農業利益創造研究所

農業経営

農業利益創造研究所のデータ分析を分析する

個人情報を除いた2023年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家11,655人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

この農業利益創造研究所ですでに3年以上やっているデータ分析ですが、私は当初から疑問というか懸念がありました。それは「このデータだけで、どれだけ農家の経営実態がわかるのか?」というものです。

通常、行政庁の統計などは、正規の統計手法に従って母集団から偏りの無いようにサンプルデータ抽出して作成されているはずです。しかしこの農業利益創造研究所で扱っている分析対象データは、概ね以下の図の通り「全ての農業経営者のうち、ソリマチ(株)の「農業簿記」を使っており、かつ安心データバンクも使っている個人事業者で、販売金額が100万円以上の経理内容に信頼がおけるデータ」となっています。つまり無作為抽出とは異なる、特定の性向を持つデータです。

※図の面積は、件数とは関係ありません

もちろん我々の分析は、逆にこれらのデータ特性(例えば会計システムを入れるほどの経営規模とか、システムリテラシーがある農家など)を自覚したものなのですが、特定の地域や作物に大きな偏りがある場合などは、どうしても結果に偏りが出てしまいます。当然これは、我々の分析の大きなウィークポイントなのですが、具体的にどのような偏りがあるのかはしっかり把握できていません。

したがって今回は、この長年の懸念を晴らすべく(?)、我々の使っている分析データにどのような偏りがあるかを、地域と作物類型の点から明らかにして、自らの限界をしっかり理解してみたいと思います。またそれにより、読者の方々に我々の分析の正しい受け取り方のようなものも提示できればと思います。

県別のデータシェアランキング

今回は次の手法により、我々の扱うデータの偏りを明らかにします。

①県ごと(作物類型ごと)に「販売金額合計(農業利益創造研究所)÷ 農業産出額(農林水産省)」から分析データのシェアを算出。
②上記①のデータシェアを偏差値に換算し県で比較する。

つまり、農林水産省が開示している農業産出額に対する農業利益創造研究所の扱う分析対象データ(共に2023年のデータ)の割合を計算し、その高・低を47都道府県内で相対評価するという方法です。偏差値が高い県は、他県よりも農利研の分析対象データのシェアが高いということになり、それだけ分析結果の精度も高くなるということです。では実際に見てみましょう。

以下の表は上記の方法によって算出した、データシェアが比較的大きな県(偏差値が高い県)順に表示したものです。これによると鳥取県のシェアが最も高く、次いで栃木県、愛媛県と続きます。これらの県については我々の分析対象データのシェアが高いので、分析結果が比較的正しく実態を表すのではないかと思われます。対して沖縄県や大阪府については分析精度が低くなるといえます。

データシェア偏差値産出額
1位鳥取県8536位
2位栃木県7510位
3位愛媛県7126位
4位北海道671位
5位高知県6531位
6位滋賀県6241位
7位岐阜県5828位
8位島根県5840位
9位新潟県5714位
10位秋田県5619位
11位石川県5643位
12位長野県5611位
13位山梨県5530位
14位山形県5213位
15位香川県5134位
16位佐賀県5127位
17位埼玉県4922位
18位京都府4937位
19位富山県4942位
20位岡山県4820位
21位岩手県489位
22位愛知県488位
23位宮城県4718位
24位福井県4744位
25位福島県4716位
26位徳島県4733位
27位奈良県4745位
28位神奈川県4739位
29位静岡県4715位
30位長崎県4723位
31位大分県4625位
32位青森県467位
33位広島県4624位
34位鹿児島県452位
35位福岡県4417位
36位熊本県435位
37位三重県4329位
38位山口県4238位
39位千葉県424位
40位東京都4247位
41位群馬県4012位
42位茨城県403位
43位和歌山県4032位
44位兵庫県3821位
45位宮崎県376位
46位大阪府3746位
47位沖縄県3535位

もちろん、県によって農業産出額の大きさに違いがあるので、各県の“シェアの重み”は異なります。したがって表の右には農業産出額の順位を示し、各県のシェアと合わせて考えてみます。

シェア24位(中位)の福井県を境に、上位23県の産出額の順位平均は24.3位です。対して下位23県の順位平均は22.8位です。つまり下位に産出額上位の県が集まっていることになります。具体的にみると、農業産出額6位の宮崎県はデータシェア45位、産出額3位の茨城県はデータシェア42位、産出額4位の千葉県はデータシェア38位、このほか熊本県、鹿児島県、青森県という産出額がトップテンに入る県のデータシェアが下位に含まれています。

宮崎県はJAによる記帳代行の利用者が全国で一番多いため、農利研の分析対象データは相対的に少なくなるのでしょう。茨城県も比較的大きな個人経営体2千件程度が、JAの記帳代行を利用しています。千葉県や熊本県、鹿児島県は農業生産法人が多い県であることが、分析対象データのシェア低さの一因になっていると思われます(熊本県・鹿児島県も一部のJAで記帳代行が進んでいる)。

いずれにしても、これら農業県といえる県のデータシェアが低いことは、全体的な分析をする上では大きなマイナス要因といえ、少なくともこれらの県やそこの主産物を扱う分析は、このことに留意しなければなりません。

逆に、農業産出額が圧倒的1位の北海道のデータシェアが4位であることは、非常に心強いことです。特に北海道で生産シェアの高い酪農、タマネギ、ジャガイモ、ニンジン、ブロッコリーなどの品目の分析の精度は比較的高くなるのではないかと思われます。

また、稲作については生産量のトップ3県(新潟県・北海道・秋田県)が、データシェアでそれぞれ9位、10位、4位と高位置につけているため、普通作や稲作の分析の精度も高くなることが想定されます。
その他品目ごとで見ると、イチゴ(栃木県)、ニラ(高知県、栃木県)、などの分析も期待できそうです。

県別作物類型のデータシェア

次に作物類型ごとに分析対象データのシェアを見てみたいと思います。偏差値は作物類型ごとの値となっています(縦の比較)。

都道府県普通作野 菜果 樹酪 農肉用牛花 卉
北海道1077251444459
青森県534447434442
岩手県545651535764
宮城県495058515160
秋田県605350454780
山形県535643475153
福島県494846504647
茨城県454246474344
栃木県617478596869
群馬県454139504445
埼玉県454943434344
千葉県474449455142
東京都604042434238
神奈川県434242506960
新潟県594759616161
富山県494872584453
石川県536445614456
福井県504957434244
山梨県4243471008444
長野県515246644545
岐阜県456851455350
静岡県524641444547
愛知県495145434542
三重県474744435547
滋賀県595678625254
京都府494444544245
大阪府414038434237
兵庫県434042474650
奈良県424552434237
和歌山県424041434241
鳥取県588875637950
島根県555965494858
岡山県485154504566
広島県494749494764
山口県454353434943
徳島県454946434646
香川県496346464446
愛媛県464668655743
高知県455647497859
福岡県474543494242
佐賀県485045434974
長崎県434746465046
熊本県474544444642
大分県444550475251
宮崎県434140454538
鹿児島県514849564944
沖縄県413840434338
合計565148474847

まず普通作ですが、全体的に普通作のデータシェアが高いことは上述しましたが、特に北海道のシェアが圧倒的に高くなっています。したがって普通作の分析は、北海道の影響を強く受けたものになっていると言えます。

次いで野菜経営です。北海道と栃木県が高いことはすでに述べましたが、園芸県である茨城県と千葉県等のデータシェアが低いのは致命的です。

品目別でみるとハクサイ(茨城県)、ピーマン(茨城県、宮崎県)、レンコン(茨城県)、ネギ(茨城県、千葉県)サツマイモ(鹿児島県、茨城県)、メロン(茨城県、熊本県)、カブ(千葉県)、スイカ(熊本県、千葉県)等の品目の分析は、現状のままだと実態から離れた結果になる可能性があります。

次に果樹ですが、ミカンで有名な愛媛県が高い値を示していますが、他方で青森県、山梨県、長野県、和歌山県などの果樹生産が盛んな県のデータシェアが低くなっています。青森県のリンゴなどは、農利研のデータ件数も一定数あるのですが、それでも実際の生産量と比べるとほんの一部ということなのでしょう。果樹データのシェアも高い栃木県は、日本ナシの産出額が3位と多いのですが、産出額1位と2位が千葉県と茨城県なので、我々の日本ナシの分析は、栃木県の影響を強く受けたものと考えなければなりません。

酪農は、牛乳の生産量2位の栃木県が頑張っていますが、日本のシェアの半分を持つ北海道が思いのほか少ないことが残念なところです。青森のリンゴと同様に、農利研の持つ北海道の酪農データの件数自体は多い方なのですが、シェアで見れば少ないということなのでしょう。

肉用牛は、主要産地である北海道、鹿児島県、宮崎県、熊本県で軒並み低いシェアとなっています。また花卉も主要産地の愛知県、千葉県、福岡県で低いシェアとなっています。大産地では、法人化や税理士に経理を依頼している大規模経営体が比較的多くなるので、個人経営体のデータを主に扱っている農利研のデータシェアは、低くなりがちなのかもしれません。大産地ほど相対的に分析が弱くなるというのは、非常に皮肉なものです。

以上、今回我々の持つ分析データ自体を分析してみました。その結果、予想以上に大産地のデータシェアが低いことがわかりました。もちろんそれでも一定以上のデータ数があれば、それなりの分析は可能だと思うのですが、件数が少なくシェアも低い県や品目の分析は、今後抑制的に行わなければならないでしょう。

他方で、普通作(稲作)、または北海道、栃木県の主要作物の分析精度は高くなる可能性があり、より細かい分析にも耐えられるのではないかと思われます。

2024年はソリマチ農業簿記の安心データバンクの利用者が大きく増加したようなので、来年以降は今までよりも農利研の分析対象データのシェアは高くなるはずです。そうなればこれまで以上の精度の分析を、皆様にお届けできるでしょう。

南石名誉教授のコメント

精度が高いと言われている政府統計ですが、全ての統計が全数調査を行っているわけではありません。例えば、農業利益創造研究所の分析でもしばしば利用している家計調査は、令和5年標本改正で調査世帯数は8,076世帯となりました。全国で3,600万以上の「二人以上の世帯」の家計の実態を、1万足らずの世帯の標本調査の結果から推計していることになります。

標本調査の結果から、全体(母集団)の実態を推計する際には、当然誤差が生じますが、標本調査は全数調査ではできない多数の項目の調査を毎年行うこともできます。

政府統計の中で、国勢調査、経済センサス、農林業センサスなどは全数調査を行っていますが、膨大な手間も費用も掛かるため5年おきの調査になり、その結果の全てが公表されるのは数年後になります。

どのような調査にも、メリットとデメリットの両方があります。農業利益創造研究所が分析に用いている簿記データには、政府の全数調査や標本調査では得られないデータが多く含まれています。それぞれの統計やデータの特徴を理解したうえで、分析結果の解釈を行うことが重要になります。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所