農業利益創造研究所

農業経営

個人農家必見! 農業法人になったらどんな経営になるのか

ソリマチの農業簿記ユーザー(農業法人910社)の個人情報を除いた2020年度の簿記データを統計分析しました。

農業法人とは? その特徴は?

農業における法人形態は、「会社法人」と「農事組合法人」に分けられます。

会社法人は営利目的の法人で、農業に限定されず幅広い業種で設立され、一般的に「会社」と呼ばれているもので、会社法にのっとっています。

一方の農事組合法人は、農業生産の協業による共同利益の増進を目的とする法人で、農協法に従います。

農林水産省の2020年農林業センサスのデータでは、会社法人は20,000経営体、農事組合法人は7,000経営体であり、個人事業農家は毎年減少しているのに法人は増加傾向となっています。

農業を法人化するメリットとしては、以下のような項目が挙げられます。

■家計と経営が分離され、経営管理が徹底できる(ドンブリ勘定からの脱却)
■対外信用力の向上
■農業従事者の福利厚生面の充実
■経営継承の円滑化
■役員報酬を給与所得とすることによる節税

逆にデメリットとしては、会計が複雑化するため事務作業が格段に増え、経理を外部に委託する経費がかかります。また、赤字でも法人住民税均等割を払わなければなりません。

そのため、(農業以外の業種であっても)ある程度の経営規模に達してから法人成りを考えるのが一般的です。農業の傾向としては大規模化が進んでいますから、法人が増えているのはその理由もあるでしょう。

それでは、農業法人はどのような経営をしているのでしょうか?

個人事業主である農家との比較を行いながら分析していますので、あなたが大規模個人事業であれば、もし農業法人になったらこんな経営になるだろうと想像しながら見てください。

なお、今回の分析には、ソリマチ農業簿記ユーザー内の農業法人910社の経営データを使用しています。農業簿記ユーザー全体16,590人と比べると少数ですが、これだけのデータ数があれば分析に足ると考えます。

農業法人の賃借対照表・損益計算書は?

まず、農業法人910社の平均を集計し、貸借対照表と損益計算書を作成します。その二つについて、経営分析でよく使われる数値を出してみました。

計算式 備考
収益性 売上高経常利益率 13.4% 経常利益÷売上高×100 高いほど良い、製造業平均は 約4%
総資本経常利益率 10.1% 経常利益÷総資本×100 高いほど良い、製造業平均は 約5%
安全性 流動比率 273.1% 流動資産÷流動負債×100 高いほど安全、製造業平均は約190%
固定比率 130.9% 固定資産÷自己資本×100 100%以下が望ましい、製造業平均は99%

売上高経常利益率、総資本経常利益率、流動比率は、製造業平均と比較して高くなっています。このデータを見る限り、農業法人は収益性も安全性も高く、優秀な経営を行っていると考えられます。

しかし、固定比率のみ製造業平均よりも高く、農業法人における固定資産が一般業界より高いことがわかります。

さらに、貸借対照表を見てみると純資産(自己資本)よりも負債額が大きくなっており、安全性は若干低いですが、かといって危険な状態であるとまではいかない経営と言えます。

全農業法人の貸借対照表 構成図 (単位:千円)

さらに損益計算書を見ると、営業外収益(おそらく補助金等)が無いと、利益が出せない構造が浮き彫りになってきます。

この問題は個人事業の農家にも共通していますので、農業全体の経営課題といえるでしょう。残念ながら、農業法人であっても補助金に頼らざるを得ない現状があるようです。

全農業法人の損益計算書 構成図 (単位:千円)

会社法人と農事組合法人の経営の違いは?

個人事業主であるあなたが農業法人化する場合、会社法人にするか、農事組合法人にするか悩むケースもあるでしょう。

会社法人は利益を追求し、農事組合法人は利益より共同化を重視するという理念の違いがありますが、2つの法人の簿記データを比較して、経営面での違いを見て検討することも大事ではないでしょうか。

ここで、会社法人数292社、農事組合法人618社、そして経常利益トップ100社、の3グループについて、貸借対照表と損益計算書を比較してみます。

農業法人の種類別貸借対照表(単位:千円)
会社法人 農事組合法人 経常利益
トップ100
現金預金計 20,757 22,239 72,175
流動資産合計 39,637 32,859 103,316
固定資産合計 40,801 23,205 53,366
資産の部合計 80,726 56,219 157,131
流動負債計 20,813 9,053 22,851
固定負債計 42,541 22,799 58,818
負債の部合計 63,354 31,852 81,669
純資産の部合計 17,469 24,524 75,837
負債純資産の部合計 80,823 56,377 157,506
流動比率 190.4% 362.9% 452.1%
固定比率 243.5% 93.0% 77.6%
農業法人の種類別損益計算書(単位:千円)
会社法人 農事組合法人 経常利益
トップ100
売上高計 70,643 37,735 109,298
当期商品仕入高 4,188 702 1,247
当期総製造費用 55,557 34,944 89,733
売上原価計 59,346 35,305 89,294
売上総利益 11,298 2,430 20,004
販売費一般管理費計 20,088 7,446 19,744
営業利益 -8,790 -5,016 259
営業外収益計 13,199 12,863 34,888
営業外費用計 413 229 950
経常利益 3,996 7,619 34,197
売上高経常利益率 5.7% 20.2% 31.3%
総資本経常利益率 4.9% 13.6% 21.6%

安全性を示す「流動比率(高いほど安全)」と「固定比率(低いほど安全)」に着目すると、農事組合法人は二つとも会社法人より良い数字です。さらにトップ100は流動比率452.1%、固定比率77.6%と抜群の安定感を誇っています。

次に、収益性を示す「売上高経常利益率(高いほど良い)」と「総資本経常利益率(高いほど良い)」に着目すると、これも安全性と同じく、農事組合法人は二つとも会社法人より良い数字です。

トップ100は経常利益の高い法人から選んだグループですから、この数値が高くなるのは当たり前かもしれませんが、特に高くなっています。

つまり、この4つの指標に着目した場合、農事組合法人の方が安全性・収益性共に高い経営を行っていることになります。あくまでもこの4つの指標にのっとった判断ですが、一つの判断材料にはなるでしょう。

では、会社法人の経営問題は何でしょうか?

まず、固定負債の額が高いのが気になります。返済利息も高いのではないか?と考えて損益計算書を見ると、やはり営業外費用も高くなっています。

他に販売費一般管理費も、農事組合法人に比べて約2.5倍になっています。その辺りで、特に費用がかかっているという見方もできます。

なお、コラムの冒頭で、「農業法人は営業外収益が無いと、利益が出せない構造になっている」という問題に触れました。特に優良な経営を行っていると思われるトップ100でも営業外収益は高くなっていて、その構造を抜け出してはいないようです。

気になる個人事業との経営の違いは?

それでは、農業法人と個人事業の経営の違いとは、どのようなものでしょうか。法人成りを検討している農家さんにとっては、このトピックは最も気になるところかもしれません。

ただし、農業法人と個人事業の利益は性格が異なるため、単純比較することはできません。

法人においては、従業員や社長の給与は経費として計算されますし、利益は会社全体としての利益です。一方、個人事業においては、利益は家族や事業主全員の世帯の利益だと考えられます。

このような違いを踏まえた上で、個人事業と法人事業の売上や費用構成を比べてみます。なお、北海道の個人農家は他の都府県とは大きく異なる特徴を持つため、個人農家を「北海道」とそれ以外の「都府県」に分けて集計・比較しています。

※表内の「世帯農業所得率」とは、世帯農業所得÷(販売金額+雑収入)で導き出される値です。個人と法人で「世帯農業所得」の出し方が違うため、個人農家の方が高い所得率となっています。

法人と個人の売上・費用の比較(単位:千円)
農業法人 個人(北海道) 個人(都府県)
販売金額 48,305 26,626 14,392
雑収入 12,971 10,289 2,511
生産原価 43,027 18,946 9,188
一般管理費・他経費 11,506 9,453 3,821
専従者給与 3,782 1,630
世帯農業所得 6,455 9,800 4,064
所得率・利益率 (%) 13.4% 26.3% 23.9%

※個人:世帯農業所得=農業所得+専従者給与 / 法人:世帯農業所得=経常利益

当たり前ながら、事業規模は個人農家(都府県)<個人農家(北海道)<農業法人、の順序で大きくなっています。販売金額が大きくなった分、経費や生産原価も大きくなっています。

先ほど述べたように、個人と法人の所得率を単純に比較することはできませんが、法人の方が大きな利益が出ている、とは一概に言えない状況です。

また、法人や北海道は雑収入が多い、という点も目につきます。規模が大きくなっても、補助金による収入のウェイトは大きいようです。

まとめ

個人事業から法人事業に変わると、売上金額が増大する分、固定資産も増え、借入金や費用も増えるという結果が導き出されました。

また規模拡大に従って、従業員を雇う必要も出てくるでしょう。雇用するということは、単に人件費がかかるというだけでなく、従業員に対して会社を存続していく責任を負うという点もあります。経営者には会社を成長させて継続していく「覚悟」が、これまで以上に求められるのです。

ただし、事業を大きくすれば利益が増大するとは限りません。個人事業でも地域に根差した効率の良い経営を行えば、経営者としての利益が農業法人の社長の給与より多くなるケースもあるからです。

あくまでも経営者である自分がどうしたいのか、を大事にしてください。

関連リンク

農林水産省「農業法人の種類は二つに分けられます
農林水産省「2020年農林業センサス

南石教授のコメント

今回は、個人経営との法人経営の財務的特徴を大胆に比較分析して、いろいろと興味深い結果が得られています。例えば、会社法人と農事組合法人を比較すると、農事組合の収益性(利益率)が高いのが印象的です。収益性が高い事は良い事ですが、会社の場合には規模拡大や新たな事業に積極的に先行投資して結果的に利益が少なくなった可能性もあります。

つまり、経営発展の視点から、会社法人と農事組合法人の成長性分析がどのような結果になるのか、学術的にも大変興味深い点です。会社法人の安全性が農事組合法人よりも劣っているも、先行投資が遠因になっている可能性があります。さらなる深堀が期待されます。

なお、国の指定統計になっている「経済センサス」では、農業法人と他産業企業の財務指標を比較できますが、農業の個人経営と法人経営、会社法人と農事組合法人といった経営形態別の比較はできません。

 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

農業者の簿記データとリサーチデータをデータサイエンスで統計分析・研究した結果を、当サイトを中心に様々なメディアを通じて情報発信することで、農業経営利益の向上に寄与することを目標としています。