農業利益創造研究所

農業経営

事業継続計画「農業版BCP」を作成し強い経営体を目指す

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

2023年の農作業が徐々に忙しくなってきます。自然災害の無い1年であって欲しいと農業者の方は皆さん願っていることでしょう。しかし近年、自然災害(台風・大雪・猛暑・長雨)等が多発しており、自然災害や、国際情勢の変化等のリスクに備えることが今後更に重要になってくるに相違ありません。

そのような中で、農林水産省では、様々なリスクに対応し損害を最小限にとどめるために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法を取り決めておく事業継続計画「農業版BCP」(BusinessContinuityPlan)を策定しましょう、と普及活動を行っています。

考えてみてください。収量アップやコスト削減を行って農業所得を10%アップするのは大変ですが、ある時に問題が起こり 対策がとれなくて所得50%減の損害を出してしまうのは一瞬です。

農業所得の安定を図るためにも、事業継続計画を考えてみましょう。

農産物販売金額の変動リスク

経営上リスクとなる販売金額や所得の増減は、農業においてどれくらいの幅で、どれくらいの農家に起こっているのでしょうか。それを知るために、農業簿記ユーザー13,300件のデータを集計し、2020年の農家が2021年には農産物販売金額や所得がどう変化したか、を営農類型別に分析してみました。

まずは販売金額の増減率について、50%減から50%アップまでの農家数の構成比を集計し、以下のグラフのようになりました。

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何らかの災害で売上が減った農家もいたかもしれませんが、全体的にはほぼ山なりの形で大きな変化がありません。その中でも、普通作の-30%~-10%販売金額が減少した階層が非常に多かったことと、酪農は販売金額の変化があまり無かった、ということがわかります。

2021年、普通作は米価が下がったからという理由がすぐ思い浮かびますが、酪農は飼料費高騰などの変化があったものの販売額の変化は結果的に少なかった、ということです。

次に、世帯農業所得(控除前所得+専従者給与)の増減率を集計してみると、意外な結果となりました。所得が50%以上減少した農家と50%以上アップした農家が両極端に多く存在しているということです。

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50%以上減少した農家には普通作、酪農、肉用牛が多いです。飼料や資材、燃料の高騰による所得減少だと推測できますが、50%も減るとは驚きです。

しかも、このような物価高騰の中で所得50%アップの農家も多いことがさらなる驚きです。農業経営は外部環境に左右されて所得のふり幅が大きくなる、ということがはっきり数字でわかりました

農林水産省の農業版BCPとは

農林水産省では、「自然災害等のリスクに備えるためのチェックリスト」と「農業版BCP(事業計画書)」の様式を作成し、ホームページにて公開しています。

農水省が用意しているひな型は、以下の2つです。

1.自然災害等のリスクに備えるためのチェックリスト
2.「農業版BCP(事業継続計画書)」作成のためのフォーマット

これは、耕種用、園芸用、畜産用の3つの類型ごとに用意されています。

これは、どのようなリスクがあるか把握する、事前の備えを考える、被害を想定し対応策を考える、緊急時の体制を整備する、などをあらかじめ用意されている記入フォームに書いていきます。

完璧に書けなくても、家族とどのようなリスクがあるのかということを確認するだけでも意義があると思います。

引用:農林水産省「チェックリスト(リスクマネジメント編)

引用:農林水産省「チェックリスト(事業継続編)

「農業版BCP」について、各都道府県の農林水産部のホームページにも情報が掲載されている場合がありますので、ネットでご自分の都道府県の情報を検索してみてください。

リスクとは何か

農業経営におけるリスクは、一般的にこれらのことが考えられます。

・自然災害、火災、停電や断水
・新型コロナウイルス、鳥インフルエンザ
・農産物への農薬や異物の混入
・農業機械による事故、機械の盗難
・農産物の盗難、腐敗、食中毒
・個人情報の漏洩、パソコンでのウイルス被害、パソコンデータの消失
・経営者や従業員の病気、ケガ
・従業員の着服・使い込み、私的流用
・SNS等の風評被害、不祥事、ハラスメント

もしかしたら、地域や作目によっては別のリスクが生じてくるかもしれません。大事なことは、
1.リスクをすべてリストアップしてみる
2.リスクが起こらないような備えをする
3.リスクが起こってしまった後の対策を考える
です。常日頃からリスクを意識することで、いざという時の被害を最小限に抑えることができるのです。

まとめ

リスクは自分でコントロールできるものと、できないもの(自然災害など)があります。例えば農産物の盗難は、起こらないように自分で事前対策できます。また、自然災害は起こらないようにすることはできませんが、起こっても最小限の被害にするという対策はできます。

「農業版BCP」を作成し取組むことは、持続可能で強靭な経営体になることと同じです。ただ、リスクは農業者が一人で考えると偏りが出てきますので、地域(JAや行政)で集まってグループワークしながら作成するのが良いと思います。ぜひやってみてください。

関連リンク

農林水産省「農業版BCPチェックリスト

南石名誉教授のコメント

現実の世界は不確実であり、農業経営は多様なリスクに直面しています。情報の収集によって不確実性を軽減できますが、将来を完全に予測することは不可能であり、リスクをゼロにすることはできません。

このため、リスクの存在を前提として意思決定を行うことが極めて重要です。さらに、重要なことは、逆説的ではあるが、リスクの存在が経営発展の機会を生じさせる面もあるという点です。経営群が直面しているリスクを、回避・低減する方法を発見できれば、それはビジネス・チャンスにつながるのです。換言すれば、リスクは経営発展の源泉としての側面も持っており、リスクマネジメントの成否が経営発展を規定するとも言えます。

こうした視点から、今回の農業所得の増減率の分析結果をみると、実に興味深い結果が示されています。具体的には、世帯農業所得(控除前所得+専従者給与)の増減率の分布をみると、所得が50%以上減少した農家と50%以上アップした農家がそれぞれ一定の割合存在していることです。こうした傾向は、普通作、野菜、果樹、酪農、肉用牛の何れでも見られる傾向です。

農業経営は、様々なリスクに直面しているが、そのリスクに如何に備えるか、リスクが顕在化した場合に如何に対処するか、如何に被害を最小限に抑えるかといったリスクマネジメントの重要性を、今回の分析は改めて示しています。

 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

農業者の簿記データとリサーチデータをデータサイエンスで統計分析・研究した結果を、当サイトを中心に様々なメディアを通じて情報発信することで、農業経営利益の向上に寄与することを目標としています。