農業利益創造研究所

作目

果物の西の横綱ミカン 農家の経営はどうなっている?

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

日本で果物と言ったら、何といってもミカンとリンゴでしょう。この二つで日本の果物生産量の半分をしめ、さしずめ果物界の東西横綱という感じです。

ただ西の横綱ミカンの生産量は、1970年代の最盛期に比べると実に五分の一程度となっているようで、農家数もずいぶん減ったようです。この理由は、国内の消費量が大きく減ってきていることと、輸入品などが増えていること等から、“昔ほど儲からなくなったから”ということのようです。

しかし日本からミカンが無くなってしまっては大変です。現在のミカン農家は本当に儲かっていないのでしょうか。今回はミカン農家の経営について見てみます。

カンキツ類農家の経営は良い?

まず「ミカン」類に属する作物は温州ミカンをはじめ様々な品名があり、データ上は明確な区分が難しいため、それらを一括してカンキツ類としてまとめて扱うことにします。

またこのカンキツ農家の経営データ全545件のうち、愛媛県が309件と5割以上をしめています。したがって以下のデータも、愛媛県の傾向が強く出ているものとしてご了承ください。

2021年経営体数
カンキツ農家合計545件
うち愛媛県309件

では経営概要を見てみます。以下の通り、カンキツ農家の収入金額合計は16,232千円と、果樹平均を1,380千円上回っており果樹農家の中では大きめと言えます。

世帯農業所得率は果樹平均よりやや下回っているようですが、果樹経営自体が普通作や野菜・花卉などの作物よりも所得率が高いので、34.6%は決して低い数値ではありません。実際、世帯農業所得も5,618千円ほどあるので、現在のサラリーマン世帯の所得と比べても遜色ないと言えるでしょう。

つまり、少なくとも農業簿記ユーザーのカンキツ農家の経営は良いと言え、巷でいわれているほど日本のミカン農家が危機的な状況にあるとは言えないようです。平均年齢も54.9歳と農業にしては若いので、国産ミカンがすぐに無くなってしまうことはなさそうです。安心しました(笑)。

2021年カンキツ農家果樹平均
経営体数5451,838-1,293
平均年齢54.955.8-0.9
販売金額14,71513,4031,313
 うち果樹13,81212,5211,291
 うちカンキツ類13,621
収入金額合計16,23214,8511,380
農業経営費10,6049,6031,001
世帯農業所得5,6185,225392
世帯農業所得率34.6%35.2%-0.6%

※金額の単位は千円。

但し、ミカンは「隔年結果」といって、豊作の「表年」と不作の「裏年」が毎年交互に繰り返されるようですので、もう一年分見ないと安心できません(笑)。

以下は2020年のカンキツ農家の経営概要と2021年との差です。販売金額や世帯農業所得、及び所得率の全てが落ち込んではいますが、その差はごくわずかで所得金額は5,427千円あります。つまり2年を通して見ても、農業簿記ユーザーのカンキツ農家は経営が悪いとは言えないようです。本当に安心しました(笑)。

2020年カンキツ農家2020年-2021年
経営体数483-62
販売金額14,711-4
 うち果樹13,634-178
 うちカンキツ類13,467-154
収入金額合計16,091-140
農業経営費10,66157
世帯農業所得5,427-191
世帯農業所得率33.7%-0.9%

※金額の単位は千円。

カンキツ農家は荷造運賃が多め

次に、カンキツ農家の費用の構成を見てみます。

果樹平均との大きな違いは、荷造運賃手数料が多いことでしょうか。カンキツ類は西に産地があるため、ほとんどの産地は大消費地である東京都と距離が離れていることが原因でしょうか。

他の主要な費用に関しては、農薬衛生費や雇人費が多めで、減価償却費が少ないという、概ね果樹経営の特徴を表していると言えます。

2021年カンキツ農家果樹平均
肥料費3.6%2.9%0.7%
農薬衛生費6.7%5.8%0.9%
諸材料費2.5%4.0%-1.5%
動力光熱費4.6%4.3%0.3%
減価償却費5.7%7.2%-1.5%
雇人費6.2%6.9%-0.7%
荷造運賃手数料18.7%15.2%3.5%

※収入金額合計を100とした時の各費用の割合。

最も規模の小さい静岡県が最も高所得

カンキツ類の日本の4大産地の経営概要は以下の通りです。

年齢は愛媛県が53.2歳と若く、全体を大きく引き下げていることがわかります。比較的後継者が多いのでしょう。ここのデータだけを見る限り、経営規模の和歌山県・熊本県に対し、経営効率(所得率)の静岡県・愛媛県という構図になりました。そして世帯農業所得は、最も規模が小さい静岡県が最も高い6,278千円となり、次いで愛媛県となったことから、経営規模よりも経営効率の高い地域に2021年は軍配が上がったように見えます。

2021年静岡県和歌山県愛媛県熊本県
経営体数261130928
年齢61.460.153.256.7
販売金額13,15817,98214,46516,748
うちカンキツ類12,01315,39113,39016,159
収入金額合計15,02018,85715,86119,608
農業経営費8,74013,7659,99414,279
世帯農業所得6,2785,0935,8645,329
世帯農業所得率41.8%27.0%37.0%27.2%

※金額の単位は千円。

静岡県が他県と比べ特に低い経費は農薬衛生費と荷作運賃手数料です。荷造運賃手数料が少ないのは、他県に比べ東京に近いからでしょうか。いずれにしても、荷造運賃手数料が高めになるカンキツ農家において、静岡県の低さは他産地と比べて大きな強みと言えます。

また農薬は、果樹経営において必ず一定量かかるものですが、このデータではその削減に成功しているようにも思えます。どのような工夫をしているのか気になるところです。

静岡県和歌山県愛媛県熊本県
農薬衛生費5.4%6.2%7.5%6.7%
荷造運賃手数料14.4%23.0%20.1%26.1%

低所得率グループは設備投資が多い?

カンキツ農家の経営を、高所得率(45%以上)グループと低所得率(15%未満)グループで比較してみます。

まずカンキツ類の販売金額ですが、高所得率グループが7,036千円も大きくなりました。つまり、低所得率農家と高所得率農家とでは、経営規模がほぼ倍違うといことです。これはカンキツ農家に兼業が多いということが理由と考えられますが、低所得率グループの年齢が4.8歳も高いことから、高齢農家が数年内のリタイアを見越して規模を縮小しているとも考えられます。

いずれにしても、これらを含めた収入金額合計の差が、概ね世帯農業所得の差(8,794千円)になっています。逆に言うと農業経営費には、ほとんど差がありません(101千円)。

これは単純にみると、規模や生産性の差が所得差に結びついているとも見えますが、一方で低所得率のグループは費用過多という見かたも出来そうです。

2021年15%未満45%以上
経営体数6298-36
年齢57.652.94.8
販売金額8,96817,156-8,187
 うちカンキツ類8,24615,282-7,036
収入金額合計10,16519,060-8,895
農業経営費9,4509,550-101
世帯農業所得7169,510-8,794
世帯農業所得率7.0%49.9%-42.9%

※金額の単位は千円。

では以下で、主な生産費の構成の違いを見てみます。

まず、動力光熱費と減価償却費に大きな差がみられます。果樹経営は一般的に減価償却費が少ないのが特徴ですから、これは非常に特徴のある傾向だと思われます。減価償却費だけでなく動力光熱費も多いことを考えると、低所得率のグループには燃料を使う施設や機械が多いことが想定されます。

また、種苗費・肥料費・農薬衛生費・諸材料費の生産費の全てが低所得率グループに多いというのは、費用過多というよりは生産性(反収・単価)が低いのだろうと思われます。

15%未満45%以上
種苗費0.8%0.4%0.3%
肥料費4.6%3.3%1.3%
農薬衛生費7.7%5.8%1.9%
諸材料費4.9%1.8%3.0%
修繕費5.3%1.7%3.7%
動力光熱費8.9%2.8%6.1%
減価償却費10.9%4.4%6.5%
荷造運賃手数料16.1%16.1%0.0%
雇人費12.3%3.1%9.2%

※収入金額合計を100とした時の各費用の割合。

尚、雇人費の差が9.2と最も大きいのですが、これは以下の通り専従者0.9人分の差からくるものです。約1名分の賃金差が662千円しかないとなると、この点においては、低所得率グループは健闘していると言えます。

15%未満45%以上
雇人費1,248586662
専従者の人数0.81.7-0.9

※金額の単位は千円。

以上をまとめると、低所得率のカンキツ農家は、規模が小さく高齢であり、生産性が低く、動力光熱費と減価償却費という通常の果樹農家ではあまり使わない費用が多い、という特徴がみて取れます。

2021年はハウスミカンが不調だった?

さてでは、所得率の違いは出荷状況にどのように表れているでしょうか。以下は、月別の販売金額の年間割合を、所得率グループごとに表したものです。

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一見二つのグループは、年間を通じて同じような流れのように見えますが、よく見ると7月~9月の時期に低所得率グループは5%程度の出荷をしており、8月・9月は高所得率グループを上回っています。この時期に出荷できるカンキツ類は、ハウスミカンぐらいしかないと思われます(夏みかん系は6月頃まで)。

このことは、上記の分析で低所得率グループが減価償却費と動力光熱費が多めであったことと繋がります。つまりハウスミカンはビニールハウス内で冬場に暖房を使うので、ハウスミカンの栽培が多くなれば、当然これらの費用も多くなります。そして、ハウスミカンの価格が、高騰した燃料費ほど上がらなければ、所得率は大きく下がることになります。

およそ、2021年に低所得率だったカンキツ農家は、上記の理由の他に、ハウスミカンの作付けが多かった農家が含まれるのでしょう。

燃料の高騰は経営の様々な面で悪影響を及ぼしますが、ハウス栽培の場合は設備投資がすでに行われているため、簡単に止めることはできません。ですから価格転嫁するしかないのですが、これがなかなかうまくいかないというのが現実なのでしょう。

一見悪くないと思われるカンキツ農家の経営でしたが、やはり消費縮小と燃料高騰は確実に経営に響いているようです。

南石名誉教授のコメント

同じ農作物であっても、個々の経営によって、売上、経費、所得等が大きく異なることが明らかになりました。具体的には、カンキツ農家の経営を、高所得率(45%以上)グループと低所得率(15%未満)グループで区分すると、高所得率グループは低所得率グループと比較して、販売金額は7,036千円、世帯農業所得は8,794千円とそれぞれ多い結果になっています。

両グループの農業経営費はほぼ変わらず、高所得率グループと低所得率グループの差はわずか101千円です。こうした結果の背景には、高所得率グループの経営主の年齢は4.8歳若くいろいろな経営改善に積極的に取り組んでいると思われますし、経営規模の拡大によって生産コストが低減している、といったことが考えられます。

今回の分析は、同じ農作物でも個々の経営によって所得が大きく異なること、農産物の国内全体の需要が減少しても、経営の方針、経営の戦略、経営の仕方によって、所得の維持向上が可能であることを示しています。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所