
個人情報を除いた2023年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家11,655人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
「食料・農業・農村基本法」が改正され、食料の持続的な供給のため合理的な費用が考慮されるような価格形成の検討が始まろうとしています。
近年の物価高騰により農産物の生産費がどれくらい上昇し、持続可能な経営が行えるような農業所得が得られているのか、そして価格形成を検討する際の調査データはどのような考慮をしなければならないのか、考えていかなければなりません。
すでに普通作・野菜作経営についての分析コラムは掲載していますが、今回は果樹作経営について農業簿記利用ユーザーのデータから分析してみます。
農業生産資材価格と農産物価格の変化
まずは農林水産省が発表した、現在の農業資材価格と農産物価格の2020年を100とした指数の推移グラフを見てください。
肥料と飼料の価格が年々上昇し、昨年1.5倍という最高値になりました。しかし現在は上げ止まって下がり気味です。光熱動力もかなり上昇し、他の費用も上がっています。しかし、農産物価格(棒グラフ部分)は1.1倍しか上がっていません。
このように生産コスト上昇分を農産物価格に十分転嫁できておらず、農業所得が減っている状況ではないかと思われます。
果樹作経営の変化
2023年のすべての営農類型全体の個人経営は、2022年と比べて収入金額は約4%増加しましたが、経費も約4%増加したため、世帯農業所得(控除前所得+専従者給与)はほぼ変わらず、という状況でした。
それでは、果樹作経営において物価の高騰が農業所得にどう影響しているのか、農業簿記利用ユーザー果樹作経営1,947件のデータから分析してみます。
2023年の全国の果樹作経営の収入金額平均は1,497万円、経営費は976万円、世帯農業所得は521万円でした。
下のグラフは、2023年の実績が2022年と比べて1年間でどれくらい増減があったのか、さらに2020年から2023年までの3年間でどのように変化したのか、ということを示しています。
2020年からのこの3年間の変化は、物価高の影響で経営費が3.8%増加しましたが、収入金額も3.8%上がったため、農業所得は約4%アップしました。
2022年から2023年の1年間の変化は、収入金額が少しアップしましたが、経営費も農業所得もほとんど変わらない、という状況です。世帯農業所得率(世帯農業所得÷収入金額)も、この3年間でまったく変化ありませんでした。
果樹作経営の農業所得は、物価高の影響を収入アップによりカバーできていた、ということがわかりました。品目別に分析するとどうなっているのかは、後ほど見てみましょう。
費用額の推移
近年の物価高騰により各費用はどのように変化したのでしょう。2023年を基点として1年間と3年間の金額の差は下のグラフのようになりました。
3年前と比べて肥料費や農薬費、諸材料費、雇人費は多少の増加ですが、荷造運賃手数料は110%のアップです。1年間の差も多少増加していますが、動力光熱費はむしろ下がっています。
普通作や野菜作では、肥料費や動力光熱費が非常に上がっているのですが、果樹作経営はさほど経費が上がっていないのは不思議です。全国の果樹作経営全体ではこのような傾向となっていますが、経営規模の階層別の所得や、品目による所得を調べてみると異なる結果になるかもしれません。
収入金額規模別の経営内容
2023年の果樹作経営農家を収入金額規模別に、世帯農業所得と世帯農業所得率をグラフにしました。
収入金額が3,000万円を超えると世帯農業所得が1,000万円を超え、5,000万円以上だと所得2,000万円を超えています。果樹作経営は、大規模経営になると非常に高い農業所得を得られるということがわかります。
しかし、農業所得率の折れ線グラフを見ると、収入金額が7,000万円以上で落ちており、所得額は高いのですが経営効率は下がっています。
収入金額別に、販売金額を100とした主な費用の比率を調べると、下のグラフのように肥料や諸材料などの変動費と減価償却費は規模拡大に比例して費用は減っていきます。しかし、7,000万円以上の大規模経営は雇人費が急激に上がっており、変動費と減価償却費も多少上がっています。
この二つのグラフからは、規模を大きくしすぎると費用がかかってしまい、利益が出にくくなるという結果が読み取れます。
果樹は規模が大きいほど手間がかかることは当然ですが、個人事業経営においてはやみくもに大規模化することを目的とせず、所得最大化のための適正規模経営をすることが重要です。
品目別の3年間推移
果樹といっても様々な品目があり、その特徴も様々です。品目別に違いを見てみましょう。
下のグラフは、ブドウ、かんきつ類(みかん等)、日本ナシ農家の2023年の販売金額と経営費と世帯農業所得が2021年からどう変化したのかを示しています。
ブドウはこの3年間で販売・経費・所得すべて減少しており、かんきつ類は販売金額と経営費は増えたが農業所得は減り、日本ナシは販売金額が大幅にアップしたので経営費増加をカバーしています。
ブドウを掘り下げて調べてみると、2023年の販売金額が例年に比べ減っています。農林水産省の統計資料によるとブドウの生産量は減っていませんので、販売単価が下がったということでしょうか。また、ブドウは経営費が増えていません。なぜか? 今後これらの点を掘り下げてブドウの分析をしてみたいと思います。
また費用科目ごとに詳しく見てみると、かんきつ類は肥料費と雇人費が非常に高く、日本ナシは雇人費と荷造運賃手数料が高くなっていました。日本ナシは販売金額が上がっていますので費用のアップ分をカバーして、農業所得も十分です。
このようにコスト増の影響は品目ごとに異なりますので、価格形成の検討は品目別に調査する必要があると思われます。
まとめ
今後、国は価格形成について議論を深め具体的な施策を検討するうえで、「コスト指標」の作成を進めていく、とのことです。
この3年間の果樹作経営は、コストは増加したが販売額も増加して農業所得は増えた、ということがわかりました。だからと言って果樹は価格転嫁しなくてよいということにはならず、品目別に調査・分析していく必要があります。
果樹経営の費用科目の中で一番ウエイトが大きいのは荷造運賃手数料(24%)で、次は雇人費(11%)です。資材や燃料に関する物価は上げ止まっている感じはありますが、輸送や人件費は今後まだまだ上がる可能性があります。
果樹の流通・小売業者も物価高で価格転嫁せざるを得ないと思いますが、果物は嗜好品という性格もありますので、高くなり過ぎたらすぐ消費者は購入を控えます。
価格転嫁と農家への直接支払いの補償と、両方をどのようなバランスで行うかということは、考えていかなければならない難しい問題だと思います。
関連リンク
農業物価統計調査(令和2年基準)
令和5年度 食料・農業・農村白書
南石名誉教授のコメント
今回の分析では、果樹作経営について、2020年から2023年までの3年間の経営動向を明らかにしています。
この期間は、電気やガソリン等のエネルギー価格の高騰が社会的にも大きなニュースになりました。こうしたエネルギー価格は、農業経営では動力光熱費に区分されます。また、肥料や飼料などの原材料を輸入に頼っている農業資材価格も高騰しました。
こうした様々な経費価格が高騰する環境下においても、果樹作経営全体としては、経費増加を上回る売上を実現して農業所得も増加したことが明らかになりました。特に日本ナシでこうした傾向が顕著に見られました。その一方で、ブドウやかんきつ類では、増加した経費を賄うほどには売上が増加せず農業所得の減少が見られました。猛暑の夏が常態化しており、こうした気候変動が果樹の各品目に及ぼす影響も懸念されます。
