いちご農園は、専業でいちごのハウス栽培を行っており、ほ場は36aでハウスにすると14棟分です。収穫時期は11上旬~5月末で、栃木県のいちご平均生産量4.4トンよりも遥かに多くの量を生産しています。専従者は奥様とご両親の三人です。

出荷している品種はとちおとめ一種のみですが、新品種のとちあいかへの切り替えを考えているそうです。とちあいかは粒が大きくて形も良く、着色も良い新品種で、栃木県農業試験場いちご研究所で開発されました。
「栃木全体でとちあいかに切り替えていく動きがある、と感じています。時流に乗り遅れないようにしないと」と田野井さんは語ります。新品種にトレンドが移ってしまうと、元の品種の値段ががくっと下がる可能性があるので、それは避けたい、とシビアな経営者の顔を覗かせました。
シンプル経営の強みを最大限に生かして
ここで田野井さんに経営の工夫を聞いてみると、意外にも「特に何もないんですよ」というお返事がかえってきました。
「最近も、あるメディアから取材したい、というお話をいただいて、斬新な工夫をしていますか?という質問を受けたのですが、うちはそういう目新しい取り組みはしていないんですよ。県が出しているとちおとめ栽培のノウハウに、忠実にやっているだけです」
ただし、機械による省力化は行っていますね、とのお話。コロナ関連の補助金を受けて、パック詰めの機械を入れたほか、今年からは育苗トレイの洗浄機も新たに導入したそうです。
「非常にシンプルな機械で、自動コンベアで流れていくトレイに上下から水を吹き付けるだけです。速度だけでいえば、手で洗う方が早いんですよ。ただ、これまではトレイを洗うのに四人がかりでしたが、この機械があればトレイを置く人と回収する人の二人だけで済みます。速度よりも省力化に一役買っていますね」
堆肥にも一工夫あります。9月頭に牛糞を畜産農家から買ってきて、米ぬかとVS堆肥菌を入れて、何回かかき混ぜながら一年間寝かせておきます。そうやって手間暇かけて作った堆肥は普段使いとは違い、地力をつける効果があるそうです。
肥料だけではなく、田野井さんは毎年土壌検査を行って、必要な成分を適宜追加している他、来年からは食品工場から排出される食品由来の廃棄物から作られた肥料を使用する予定で、「再生可能な農業に取り組んでいきたい」と話しておりました。
しっかり休んでしっかり稼ぐ
田野井いちご農園では、以前は米や麦を栽培していましたが、今は取りやめて、水田は人に貸しているそうです。「そうすることで、いちごに集中して反収を挙げることができるから」とのことです。
田野井いちご農園では季節労働者を1人雇って5名で作業を行い、農作業は一年を通して8時5時で終わるそうです。「閑散期は、妻と母は休んでいますし、自分も午前中で終わる時もあります。週二日くらいは休めていますね」
若い世代が農業に就きたがらない理由の一つとして、長時間労働であることが挙げられます。しかし、一年を通じて8時5時とは、会社員と比べてもゆとりある働き方と呼べるでしょう。

田野井さんのお話をお伺いしていると、全体として「無駄を省く」ことを強く意識されている印象でした。例えば販売に対する姿勢もそうです。田野井いちご農園はほぼ100%がJA出荷で、直販は全く考えていない、とのご回答でした。
「現在も、系統出荷がメインの農家がほとんどですし、消費者もほとんどがスーパーや量販店で買いますよね。六次産業化やインターネットでの直接販売は、みんながみんなやるべきことではない、と思うんですよ。もちろん、それをやりがいだと感じたり、結果を出される方もいるでしょうけれど、うちとしてはリスクを取るより、しっかり身体を休めた方がいいという考え方です」
農家が直接販売に取り組む際の問題点としてよく語られるのは、注文を取ったりお金の管理をしたりと、農業以外のことに時間を取られてしまう点です。田野井さんは知人のいちご農家からも、直接販売に乗り出したけれど、手が回らなくて撤退したという話を聞いたそうです。
経営術を語る上では、新しいことにチャレンジするという足し算が注目されがちですが、無駄を省く引き算も大切です。無理のない経営を心掛けることで、ゆとりが生まれます。これからの農業では特に大切にされるべき視点かもしれません。
地域とのかかわりを大切に
田野井さんはいちご部会の青年部に所属していて、今年の総会から役員を務めているそうです。「とちおとめの栽培方法に大きな変化があるわけではないので、基本的な内容は毎回同じなんです。ただ、ベテランの先輩や県の職員に直接質問できる場は有益ですし、新しい資材についてなどの情報交換ができるのも良い点です」

他に地域のかかわりについてお聞きしたところ、小学校の子供たちにほ場に来てもらって、いちごについての授業を行った経験をお話いただきました。当時の教頭先生が、田野井さんが小学生だった時に受け持ってもらっていた先生で、そのご縁で田野井いちご農園が給食にいちごを提供することになったそうです。
実は、今年からアルバイトとして田野井いちご農園で働く二人の高校生は、小学生の頃に田野井いちご農園で収穫体験を行っていた経験があるそうです。こうした繋がりも、地域との関わりの一つと言えるでしょう。
「特別なことはしていません」と謙遜される田野井さんでしたが、無駄を省いて確実に利益を出す堅実な経営術を実戦されている印象でした。その一つ一つの堅実な積み重ねが利益を創り、優良経営へと繋がっているのでしょう。
農業王の受賞、おめでとうございました。
関連リンク
ソリマチ株式会社「「農業王2022」 受賞者決定!」
鹿沼市役所「いちご市プロジェクト」
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