農業利益創造研究所

農業経営

しっかり書くべし!「A.収入金額の内訳」記載状況の概観

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

周知の通り、青色決算書(農業所得用)の2ページ目にある「A.収入金額の内訳」の項目は、何の品目をどのくらい生産し、いくらで販売したか等を記す箇所です。税額計算に直接影響するものではありませんが、経営で最も重要な項目である販売金額等の内訳を示しているので、経営内容を振り返るには非常に重要な箇所と言えます。

農業利益創造研究所のデータ分析も、損益計算書や貸借対照表の数値だけでなく「A.収入金額の内訳」のデータをかなり重視して活用しています。したがってその内容をよく確認するのですが、そこから現在の農家の様々な経営実態が見えてきたりもします。

今回は「A.収入金額の内訳」の記載から見える、農家の経営や経理の実態などを確認したいと思います。

作物ごとに書くのが原則

まず前提なのですが、税務署が毎年発行している「青色申告決算書(農業所得用)の書き方」では、「A.収入金額の内訳」の「区分」には『販売した作物などの名称を記入します。』とあります。つまり「A.収入金額の内訳」は原則、農作物毎の内訳を書くこととなっているのです。また一方で、経営分析をするためにも作物ごとの売上把握は必須事項と言えます。「A.収入金額の内訳」を原則通りに記すことで、1年間の経営をより正確に見直せるわけですから、その意味でも原則どおりに書いた方が良いのでしょう。

しかし一部の農家の実態として、以下のようなものがあります。

仕方がない面もありますが

全データの区分のうち1,100項目数程度、販売金額にすると約28億円分(全体の販売金額の約1.2%)のデータは、“販売した作物”ではなく、“売り先”や“売り方”を記載しています。具体的に言うと、直売所や青果店、スーパーなどの名称が「区分」欄に書かれているのです。

多くの直売所で農家に渡される販売伝票は、売上金額の合計表示だけなので、“何の品目がいくら売れたか”が農家に解りにくい仕組みになっています。その上、直売所への出荷は少量多品目の場合が多いので、なおさら作物ごとの販売金額を把握しにくいのだと思います。ですから店舗ごとに販売金額をまとめて計上せざるを得ないのでしょう。

ただ、直売をしていても、「区分」に作物品名を書いている農家も実際います。「売り先別分析」も必要でしょうが、まずは主幹作物の販売金額をだけでも把握するようにした方が、経営を振り返るには良いかと思います。

“ハウスの売上”では粗すぎます

また「区分」に“場所”を記載している人もいます。一番多いのが“(ビニールorパイプ)ハウス”で、次いで“施設”や“畑”などがあります(全体の販売金額の約0.2%強)。稲作中心の経営で野菜は少々作っているだけなどという場合は、“その他”の意味で“畑”と記す場合もあるでしょうが、ハウスがあるなら一定規模の作付けをしているはずです。その場合、場所別分析も良いのですが、まずはそこで作った作物毎の販売高を記した方が良いでしょう。

加工は“加工品”を書くしかありませんね

「A.収入金額の内訳」の「区分」の記載には、加工製品の記載もあります(約3.4億円、全体販売金額の0.2%弱)。金額でいうと多いとは言えませんが、これらは加工販売を行っている農家が現在一定割合いることを示していると思われます。

なお、加工の場合、“直売”や“ハウス”のように、作物名と被ることは少ないと思うので、全体販売金額の0.2%弱という数値は、もしかしたら個人農家の加工販売の実態に近い数値なのかもしれません。そう考えると加工に携わっている農家は、一般的なイメージよりはまだまだ少ないと言えます。6次産業など、周りが言うほど簡単ではないのでしょう。

なお、具体的な加工品目は解る範囲だと、アイスやジュース、ジャムなどが多いようです。

細かい記載は良いのですが・・・

少々毛色の違うものとして、“送料”や“手数料”などの諸経費や“消費税”といったものが「A.収入金額の内訳」に記載されています。これらは直売などをしたときに、作物の金額とは別に販売時に発生した費用などを顧客に請求したものなのでしょう。販売金額全体の0.1%程度ですが、70項目以上、2億円以上の金額が確認されました。ある意味細かく記載されており、販売内容の詳細を把握するという意味では良いのですが、本来は、消費税は販売金額に含め(税込み経理の場合)、経費分の請求は雑収入に入れるべきと思われます。

“作業受託”は雑収入です

本来は雑収入で計上されるべきものが販売金額に計上され、「A.収入金額の内訳」に載ってしまっているものが非常に多くあります。最も多いのが“作業受託料”で、項目件数で200件以上、販売金額では約4億円、販売金額全体の0.2%弱です。

この他には“農業機械の賃貸料”“補助金”“交付金”“奨励金”も一定件数と金額が見受けられ、さらには“雑収入”というそのものの記載もありました。

いうまでも無く、これらは雑収入で計上されるべきものですから販売金額には含めず、「A.収入金額の内訳」には記載しないものです。心当たりのある方は、是非次年より適正な科目である雑収入で経理して、明細は「雑収入の内訳」に記載するようにしてください。これら雑収入に含まれると思われる記載は、7.5億円、販売金額全体の0.3%程度ありました。

なお、最近の傾向を表しているものとして“売電”というものがあり、30件以上、約5千万円確認されました。これは規模にもよるでしょうが、少なくとも農業の販売金額には含まれないことはご留意ください。

是非記載してください

以上、2021年の決算から確認できる「A.収入金額の内訳」の特異な記載や誤りなどを上げましたが、上記のどれよりも金額的に最も大きく、もっともイレギュラーな記載を最後にご紹介します。

それは、“記載なし”です。「A.収入金額の内訳」の「区分」や「販売金額」に何も記載されていない決算書が販売金額で約300億円分あり、全データの販売金額の実に14%をしめます。

冒頭申した通り「A.収入金額の内訳」は税額計算には関係ないので、書かないところで税務署から指摘されることはまずありません。ですから面倒がって書かない方が一定数いるのも解らなくはありません。

しかし経営は、自己の現状を把握することが何よりも大事なことです。自分の置かれた状況を理解しなければ、適切な対応も取れません。その意味では青色決算書の「A.収入金額の内訳」に、販売した主要作物の販売金額を調べて記すのは、経営管理の基本であり、第一歩でもあると言えます。

決算というのは税務所のために行うのでなく、自分の経営をしっかり振り返るための機会ですので、2021年の決算で「A.収入金額の内訳」に何も書かなかった方は、是非今年の申告から数値を調べて記載してみてください。どうかよろしくお願いいたします。

南石教授のコメント

株式会社等の法人格を有する会社の会計は、財務会計と管理会計という2つの側面を持っています。

財務会計は、納税等のために税務署等の第3者に対して、会社の財務状況を報告・申告するためものです。一方、管理会計は、会社自体の経営管理の改善や新たな事業展開の基礎情報を得るためのものです。

基本的な考え方は、個人経営であっても同じです。納税のためだけであれば、税務署が許容してくれる最低限の記載で良いかもしれません。しかし、もし、自分の農業経営の経営管理の改善をしたいと思えば、今回の分析で指摘されたような不十分な記載は改善した方が良いでしょう。

新たな作物の導入や事業多角化を考えるのであれば、その基礎として財務会計として分析し、さらに管理会計としても自分自身に役立つような分析ができるようなデータの収集・記載が求められます。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所