
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
「持続可能な農業経営」というテーマで、すでに「普通作編」を掲載していますが、今回は同テーマで「野菜編」の分析を行いたいと思います。
近年、「持続可能な社会」、「SDGs(エス・ディー・ジーズ)」、という言葉をよく聞くようになりました。この考え方は農業にも当てはめることができます。持続可能な農業には、化学農薬や化学肥料の利用量低減や有機農業の拡大、環境保全だけでなく、日本の食糧生産を支えている農家の経営が発展・持続し、農家数が維持されていくという観点も必要です。
<持続可能な農業経営スタイルとは>
(1)収益性が高い経営
(2)安全性が高い経営
(3)次世代への経営継承を考えている
(4)環境的、社会的、地域的に貢献し必要とされている
これらの(1) (2) (3)について、今回は農業簿記ユーザーの中で野菜経営4,539件のデータを分析して、個人事業経営としての持続可能な農業経営の姿を探ってみたいと思います。
意外にも影響が高い雑収入
持続可能な農業経営を実践するなら、適正な所得をあげられるような効率の良い経営(高い農業所得率)であることを目指さなければなりません。
以下のように野菜農家の収入金額規模別に、雑収入と世帯農業所得額(控除前農業所得+専従者給与)と世帯農業所得率(収入金額に対する所得額の率)をグラフにしてみました。
所得額は収入金額の上昇とともにアップしますが、所得率に関しては約3,000万円で最高値の28.7%となり、7,000万円になると24.7%と下降しています。このグラフによると所得額と所得率の双方を多く保つのは難しくなりますが、所得額が高くて経営効率が高い収入金額は約7,000万円なのかもしれません。
また、雑収入(補助金や作業受託)の額と所得額がほぼ同じように上昇しており、意外にも7,000万円以上の所得帯では、雑収入と所得がほぼ同額になっています。つまり、雑収入が無かったら所得がゼロになる可能性もあるということですから、雑収入をどのように得るかはすこぶる重要です。
高所得経営の特徴は
それでは、高所得経営とそれ以外の経営では何が違うのでしょうか。
世帯農業所得3,000万円の高所得農家と、200~300万円の低所得農家の、収入金額を100とした収入と経費の比率を出して、その差(低所得-高所得)をグラフにしました。(±1%以上の科目のみ)
高所得農家は農産物の販売金額はさほど高くなく、雑収入(補助金や作業受託)をうまく活用しています。経営費は、大きなウエイトを占めそうな4つの経費が一様に低く抑えられていますので、トータルとしてのコストが削減されて所得が多くなっているのだと思われます。
また、世帯農業所得2,000万円以上の野菜農家196件について主幹作目を調べてみますと、主にタマネギ、ジャガイモ、イチゴ、スイカが多く見られました(タマネギ、ジャガイモを主幹とする農家はほぼ全て北海道です)。
高い所得率の農家はイチゴ、トマト、スイカを主幹作目でした。
安全性が高い経営は収入金額が約1億円未満
持続する経営においては資金繰りがうまく回って倒産しないことも大事です。貸借対照表の中の現預金、固定資産、借入金に着目し経営の安全性から持続可能な農業経営を分析してみます。
固定資産には本来は土地を含みますが、固定資産への「投資」を分析する今回は除外しました。土地の評価を含めると、都心などの地価が高い地域では固定資産の投資が高いなどの結果が導き出されてしまう可能性があるからです。
以下のグラフのように、収入金額が増加すると現預金、固定資産、借入金、すべてが増加しており、収入金額に対する各比率も経営規模が大きくなるほど安定していることがわかります。
収入金額7,000万円以上になると借入金が2,200万円なのですが、その層の世帯農業所得を計算してみるとほぼ同じ金額になるので、十分に返済可能と思われます。
このグラフからは安全性に関しての適正規模を見出すことはできませんでしたが、収入金額が約1億円の経営を抽出して調べると、借入金が4,000万円以上で、収入金額対借入金比率が36%と少し高くなっており、この点から安全性としての最適規模は1億円未満ではないかと思われます。
下記のグラフは世帯農業所得別に、現預金、固定資産、借入金の期首と期末の差、つまり1年間でどれくらい増減があったかを示しています。
世帯農業所得が高い農家は現預金や固定資産も比例して高くなっていますので、積極的に投資することが所得向上につながり、現預金の蓄積になっていると言えます。
また、借入金は所得が大きくなると減少していますから、積極的に返済しているのだと思われます。
なお、普通作では所得額と固定資産の増加は必ずしも比例せず、農業所得1,500万円以上では固定資産の増減がマイナスになる逆転現象が起こっていました。
「ある一定以上の規模になると、設備投資ではなく買い替えを行っているのではないか」と当該記事で分析しましたが、これは稲作が野菜に比べて集約化・機械化が進んでいて、一定規模以上になると過剰な設備投資が必要なくなるからかもしれません。
逆に言えば、野菜は稲作に比べて、設備投資するほど所得額が上がる可能性が高いという分析結果が導き出されます。
年代別の収益性・安全性の特徴は
日本農業の持続可能な農業経営を考えるうえで最も重要なことは、後継者が経営を継承し、若い世代の新規就農者が増えていくことです。年代別の野菜経営の特徴を分析してみましょう。
下記のグラフを見てわかるように、30歳未満の若い経営者はまだ経営規模が小さく、収入金額も所得率も低い値にとどまっています。
しかし、40代50代で収入金額が高くなり、60代で所得率が最高になっています。年齢を重ねるごとに野菜の栽培技術が高まっているということなのでしょう。
そして、所得率が下降する70歳以上の農家の経費を調べてみると、「雇人費」が非常に高くなっていることが下降の原因の一つでした。やはり年齢的に外部の助けが必要となるのだろうと思われます。
持続するには後継者が必要
後継者についてはどうでしょうか。農業簿記ユーザーの青色申告決算書の中の「専従者給与の内訳」の続柄が、子、長男、長女などと書かれている人は、おそらく後継ぎであろうという判断で、それらの野菜農家を抽出分析してみたところ、65歳以上の経営体で後継者がいる割合は26.6%でした。(全国平均は23.5%)
その後継者がいる農家の収入と所得の平均を集計してみました。
跡継ぎがいる農家の方が、収入・所得共に高くなっています。このグラフからすると、収入金額3,500万円以上で世帯農業所得1,000万円以上という優良経営になれば、後継者が得られる可能性がアップすると言えるのではないでしょうか。
まとめ
野菜の経営においては、所得額に設備投資が比例している、つまり設備投資は積極的に行った方が良いのではないか?という分析が導き出されました。
一方、高所得帯では雑収入の額が大きくなっている、という意外な結果も出てきていて、販売利益だけではなく雑収入も重要視した方がよさそうです。
年代別収益性、後継者のいる農家の特徴においては、普通作との明確な差異は見られませんでした。
経営は規模が大きければ良いというわけでなく、高所得率経営で適度な設備投資と返済可能な借入金、それぞれのバランスがとれていることが重要で、おおむね収入金額が約7,000万円~1億円未満の経営が個人事業の最適規模なのではないかと思われます。
(統計値では、収入金額7,000万円の経営は、世帯農業所得は約2,200万円、借入金も約2,200万円です。)
近年では、資材の価格高騰によって農業経営の厳しさが増してきています。「持続可能な農業経営」には、ますます時代の変化に対応する力が求められるでしょう。より利益を生み出す強い経営を目指すための情報を、農業利益創造研究では今後も発信していきます。
リンク
農林水産省 「SDGsの目標とターゲット」
農林水産省 「みどりの食料システム戦略」
SDGsとJAグループ
ソリマチグループ「世界を変えるための17の目標 in Sorimachi Group」
南石教授のコメント
経営の持続可能性を担保することは、業種を問わず経営者の大きな役割です。長期的に見れば、後継者育成が大きな鍵になります。後継者から見れば、自由に職業が選択できる現代においては、家業を継承したいと思う動機付けと、希望する所得が確保できるかが、重要な判断基準になりそうです。
今回の分析では、後継者がいる農家は全国平均に対して、収入金額は1.5倍、所得は1.7倍であることが明らかになりました。後継者がいると、収入や所得が高くなることは確認できましたが、さらに次世代への経営継承を考えると、後継者になる前の、家業の収入や所得がどの程度であったかは、気になるところです。
また、所得向上に雑収入が相当関係していることも明らかになりました。相当の金額ですので雑収入の内容も大いに気になります。農家は、いろいろな事業を手掛けていることも多いので、それらの収入が雑収入に計上されているかもしれません。さらなる分析が期待されます。