農業利益創造研究所

農業経営

会計データを活用した農業経営を行うために必要なこととは?

個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

2020年ころから、「データを活用した農業」という言葉を耳にするようになりました。農業者の高齢化・減少化や、生産性の効率アップの対策としてスマート農業が有効である、という国の方針が出され、そのスマート農業を実現するために、環境や農地、作物、農作業、機械、施設などからデータを集めることが必要になったからです。

このコラムでは、農業における各種データ活用の中で「会計データ」について考えてみたいと思います。

データ活用の農業の広まりは

まず、データ活用の農業についてもう少し考えてみましょう。

農林水産省は「2025年に、農業の担い手のほぼ全てがデータを活用した農業を実践する」と目標を立てましたが、現在の途中経過が「令和4年農業構造動態調査結果 」にて以下のように報告されています。

データ活用している個人の農業経営体数(全国)
データを活用データを
分析して活用
データ未活用
2021年991.4100.0%109.011.0%12.41.3%803.881.1%
2022年935.0100.0%125.113.4%14.61.6%731.378.2%

※経営体数の単位は千。

2021年2022年の調査経営体数を100%として、「データ取得して活用している」農家の構成比は2021年より2022年が増えているものの13.4%という低さです。「データ取得・分析・活用」というのは細かく分析まで行っているということだと思われますが、1.6%ですので、農林水産省の目標はまだまだ遠い道のりと言えます。

青色申告を行っている農家

「令和4年農業構造動態調査結果」に、青色申告を行っている経営体数のデータもあります。経営の安全性まで把握するには、貸借対照表を作成する「正規の簿記」を行わなければなりませんが、正規の簿記は2021年より構成比は多少増えてはいるものの、まだ全体の19%しかありません。

会計データが無ければ自分の経営が良くなっているのか、悪くなっているのかわかりませんし、悪いことがわかれば改善点を探そうという意識が出てきますので、農業経営を行う上では会計データは必須だと思います。

また、自分の経営を正確に把握するためには、白色申告では無く青色申告を作成し、かつ損益計算書だけでなく貸借対照表も作成して経営の安全性を見ることが重要です。

青色申告を行っている個人の農業経営体数(全国)
青色申告
正規の簿記
青色申告
簡易簿記
白色申告
2021年991.4100.0%185.818.7%141.514.3%630.163.6%
2022年935.0100.0%180.119.3%132.214.1%588.863.0%

※経営体数の単位は千。

北海道には控除額10万円の農家が多い?

農業簿記ユーザーのデータを集計し、申告方法別に構成比率を計算したところ、白色申告3.1%、青色申告10万円控除10.4%、青色申告55万・65万円控除86.6%となりました。農業簿記ソフトを使っていても、控除10万円の農家は10%もいます。

「忙しい」「会計の知識がない」など、様々な理由があるのかもしれませんが、経営の観点から考えれば、控除額の高い55万円以上または65万円以上の控除を目指したいところです。

経営体数比率
白色申告4193.1%
青色申告控除10万円1,42010.4%
青色申告控除55万円以上11,85386.6%

この申告の傾向は、収入金額別で違いはあるのでしょうか。収入金額規模別にどのような申告方法をしているか調べて、各階層の経営体数を100とした構成比率をグラフにしてみました。

おや? ちょっと見てください。

7,000万円~1億円の農家の控除10万円の比率が一番高くなっています。小規模の階層の農家が10万円なら理解できますが、7,000万円の収入金額農家は大規模経営であり、経営の安全性を一番重視すべき階層です。ずいぶんと意外な結果です。これはなぜでしょうか?

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掘り下げて調べてみたところ、収入金額が7,000万円から1億円の控除10万円の農家は96件あり、そのうちの71件(74%)が北海道の農家でした。

北海道の農家が多いことと控除10万円農家が多いことの関係を考えてみましたが、もしかしたら「組合員勘定(クミカン)制度」があるからなのではないかと推測しました。

クミカン制度とは、農協がつくった農家のための制度で、農協が春の資材購入資金を立て替えてくれて、秋に収入が入ったら返済するという、まさに農協内に自分の財布があるような仕組みです。水稲や畑作物は、春に種をまいて秋に収穫するまで収入がありませんから、そのように収入のない期間を支えるための制度なのです。

よって、クミカン制度を使っている農家は資金を借り入れる、返済する、資材購入代金支払い、入金管理、など一切管理する必要が無いので、貸借対照表を作成して経営内容を把握する必要もないわけです。

農家にとってはとても良い制度ですが、どんぶり勘定、経営感覚が欠如する、農協が農家のさいふを握っている、というイメージになりがちという状況はあります。一方、農協側が農家の生産のための経費額、作目ごとの生産量や販売額、資産・負債状況など、経営全体が把握できるので、農家の経営分析や経営指導ができるのは良い点です。

この仮説はあくまでも当研究所の推測なのですが、控除10万円からクミカン制度が見えた、というおもしろいデータとなりました。

会計データの活用

農業簿記をつけて確定申告をすることは「会計データの収集」といえますが、このデータを活用し経営分析まで行っている農家は少ないのではないかと思われます。

しかし、経営分析というと難しそうに聞こえますが、もっとシンプルに考えれば、取り組むハードルも下がるのではないかと思います。

その年の自分の数字だけを見てもよくわかりませんが、様々なものと「比較する」ことで見えてきます。比較することで「気づく」→「今までのやり方を疑う」→「変えてみる」、というちょっとした気づきと行動が経営を少しずつ良い方向に変えていくことになるのです。

シンプルな経営分析

では、シンプルな経営分析とは何をすればいいのでしょうか。具体例をいくつか挙げてみます。

<経営実績の何を見るか>
・収入金額、農産物販売金額、雑収入、経費、所得
・できれば作目ごとの販売金額や収穫量も把握する

<比較分析の方法>
・年次間比較:2年前、1年前、今年、の3年間の決算書を比較する
・経営間比較:他の多くの経営体を集計した統計データから、自分と同じ営農類型で自分と同じくらいの経営規模の経営実績平均値と比較する

<何に気づく>
・販売金額の違い→収穫量、販売単価が違う→規模拡大?生産方式?売先?品質?新規作目?を変えてみる
・経費金額の違い→生産方式や仕入先を変えてみる

<変えるときの注意>
・無理して投資しすぎない
・気象、環境、地域、自分のやりたいこと、などの中で強みを生かす
・まずは一部だけ変えてやってみてうまくいかないならまた変えてみる
・自分一人だけで考えず、人に聞く、研修会参加、仲間で協力、などしてみる

上記の比較分析で「経営間比較」の統計データがあるのか、ということが問題です。日本政策金融公庫から統計データが公開されていますが、十分では無いようです。

農業利益創造研究所では、簡素なものにはなりますが、収入金額、販売金額、世帯農業所得、などの平均を記載した統計データを毎年公開しています(閲覧・ダウンロードには無料の会員登録が必要です)。今後も何らかの形でさらなる詳細な統計データを提供し、日本農業のお役に立てればと考えています。

まとめ

データ活用の農業は、データ収集が目的では無くそのデータで何をしたいかが大事です。本来、会計データだけでは不十分であり、会計データと生産データ(作目別の収穫量や売上や経費)をミックスして分析するのがベストです。

今まで通りの経営で良いと思って何もしないでいると、それは現状維持では無く必ず下降していくものです。経営の中で、「気づいて、変える」という何かしらの種をまくことで、いずれ芽が出て花が咲くのだということを信じましょう。

関連リンク

農林水産省「令和4年農業構造動態調査結果
日本政策金融公庫「農業経営動向分析

南石名誉教授のコメント

大きな注目を集めているChatGPTに、「会計データを活用した農業経営を行うために必要なこととは?」と尋ねてみました。数秒後、次のような回答がありました。皆さんはどのように感じられたでしょうか?同じ質問をしても、回答は全く同じでない点に、ChatGPTの可能性を感じます。実際のデータの分析を依頼するとどのような回答が得られるか、今後の関心事です。

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会計データを活用した農業経営を行うためには、以下のことが必要です。

1.正確な会計処理システムの確立:会計データを収集、整理、保存、報告するためには、正確で信頼性の高い会計処理システムを確立する必要があります。農業経営者は、専門家の支援を得て、適切な会計ソフトウェアを選択することが重要です。

2.財務分析のスキル:会計データを分析し、財務状況や業績を評価するスキルが必要です。農業経営者は、財務分析に関する知識を習得することが重要です。

3.予算策定と予測の能力:会計データを活用して、将来の業績を予測し、予算を策定することが重要です。農業経営者は、生産計画、販売計画、投資計画などの予算を策定し、それを実現するための戦略を立てる必要があります。

4.税務申告の適正化:会計データを正確に管理することは、税務申告においても重要です。農業経営者は、税務申告に関する法律や規則を遵守することが必要です。

5.経営判断の基礎:会計データを活用することで、農業経営者は経営判断をすることができます。財務状況、業績、将来の見通しを把握し、適切な判断を行うことが重要です。

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以上のように、会計データを活用した農業経営には、正確な会計処理システムの確立、財務分析のスキル、予算策定と予測の能力、税務申告の適正化、経営判断の基礎などが必要です。

 この記事を作ったのは 農業利益創造研究所 編集部

農業者の簿記データとリサーチデータをデータサイエンスで統計分析・研究した結果を、当サイトを中心に様々なメディアを通じて情報発信することで、農業経営利益の向上に寄与することを目標としています。