
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
日本農業が持続していくためには若い農業者が新規就農し、農業経営体数を維持することが重要です。農業経営を行うには生産技術とお金が必要ですし、技術習得する期間の生活や事業をスタートする際にも、とにかく資金が必要です。
これらの資金を援助する「農業次世代人材投資資金」という制度がありますが、この制度を活用している若い農業経営者の経営はうまくいっているのでしょうか。今回は農業簿記ユーザーの中で「農業次世代人材投資資金」を活用している30歳未満の 野菜と果樹農家24件を分析しました。
※普通作や畜産経営は、この制度利用者が少数だったため、分析対象から外しています。
農業次世代人材投資資金とは
この資金は、次世代を担う農業者となることを志向する者に対し、就農前の研修を後押しする「就農準備資金(就農準備型)」(2年間)と、就農直後の経営確立を支援する「経営開始資金(経営開始型)」(3年間)を交付するという制度です。どちらも、年間最大150万円を受け取れます。
新規就農しようとした場合、いきなり起業するのではなく、研修機関や農業法人などで研修を積んでから独立するというステップを踏むことが多いです。この研修期間を支援するのが「就農準備資金」であり、独立後を支援するのが「経営開始資金」です。
気を付けるべき事項は、「就農準備型」は就農準備期間終了後1年以内に独立して農業経営を行う必要があること、そして、「経営開始型」は、前年の世帯所得が600万円(本事業資金含む)以上になった場合に交付停止となることです。
農林水産省のデータによると、2020年に全国で「就農準備型」を受けた人は1,552人、「経営開始型」は10,056人でした。今回の分析対象である農業簿記ユーザーは実際に経営を行っているわけなので、「経営開始型」であるといえます。
新規就農者の経営内容は
農業簿記ユーザーの野菜農家の中で、「農業次世代人材投資資金」の交付金収入がある農家だけを集計し、平均金額と世帯農業所得(控除前所得+専従者給与)が500万円以上の優良農家の平均を算出し、全国平均と比較したところ以下の表のようになりました。
全国平均 | 新規就農 | ||
---|---|---|---|
平均 | 所得500万 円以上 |
||
収入金額 計 | 22,626 | 9,429 | 14,251 |
うち雑収入 | 4,266 | 2,331 | 3,178 |
世帯農業所得 | 6,130 | 2,255 | 5,904 |
世帯農業所得率 | 27.1 | 23.9 | 41.4 |
建物農機具 資産額 | 10,133 | 7,694 | 9,091 |
借入金額 | 6,057 | 7,759 | 11,690 |
※金額の単位は千円
新規就農農家の収入金額平均は1.000万円未満であり、世帯農業所得が225万円です。おそらく農業の所得だけでは生活していけないので、他に仕事をしながら農業の技術を磨いているのだと思われます。
しかし、所得500万円以上の世帯農業所得は全国平均と変わりなく、むしろ所得率は41%と非常に高い数字を出しています。
固定資産額や借入金額を見てみると、借入金が全国平均より高くなっていますので、所得が少ないのに投資や生活のため借入をしていることが把握でき、独立後はしばらく経営のやりくりが大変なことがわかります。
果樹農家の新規就農者の平均も集計しました。以下の表のように、新規就農者の所得がとても低いです。
全国平均 | 新規就農 平均 |
|
---|---|---|
収入金額 計 | 14,851 | 5,651 |
うち雑収入 | 1,384 | 3,005 |
世帯農業所得 | 5,225 | 1,512 |
世帯農業所得率 | 35.2 | 26.7 |
建物農機具 資産額 | 6,355 | 2,603 |
借入金額 | 2,160 | 3,671 |
※金額の単位は千円
果樹は植え付けてからすぐには収穫できませんので、果樹の新規就農の大変さがわかります。ちなみに、果樹の新規就農者の主な栽培作目は、柑橘類、ぶどう、桃、でした。 野菜の栽培作目については、後述にて分析を行っています。
人気のある栽培作目は
新規就農の野菜農家で栽培作目が多かったのはトマト、イチゴであり、1,000万円以上販売している 農家もいました。他には、メロン、キャベツ、ピーマン、ブロッコリーの栽培が見られました。
さらなる分析のため、新規就農野菜農家の収入金額と世帯農業所得をグラフにプロットし、グループを3つに分けました。高所得率グループをA、所得が400万円以下のグループをB、収入が1,000万円以下で経営規模が小さいグループをCとし、それぞれのグループの栽培作目を調べてみました。

それぞれのグループでの作目は、以下のようになりました。
A:トマト、いちご
B:キャベツ、ピーマン、トマト、いちご
C:きゅうり、ブロッコリー、きのこ、なす
トマトやイチゴは高所得作目であるとこの結果だけで断定はできませんが、取り組みやすく新規就農者に適した作目なのかもしれません。また、グループCのようになかなか収入金額を上げられない新規就農者が意外と多いこともわかりました。何か経営拡大のネックになっていることがあるのか、それとも自然と共生しながらゆとりある農業生活を目指しているのかもしれません。
まとめ
稲作経営は設備投資が高額ですし、果樹や畜産は販売できるまで期間がかかるという問題があるので、新規就農者が取組みやすいのは野菜なのだと思われます。
農業を始めるにあたって、事業として経営を大きくしたいのか、自然と共生しながら農的な暮らしをしたいのかを最初にはっきりすべきです。事業として行うのであれば、何を作るか、どのように作るか、どこに販売するか、きちんと事業計画を立てて、国からの支援を受けながら慎重かつ大胆に行いましょう。
関連リンク
農林水産省「農業次世代人材投資資金」
ソリマチ株式会社「農業簿記 新規就農者応援特別価格」
南石教授のコメント
農業の将来について、様々な懸念や不安が語られますが、農林水産省「農業次世代人材投資資金」を得て「経営開始型」営農を行っている人が1万人以上いることは、心強い限りです。
そうした新規就農野菜農家が、高所得率グループA、所得が400万円以下のグループB、収入が1,000万円以下で経営規模が小さいグループCの3つに大別できることが、今回の分析で明らかになりました。
近年は、農業と無縁だった都会育ちの若者が、新規就農することも珍しくはありません。ライフスタイルとしての農的生活、チャンスに満ちたビジネスとしての農業経営等など、彼らの目指す「農業」は多様性です。それぞれの、就農の目的と目指す「農」の型が明確であれば、その実現へも道筋も自ずから見えてきます。
3つのタイプの新規就農者達が、それぞれの目指す「農」の型を早々に実現できることを祈りたい気持ちです。
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