
個人情報を除いた2022年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家11,500人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
資材高騰などの影響で大きく所得率を落とした経営体が多い2022年ですが、普通作経営は全国的にあまり影響がみられなかったようです。今回はその2022年の普通作経営を見てみます。
普通作経営はわずかに改善
2022年の普通作を中心にした経営体の概要は以下のとおりです。2021年と比較すると、ほとんど変化がないと言ってよいでしょう。確かに肥料費や動力光熱費は若干上昇しましたが、収入金額の増加で費用の上昇をカバーしていて、結果的に世帯農業所得(203千円)と所得率(0.3ポイント)をともに上昇させています。
2022年は資材価格の高騰などの影響で、ほとんどの経営作物が平均所得率を下げているなか、普通作経営は安定した成績を収めたようです。
2022年 経営体数:3,122 | 2021年 経営体数:2,948 | 差 経営体数:174 |
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収入金額合計 | 21,313 | 20,771 | 542 |
うち販売金額 | 13,079 | 12,819 | 260 |
うち雑収入 | 7,877 | 7,679 | 199 |
農業経営費 | 16,066 | 15,727 | 339 |
うち肥料費 | 1,850 | 1,643 | 207 |
うち動力光熱費 | 1,030 | 905 | 124 |
世帯農業所得 | 5,247 | 5,043 | 203 |
世帯農業所得率 | 24.6% | 24.3% | 0.3% |
※金額の単位は千円。
普通作の経営体数が50件以上ある県で、2022年の所得率を4ポイント以上増やした県は、宮城県、石川県、福井県の3県です。個々に経営概要を見ていきます。
収益を拡大させて所得額(率)をあげた宮城県
宮城県の2022年の普通作経営は、収入金額を大きく増加させて、所得額1,156千円、所得率4.7ポイントアップさせました。収入金額の増加に伴い、農業経営費の中でも肥料費や動力光熱費、地代賃借料、荷造運賃手数料などが上昇しましたが、それを上回る形で販売金額や雑収入を増加させることに成功しています。
2022年 経営体数:108 | 2021年 経営体数:101 | 差 経営体数:7 |
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収入金額合計 | 15,641 | 13,749 | 1,892 |
うち販売金額 | 8,021 | 7,173 | 848 |
うち普通作 | 7,102 | 6,215 | 887 |
うち雑収入 | 7,376 | 6,281 | 1,095 |
農業経営費 | 11,456 | 10,719 | 736 |
世帯農業所得 | 4,185 | 3,029 | 1,156 |
世帯農業所得率 | 26.8% | 22.0% | 4.7% |
※金額の単位は千円。
規模拡大などが非常にうまくいった経営体が多かったのだと思われます。
理想的な経営改善ができた石川県
2022年の石川県の普通作農家は、6.7ポイントと最も所得率を上昇させました。ここは収入金額を増加させる反面、費用の削減も行い、大きく所得額と所得率を上げることに成功しました。ある意味理想的な経営改善の姿です。
2022年 経営体数:58 | 2021年 経営体数:55 | 差 経営体数:3 |
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収入金額合計 | 16,760 | 15,875 | 885 |
うち販売金額 | 11,517 | 11,119 | 399 |
うち普通作 | 9,883 | 9,455 | 428 |
うち雑収入 | 5,020 | 4,506 | 514 |
農業経営費 | 11,852 | 12,294 | -441 |
世帯農業所得 | 4,907 | 3,581 | 1,326 |
世帯農業所得率 | 29.3% | 22.6% | 6.7% |
※金額の単位は千円。
費用の削減は、雑費やその他経費で大きくなっています。したがって詳細は分かりませんが、間接費(肥料費や農薬費といった生産費以外の費用)から削減するというのは、費用削減の定石ですので、ここでも理想的な姿を示しています。
規模縮小で所得改善の福井県
最後に福井県です。 ここは経営規模、つまり収入金額が減少しているのですが、それ以上の費用削減を行うことで、所得金額561千円、所得率4.4ポイントを上げた県です。
削減された費用で大きいのは、修繕費、減価償却費、雇人費、地代賃借料です。設備関連や固定費系の費用が多いので、削減金額が大きいというのが特徴でしょう。
規模縮小による経営改善といったケースですが、実際は世代交代等で経営者(集計対象)の入れ替え等もある程度あったのではないかと思われます。 尚、販売金額が減少しているものの、雑収入が増加しているというのは、普通作ならではの特徴かもしれません。
2022年 経営体数:50 | 2021年 経営体数:49 | 差 経営体数:1 |
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収入金額合計 | 14,676 | 15,148 | -471 |
うち販売金額 | 7,467 | 8,318 | -851 |
うち普通作 | 6,850 | 7,667 | -817 |
うち雑収入 | 7,023 | 6,615 | 408 |
農業経営費 | 11,182 | 12,213 | -1,032 |
世帯農業所得 | 3,495 | 2,934 | 561 |
世帯農業所得率 | 23.8% | 19.4% | 4.4% |
※金額の単位は千円。
以上所得率が大きく改善された3県を見てきました。その改善内容は3県様々でしたが、実は共通している点があります。それは雑収入の増加です。
普通作経営は、経営所得安定対策等の交付金が大きな収入源として安定的に見込まれるため、不況期には強いという特徴があります。やはり交付金の制度をしっかり押さえて活用するのが、普通作経営の要諦ではないかと思われます。
所得率別の損益構造の違い
以下は2022年の所得率上位20%と下位20%の経営概要を比較したものです。
経営規模で12,202千円と2倍近い差が出ていることが特徴です。この差にもかかわらず費用では2,785千円しか差が出ていません。 両グループの収益の構成に大きな違いはないため、この所得差が生じた大きな要因は、技術力の差と、経営規模から生じるスケールメリットの有無だと考えられます。
2022年 | 所得率上位20% 経営体数:624 | 所得率下位20% 経営体数:624 | 差 |
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収入金額合計 | 24,899 | 12,697 | 12,202 |
うち販売金額 | 15,425 | 7,594 | 7,831 |
うち普通作 | 12,973 | 6,712 | 6,260 |
普通作割合※ | 52.1% | 52.9% | -0.8% |
うち雑収入 | 9,258 | 4,886 | 4,372 |
雑収入割合※ | 37.2% | 38.5% | -1.3% |
農業経営費 | 15,026 | 12,240 | 2,785 |
世帯農業所得 | 9,873 | 457 | 9,417 |
世帯農業所得率 | 39.7% | 3.6% | 36.1% |
※金額の単位は千円。
※収入金額合計からの割合。
以下は所得率上位20%と下位20%のグループの主な費用の構成(収入金額合計からの各費用額の割合)を比較したものです。
最も大きく差がついたのは減価償却費の割合です。上位と下位では10.8ポイントもの差がつきました。これを一言でいえば、所得率下位グループは過剰投資ということです。換言すると、そろえた設備が十分に収益に結び付いていないということであり、普通作経営で陥りがちな悪いパターンです。
また修繕費も下位グループが過大であることから、設備の管理・メンテナンスなども十分ではないという疑いもあり、概して設備に対する関わり方が良くないのでしょう。
さらに下位グループは、種苗費、肥料費、農薬衛生費、動力光熱費など基本的な生産費がどれも過剰である所を見ると、逆に収益力、つまり反収が低いとも考えられます。
どんなに有利な補助金があり、低い金利の融資ができても、技術力が低い段階での過剰な設備投資は、高い確率で経営を危うくするということを、農業経営者はもちろん、JAや行政、普及センターなどの支援者もよく意識したほうがよいと思います。
2022年 | 所得率上位20% | 所得率下位20% | 差 |
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⑨種苗費 | 2.4% | 3.2% | -0.8% |
⑪肥料費 | 7.4% | 10.3% | -2.9% |
⑬農具費 | 0.9% | 1.8% | -1.0% |
⑭農薬・衛生費 | 5.2% | 7.2% | -2.1% |
⑮諸材料費 | 2.0% | 3.2% | -1.3% |
⑯修繕費 | 4.1% | 8.1% | -4.0% |
⑰動力光熱費 | 4.0% | 6.5% | -2.5% |
⑲農業共済掛金 | 1.7% | 2.6% | -0.9% |
⑳減価償却費 | 9.7% | 20.5% | -10.8% |
㉑荷造運賃手数料 | 3.9% | 3.5% | 0.4% |
㉒雇人費 | 1.3% | 4.1% | -2.8% |
㉔地代・賃借料 | 6.5% | 8.2% | -1.6% |
㉕土地改良費 | 1.6% | 1.9% | -0.3% |
以下の図は、普通作の経営規模ごとの所得率と減価償却率(減価償却費÷収入金額合計)を、2022年と2021年の2年分を表示したものです(縦軸:世帯農業所得率、横軸:収入金額合計)。
まず所得率ですが、右に行くほど上がっていきます。横軸は収入金額合計、つまり経営規模ですから、右上がりということは経営規模が上がるにつれ利益効率が高まっているということです。これはスケールメリットが効いている状態を表しています。
スケールメリットが効く条件とは、減価償却費をはじめとする固定費の割合が経営規模に応じて低減していくことです。実際この図を見ると減価償却費率は、所得率の動きに反比例するように右に行くほど下がっています。
2022年と2021年の2年間でほぼ同じ動きをしているので、普通作経営は減価償却費、つまり設備投資のタイミングを間違わなければ、規模拡大は経営的に成功しやすい業態ということができます。
今後全国で耕作放棄地が増え、ますます担い手農家に水田が集まる傾向にあります。しかし、普通作経営のこのような特質をしっかり知って、生かすことができれば、農家の減少も個々の担い手にとっては経営の追い風になるかもしれません。
南石名誉教授のコメント
農業所得の向上は、個人経営の農家の大きな関心事です。農業所得向上は、直接的には、収入増加や経費低減によって実現されます。収入が一定でも経費が低下する、経費が一定でも収入が増加する、経費が増加してもそれ以上に収入が増加する場合にも、農業所得は向上します。
収入が一定であれば、農業所得率の向上によって農業所得が増加します。普通作経営の場合、経営全体の経費は、教科書的には栽培面積の拡大に比例して増加する変動費と、栽培面積の拡大に関わらず一定である固定費に区分されます。
固定費の代表的な経費は減価償却費です。今回の分析結果をみると、栽培面積に概ね比例する収入が5,000万円~1億円程度までは、規模拡大に伴って所得率は向上し、減価償却費率は低下しています。このことは、所得率や減価償却費率からみた適正規模を示していると言えそうです。