
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
2021年の全国簿記データを集計し、農業所得の都道府県ランキングシリーズとして営農類型別に発表していくこのシリーズ、今回は果樹のランキングをお伝えいたします。
※なお、このランキングはあくまでも『農業簿記』ユーザーの分析結果です。全国の農家全体のランキングとは異なっている可能性がありますので、ご了承ください。
果樹の産出額 都道府県TOP10
農林水産省の統計によると、2020年の果樹栽培面積道府県トップ10は以下のグラフのとおりです。
おそらく皆さんもこの県ならこれ、と思いあたる果樹があるのではないでしょうか。青森県といえばりんご、和歌山県はみかん、愛媛県もみかんや柑橘類、長野県もりんご、山梨県はぶどう、山形県はさくらんぼ、というように、一般的に果樹の産地として有名な県がランクインしています。
以降では農業簿記ユーザーの果樹農家1,838人のデータをもとに、所得などにもフォーカスした分析を行っていきます(但し、果樹農家が20件未満の都道府県は集計対象外としました)。
果樹経営の前年比較
収入金額や世帯農業所得(控除前所得+専従者給与)の2020年と2021年の数字を地域別に比較した増減率は、以下のグラフのようになりました。
全国平均では若干の増加になっていますが、地域別では東北と北陸は所得が減り、関東・東山や東海は大きく増加しています。
関東・東山の中でどこの県の農業所得額が増えたのか調べたところ、栃木県が大きく増額しており、250万円も所得がアップしていました。栃木県の所得がなぜ増えたのか?という分析は後述します。
収入金額 都道府県TOP5
次に、収入金額を都道府県ごとにランキング集計したところ、以下のような結果になりました。
2020年 | 2021年 | ||
---|---|---|---|
1位 和歌山県 | 21,504 | 1位 和歌山県 | 20,730 |
2位 山形県 | 18,849 | 2位 栃木県 | 20,476 |
3位 高知県 | 18,509 | 3位 山形県 | 18,181 |
4位 大分県 | 17,919 | 4位 大分県 | 17,892 |
5位 新潟県 | 17,766 | 5位 熊本県 | 17,632 |
全国平均 | 14,420 | 全国平均 | 14,851 |
※金額の単位は千円
農家一戸当たりの収入金額平均(農産物販売金額+雑収入)の1位は2020年と同じ和歌山県(2,073万円)でした。
和歌山県といえば「みかん」ですが、「かき」や「うめ」の有名産地でもあることも強みと思われます。そして、先ほど所得額が非常に増えたと述べた栃木県が2020年2位の山形県を抜いて2位にランクインしました。
世帯農業所得 都道府県TOP5
世帯農業所得では、またもや和歌山県がダントツの1位であり940万円という驚きの高さです。第2位が栃木県、そして「ぶどう」や「もも」の産地である山梨県が第3位にランクインしました。
2020年 | 2021年 | ||
---|---|---|---|
1位 和歌山県 | 9,965 | 1位 和歌山県 | 9,398 |
2位 高知県 | 6,836 | 2位 栃木県 | 8,468 |
3位 山形県 | 6,529 | 3位 山梨県 | 6,287 |
4位 大分県 | 5,962 | 4位 静岡県 | 6,278 |
5位 栃木県 | 5,912 | 5位 大分県 | 6,271 |
全国平均 | 5,012 | 全国平均 | 5,225 |
※金額の単位は千円
山梨県の収入金額は高くないのに所得が高いということは、経費が少なくなるような効率的な経営をしているということです。実際にデータを見ると、理由はわかりませんが山梨県の農薬費が全国平均と比べると大幅に低くなっていました。
他に所得が高い県として、静岡県(みかん)と大分県(柑橘類)が上位に上がってきています。特に静岡県は前年は圏外で、今年からのランクインとなっています。
栃木県が2021年に急上昇した理由は?
なぜ栃木県の農業所得が1年間で250万円もアップしたのでしょう。栃木県の果樹農家40件のデータを深堀りしたところ、2020年の梨農家の梨の売上が、2021年には1.5倍の売上になっていることがわかりました。
農林水産省の作物統計調査を見ると、2019年産の日本梨の収穫量は、第1位が茨城県、千葉県が2位、栃木県が3位です。しかし、栃木県の2019年の収穫量は18,100トン、2020年は11,300トンだったため、2021年が豊作だったというよりは、2020年が不作だったということではないでしょうか。
調べてみると、2020年は開花受粉期の低温で着果数が減少し、さらに夏季の天候不順で生育障害が起こったようです。経営努力による所得向上はもちろん必要ですが、長い目で見ると地球の異常気象の影響はやはり大きいようです。
和歌山県 vs 愛媛県
最後にもう一つ、みかん王国と言われる「和歌山県」と「愛媛県」の対決を見てみましょう。
みかんの代表的な産地である和歌山県は、温暖で日照時間が長く、「有田みかん」が有名です。歴史も古くて栽培秘術力が高く、正統派のみかん産地といえます。
もう一つの有名な産地である愛媛県は「柑橘類の王者」とも呼ばれ、バラエティ豊かな柑橘類があることが強みです。愛媛県で開発した「せとか」「甘平」「紅まどんな」などの新品種がとても美味しくて人気です。
また、みかんをモチーフにした「みきゃん」というゆるキャラが人気を博すなど、 愛媛県は研究熱心でブランド戦略がうまいといえます。
この2つの県の収入金額を100とした経費の比率を比較しました。
和歌山県 | 愛媛県 | 全国平均 | |
---|---|---|---|
世帯農業所得 | 45.3% | 37.0% | 35.2% |
経営費 計 | 54.7% | 63.0% | 64.7% |
農薬衛生費 | 4.8% | 7.4% | 5.8% |
減価償却費 | 7.2% | 5.3% | 7.2% |
雇人費 | 7.2% | 6.2% | 6.9% |
荷造運賃手数料 | 11.2% | 20.0% | 15.2% |
和歌山県は、多少減価償却費が高くなっていますが、農薬費と荷造運賃の経費が少なくなっており、結果として世帯農業所得が高いです。
愛媛県の荷造運賃手数料が高いのは、四国という都市から離れた土地柄のせいか、もしくは美味しい品種をネット販売しているからなのかもしれません。
最終的な農家一戸当たり平均の世帯農業所得は、和歌山県が940万円、愛媛県が570万円ですが、これらの数字だけでは甲乙つけられず、両県ともすばらしい経営をおこなっています。
まとめ
全国の個人事業農家平均の世帯農業所得率は24%で、果樹農家平均は35%です。果樹経営は収入に対する所得が大きいですし、毎年安定した売上が期待できる魅力的な経営です。
しかし、近年では気温の上昇により栽培品種の変化も起こってきているそうです。例えば熊本県では温州みかんよりも温暖な気候を好む「しらぬひ」への転換や、青森県での「もも」の生産など、気候に合わせて変化しているそうです。
果樹の成長には時間がかかるため、農業試験場やJA等と一緒に長期的な視野で、地域ぐるみでブランド化を進めることが所得向上につながるのかもしれません。
関連リンク
南石教授のコメント
今回の分析で、全国の個人事業農家平均の世帯農業所得率は24%ですが、果樹農家平均は35%であり、11ポイントも高いことが明らかになりました。さらに、果樹農家の農業所得トップの和歌山県では45.3%に達し、全国平均よりも21.3ポイントも高く、約2倍であることが明らかになりました。
大消費地にも近く、需要が大きな果樹の栽培の適地であり、栽培・加工技術が優れていることが基本的な要因であると思われます。ブランディングを含めたマーケティングの力も大きいと思われます。市場からの距離は、農家の工夫では如何ともしがたいですが、今回の分析は、遠隔地の果樹産地でも他の面で工夫することで、農業所得を向上できることを示しています。