農業利益創造研究所

作目

肉牛経営と言ってもいろいろ! 繁殖経営と肥育経営の特徴

個人情報を除いた2020年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家16,590人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

一口に肉牛農家といっても、母牛から子牛を増やす繁殖経営と、その子牛を購入して枝肉として出荷するまで育成する肥育経営の二種類があります。同じ肉牛経営でもこのような分業がされているので、当然決算書の内容も異なります。

今回は肉牛農家の中でも繁殖経営と肥育経営の違いなどに着目して、これらの経営を見ていきたいと思います。

規模は大きいが効率に劣る肥育経営

まず肉牛経営のうち肥育と繁殖の区分けは、損益計算書の「農産物以外棚卸」のウェイトで判断しました。販売金額と比較して「農産物以外棚卸」の残高が多いのが肥育経営、少ないのが繁殖経営ということです。

以下はその区分に従って集計した経営概要です。こう見ると成牛を飼育しているだけあり、販売高や収入金額合計では肥育経営の方が金額は大きくなっています。したがって世帯農業所得も肥育経営の方が大きいのですが、所得率に関しては繁殖経営の方が高くなっています。

つまり、規模は肥育が大きいが利益効率は繁殖の方が高いという事のようです

 繁殖経営肥育経営
件数142142
畜産販売高18,45444,970
収入金額合計24,29856,418
世帯農業所得3,8405,764
世帯農業所得率15.8%10.2%

※金額の単位は千円。

ただこの所得率の差が5.6%(15.8%-10.2%)というのは、個人的には思ったよりも小さいと感じました。

というのはこの10年程度の間で、子牛の値段は3倍程度になったため繁殖経営は非常に経営が良いと言われ、逆に子牛の価格ほど枝肉の値が上がらなかった肥育経営は非常に苦しい状況だと言われていたので、感覚的にはもっと差がついているものだと思っていたからです。やはり実態は数値を見てみないと解らないものですね。

繁殖経営の特徴

繁殖経営の経費は、ほとんどが飼料費(対畜産販売比37.4%)で、次いで母牛を含む減価償却費(19.9%)となりました。したがってこれらの費用をどのくらいに抑えるかが経営の一つのポイントになるわけですが、所得率10%未満の不振経営体と20%以上の優良経営体を比べると、優良経営体は対畜産販売高比の飼料費が30.8%と、平均や不振経営体と比べ低く抑えられています。

但し、育成費用を見ると12.4%と高めであることから(育成費用のほとんどは雌子牛の餌代)、優良経営体は飼料費を節約しているというよりは、子牛生産の効率が良いという事が想定されます

繁殖経営は母牛の発情期を逃さず受精をして、いかに空胎日数を減らすかというのが経営のポイントなので、その技術が高い人は常に母牛を“生産状態”にすることができます。つまり“遊休状態”(=無駄飯を食べさせる期間)が少ないので、対畜産販売高比の飼料費は小さくなるということです。このように優良経営体の飼料費の少なさは、繁殖技術の高さの表れと推測されます。

また、減価償却費における牛馬(母牛)の対畜産販売高比を見ると、これも優良経営体は7.5%と低くなっています。これは言うまでも無く少ない頭数で高い販売高を上げているといえ、ここからも経営者の繁殖技術の高さが伺えます。

やはり農家経営は“何をおいてもまず技術”ということをあらためて実感させられます。

 平均不振経営体優良経営体
件数1314451
畜産販売高18,74915,19417,553
飼料費7,005
(37.4%)
5,692
(37.5%)
5,413
(30.8%)
減価償却費3,722
(19.9%)
3,975
(26.2%)
3,195
(18.2%)
うち牛馬1,732
(9.2%)
1,937
(12.7%)
1,319
(7.5%)
育成費用1,837
(9.8%)
993
(6.5%)
2,178
(12.4%)
世帯農業所得3,880-1886,873
世帯農業所得率15.8%1.0%28.8%

※カッコ内の割合は畜産販売高との割合。金額の単位は千円。

肥育経営の特徴と傾向

肥育経営は繁殖と同じように経費の中では飼料費のウェイトが大きい他に、素畜費、つまり子牛代も大きいのが特徴です。そして優良経営体(所得率15%以上)と不振経営体(5%未満)とで素畜費を比べると、対畜産販売高比で21.9ポイント(46.7%-24.8%)も優良経営の方が少なくなっています。

肥育は子牛の血統が重視されますが、この数値からみると優良経営体は必ずしも血統の良い(高価な)子牛ばかり導入しているわけではなさそうで、やはり育て方(肥育技術)が経営結果を大きく左右すると言えそうです

これは優良経営体の飼料費が若干多いことからも読み取れます。つまり肥育技術としては限られた期間でいかに多くの餌を牛に食べさせて、効率よく太らせるかがポイントなので、優良経営体の飼料代の多さは、安価な子牛をより高価に育てた技術力を示している面もあると思われます。

 平均不振経営優良経営
件数1264542
畜産販売高45,07551,16039,227
素畜費17,150
(38.0%)
23,893
(46.7%)
9,725
(24.8%)
飼料費15,124
(33.6%)
16,238
(31.7%)
13,779
(35.1%)
減価償却費4,115
(9.1%)
4,748
(9.3%)
3,738
(9.5%)
うち牛馬1,340
(3.0%)
1,702
(3.3%)
1,288
(3.3%)
期首農産物以外棚卸高40,36353,89226,575
期末農産物以外棚卸高38,59649,09628,406
世帯農業所得5,564-1,02812,341
世帯農業所得率9.9%-1.6%24.9%

※カッコ内の割合は畜産販売高との割合。金額の単位は千円。

肥育経営では母牛は不要なので基本的に減価償却費の牛馬は無いはずなのですが、統計データでは数頭いることが確認されます。これは近年の子牛代の高騰により、繁殖農家も一部肥育に取り組むといった、いわゆる一貫経営に乗り出しているところがあることを示しています。

ただやはり二足のわらじは難しいようで、一貫経営についてはあまり良い話は聴きません。今後この傾向が拡大するのか縮小するのかも注目して見ていきたいと思います。

最期に農産物以外の棚卸高ですが、平均的な経営体は期首より期末の方が、棚卸金額は少なくなっています。この棚卸高は肥育牛なので、この数値が期末に少なくなっているということは、単純に考えると経営が縮小方向に向いていると考えられます。実際、不振経営体はこの縮小傾向が強く表れています。その逆に優良経営体では期首より期末の残高が増加していますので、拡大傾向にあると言えます

高齢化などの理由で、各地の畜産農家も減少している事実もあるようですが、その流れの中でより経営力のある農家に集約されてきているということも見逃せない事実でしょう。

南石教授のコメント

今回の分析で、繁殖経営と肥育経営で、財務的な特徴が異なること、飼育技術力が財務状況に大きく影響することが、改めて明らかになりました。さらに、繁殖経営と肥育経営の両経営類型において、優良経営と不振経営の経営数が拮抗しており、その財務状況のあまりの違いに驚かされます。

こうした優良経営と不振経営の財務的特徴が異なる要因を解明できれば、農業経営の成功のカギも分かりそうです。生産面では技術力が重要ですが、良質な飼料や家畜価格を抑えて調達する交渉力や工夫力も関係がありそうです。販売面では、潜在的市場の開拓や好条件での販売を可能にするマーケティング力も影響しているかもしれません。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所