
個人情報を除いた2022年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家11,500人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
先日、私の住む埼玉県のとある市から認定農業者向けの講演を頼まれました。市の担当者の方との打ち合わせの結果、講演タイトルが『データから考える農業経営』ということになり、埼玉県のデータをまとめることになりました。
実際経営データをまとめてみると、我が埼玉県の農業経営もなかなかの魅力があると分かり、せっかくなのでこの場でその一部を報告させていただこうと思います。
大産地と大消費地に囲まれた地域
埼玉県の農業産出額は1,545億円です(令和4年)。全国順位でみると21位ということで、真ん中あたりになります。昨年2作目が公開された、埼玉を応援する「翔んで埼玉」という映画の中では「埼玉県民にはそこらへんの草でも食わせておけ!」とのセリフがあるぐらいですから、相当の農業県と思いきや、現実の数値で見るとそうでもないようです。
しかし以下の図を見ると、東京から見る埼玉県のイメージが少しわかる気がします。

埼玉県は東京の7倍以上の産出額があるので、東京から見れば相当な田舎、農業生産県と思われがちです。しかし埼玉県を囲むようにある千葉県(農業産出額4位)、茨城県(3位)、栃木県(9位)、群馬県(12位)と比べると農業県というほどでもなく、埼玉都民といわれるように、東京のベットタウンとしてそこそこ都市化も進んでいる側面も見えます。
埼玉県の農業を考えるうえで、この中途半端さ、バランスの良さが、かなり大きなポイントのように思われます。
野菜作が中心の農業経営
2022年の埼玉県の「農業簿記」ユーザーの経営データは177件あります。そのうち経営類型ごと構成は以下の様になりました。177件のうち7割の124件が野菜経営です。R3年の埼玉県の農業産出額をみると、野菜が全体の48.6%をしめ、次いで普通作が16.9%、畜産が17.2%となっており、こちらから見ても埼玉県の農業は、野菜が主力といってよいと思われます。
「草でも食わせておけ」というのは、あながち外れてないのかもしれません。
では、埼玉農業の中心である野菜経営体の経営状況はどうなっているでしょうか。以下がその概要となります。
| 都府県 | 埼玉県 | 差 | |
|---|---|---|---|
| 経営体数 | 3,587 | 124 | -3,463 |
| 収入金額合計 | 17,748 | 18,668 | 920 |
| うち販売金額 | 15,897 | 17,198 | 1,301 |
| うち野菜 | 14,693 | 16,019 | 1,326 |
| うち雑収入 | 1,818 | 1,547 | -271 |
| 農業経営費 | 13,076 | 13,566 | 490 |
| 世帯農業所得 | 4,672 | 5,102 | 430 |
| 世帯農業所得率 | 26.3% | 27.3% | 1.0% |
※金額の単位は千円。
経営規模、所得金額、所得率がすべて、都府県平均の野菜経営体よりも埼玉県の野菜経営体の方が高くなっています。世帯農業所得が5百万円以上あるところを見れば、埼玉県でも農業で“十分食べていけている”と言ってよいでしょう。
各費用の収入金額合計との割合は、以下の通りとなります。意外なことに埼玉県は、所得率が全国平均より高いにもかかわらず、多くの生産費の割合は高くなっています。特に専従者の数が多いにもかかわらず、雇人費の割合が高いことは興味深いです。これは、人手のかかる野菜経営が多いということに加え、埼玉県の最低時給の高さなどが影響しているのではないでしょうか。
雇人費に次いで減価償却費も高く、動力光熱費も若干高めです。データ的には露地栽培よりは施設栽培の方が多いということかもしれません。実際、県北部では施設園芸も盛んです。
| 都府県 | 埼玉県 | 差 | |
|---|---|---|---|
| ⑨種苗費 | 3.5% | 3.4% | -0.1% |
| ⑪肥料費 | 5.2% | 4.9% | -0.3% |
| ⑭農薬・衛生費 | 3.6% | 3.2% | -0.5% |
| ⑮諸材料費 | 5.8% | 4.4% | -1.3% |
| ⑯修繕費 | 3.2% | 4.0% | 0.8% |
| ⑰動力光熱費 | 6.7% | 7.2% | 0.4% |
| ⑳減価償却費 | 8.2% | 9.3% | 1.1% |
| ㉑荷造運賃手数料 | 15.4% | 15.6% | 0.3% |
| ㉒雇人費 | 7.3% | 9.1% | 1.8% |
| ㉔地代・賃借料 | 1.7% | 0.6% | -1.0% |
| 専従者数 | 1.3 | 1.6 | 0.3 |
| ㉒雇人費 | 1,296 | 1,701 | 405 |
※各費用÷収入金額合計×100。
尚、埼玉県の野菜経営以外の経営概要は以下の通りとなります。産出額で普通作より多かった畜産農家の経営データはありませんでした。
| 青色申告 | 普通作 | 果樹 | 花卉 | |
|---|---|---|---|---|
| 経営体数 | 177 | 16 | 5 | 12 |
| 収入金額合計 | 18,442 | 19,171 | 9,949 | 16,752 |
| うち販売金額 | 16,358 | 9,112 | 9,552 | 16,513 |
| うち雑収入 | 2,108 | 9,869 | 314 | 201 |
| 農業経営費 | 13,676 | 14,809 | 7,180 | 12,818 |
| 世帯農業所得 | 4,766 | 4,361 | 2,769 | 3,934 |
| 世帯農業所得率 | 25.8% | 22.8% | 27.8% | 23.5% |
| 専従者の数 | 1.5 | 1.1 | 0.8 | 1.4 |
※金額の単位は千円。
地域ごとに様々な顔がある埼玉農業
埼玉県の以下の5つの地域ごとの経営の状況を見てみます。

群馬県と接している埼玉県の北部地域(深谷市他)は、県内で最も農業が盛んな地域で、ネギなどの代表的な作物があり、施設園芸も多いようです。したがって埼玉県内の経営データも74件と最も多く、収益規模も三地域で最大となりました。但し所得率は24.4%と埼玉県平均(青色申告者全体)を下回っています。
次いで経営データが多い西部地域(所沢市他)で、所得率が31.9%と高くなりました。東京と接しているこの地域も実は農業が盛んで、里芋やお茶、ホウレン草やニンジンなどの露地作物を多く生産しています。
東部地域は、関東の大動脈ともいえる鉄道や高速道路が通っており宅地化が進んでいる地域ですが、農業も普通作物や小松菜などを多く生産しています。経営データを見ると、経営規模は12,979千円と大きくないものの、県平均とほぼ同じ所得率を計上しています。
中央地域と秩父地域は経営体数が少なかったので、今回は非公開としました。
| 東部 | 北部 | 西部 | |
|---|---|---|---|
| 経営体数 | 38 | 74 | 50 |
| 収入金額合計 | 12,979 | 20,400 | 16,601 |
| うち販売金額 | 11,048 | 17,954 | 15,034 |
| うち第一主幹品目 | 9,985 | 13,580 | 9,935 |
| うち雑収入 | 1,690 | 2,400 | 1,489 |
| 農業経営費 | 9,622 | 15,420 | 11,309 |
| 世帯農業所得 | 3,357 | 4,980 | 5,291 |
| 世帯農業所得率 | 25.9% | 24.4% | 31.9% |
| 専従者の数 | 1.2 | 1.6 | 1.8 |
※金額の単位は千円。
地域ごとの費用の割合は以下の通りです。北部地域は、荷造運賃手数料の割合が、他の二地域に比べると多くなっています。農業産地として全国流通にのせる市場出荷が多いからでしょうか。西部地域は、露地栽培が多いため、動力光熱費の割合が少ないのが特徴的です。これが西部地域の所得率の高さの一因と思われます。
東部地域は、普通作が多いことと住宅地が多く直売などの割合が多いためか、荷造運賃手数料の割合がかなり低くなっています。
| 東部 | 北部 | 西部 | |
|---|---|---|---|
| ⑨種苗費 | 3.2% | 5.5% | 2.7% |
| ⑪肥料費 | 5.5% | 5.1% | 5.5% |
| ⑭農薬・衛生費 | 3.2% | 3.2% | 4.2% |
| ⑮諸材料費 | 5.3% | 4.2% | 3.5% |
| ⑯修繕費 | 3.3% | 4.4% | 4.3% |
| ⑰動力光熱費 | 8.4% | 7.9% | 5.2% |
| ⑳減価償却費 | 11.6% | 10.0% | 10.8% |
| ㉑荷造運賃手数料 | 7.9% | 14.7% | 12.5% |
| ㉒雇人費 | 5.6% | 6.3% | 6.7% |
| ㉔地代・賃借料 | 1.6% | 1.4% | 0.9% |
※各費用÷収入金額合計×100。
多品目で高所得率の埼玉県の露地野菜経営
最後に第一主幹作物毎の経営概要です。データ件数トップ三品目の経営概要は以下となりました。経営体数ではきゅうり経営が29件と最も多いのですが、所得率は24.6%と低めとなりました。経営体のほとんどが北部地域です。
経営規模的にはブロッコリー経営が大きく、埼玉県が全国一位の生産量を誇る里芋経営の所得率は32.3%と高くなっています。
但し里芋経営は、第一主幹比率が46.7%(里芋販売金額÷収入金額合計×100)と非常に低く、分散型経営と言えます。一般的に分散型は長期的には安定するものの、単年度の所得率は低めになる傾向がありますが、埼玉県の里芋経営はそうではないようです。
また、里芋経営ほどではありませんが、ブロッコリー経営も主幹比率55.3%と分散型経営と言えます。埼玉県の露地野菜経営は、品目分散の傾向が強いのかもしれません。
| 都府県 野菜平均 | きゅうり | ブロッコリー | 里芋 | |
|---|---|---|---|---|
| 経営体数 | 3,587 | 29 | 15 | 12 |
| 収入金額合計 | 17,748 | 16,230 | 21,868 | 19,173 |
| うち販売金額 | 15,897 | 15,136 | 20,295 | 18,337 |
| うち第一主幹品目 | 12,706 | 12,275 | 12,099 | 8,954 |
| うち雑収入 | 1,818 | 1,041 | 1,485 | 786 |
| 農業経営費 | 13,076 | 12,229 | 15,585 | 12,974 |
| 世帯農業所得 | 4,672 | 4,000 | 6,284 | 6,198 |
| 世帯農業所得率 | 26.3% | 24.6% | 28.7% | 32.3% |
| 専従者の数 | 1.5 | 1.6 | 1.6 | 2.0 |
※金額の単位は千円。
尚、ブロッコリー経営と里芋経営で、2・3番手品目として多いものは以下となります。
ブロッコリー経営は稲作との兼営、というか水田転作のためにはじめた野菜が、いつの間にか主力になったという感じがします。
| 2・3番手品目とその経営体数 | |
|---|---|
| ブロッコリー経営 | トウモロコシ12、主食用米5、ネギ5 |
| 里芋経営 | 枝豆7、ほうれん草5、ニンジン4 |
費用の割合は以下の通りです。
きゅうり経営の動力光熱費の割合が10.8%と非常に高くなりました。2022年の原油高騰の影響をもろに受けた形と言え、これが所得率の低い一番の原因と言えそうです。但し、人手がかからないのか、専従者の数からいっても雇人費の割合は低いので、今後原油価格が安定すれば所得を回復する可能性は充分にあると思われます。
ブロッコリー経営と里芋経営は露地栽培なので、動力光熱費が低めです。里芋経営は種芋などが自家採取できるからでしょうか、種苗費がかなり低めになっています。しかし、それ以外に特に低い費用はなく、逆に特に高い費用もありまません。多品目経営を行いながらこのように費用が平準化していることが、埼玉県の里芋経営の高所得率の原因ではないでしょうか。
尚、里芋経営12件は全て西部地区となり、西部地区の平均と比べると里芋経営の特徴がさらに見えてきます。それは、里芋経営の方が、西部地域平均と比べ品目分散傾向が強く(西部地域の第一主幹比率は59.8%)、荷造運賃手数料の割合が高いということです。里芋経営の荷造運賃手数料が多いのは、大産地ゆえに大量の市場出荷等があるからではないでしょうか。
地元JAには里芋の専用出荷場があり、大量の出荷・調整作業を行うことができます。これにより農家の手間はかなり軽減されているようですが、その分、荷造運賃手数料が増えているのかもしれません。それでもメイン作物の里芋の出荷・調整作業が軽減されることで、高い所得率の多品目経営を可能にしているのではないでしょうか。
| 都府県 野菜平均 | きゅうり | ブロッコリー | 里芋 | |
|---|---|---|---|---|
| ⑨種苗費 | 3.5% | 5.1% | 4.5% | 1.6% |
| ⑪肥料費 | 5.2% | 4.8% | 7.5% | 4.2% |
| ⑭農薬・衛生費 | 3.6% | 2.9% | 3.8% | 4.0% |
| ⑮諸材料費 | 5.8% | 4.3% | 4.7% | 3.5% |
| ⑯修繕費 | 3.2% | 3.1% | 3.9% | 3.8% |
| ⑰動力光熱費 | 6.7% | 10.8% | 4.3% | 4.1% |
| ⑳減価償却費 | 8.2% | 9.8% | 6.9% | 9.3% |
| ㉑荷造運賃手数料 | 15.4% | 17.9% | 18.9% | 18.1% |
| ㉒雇人費 | 7.3% | 3.7% | 6.8% | 7.4% |
| ㉔地代・賃借料 | 1.7% | 0.9% | 1.1% | 0.1% |
※各費用÷収入金額合計×100。
埼玉の“草”は伊達じゃない
以上、簡単に埼玉県の農業経営を見てきましたが、東京と接している県でありながら意外にも、十分な規模と所得をあげている経営体が少なくなくありません。これは冒頭の述べた埼玉県バランスの良さが、うまく農業経営に反映されているからではないかと思います。つまり埼玉県は、都市近郊農業と大産地の農業との“いいとこどり”ができている、ということではないでしょうか。
埼玉県は、東京のベットタウンでもあることから県内人口も多く、直売所等での販売やスーパー等への契約出荷などが行いやすいと言えます。それらの販売先では、出荷費用が削減できるほか、地域的に高所得の消費者も多いため、有機・減農薬などの高付加価値化した農業経営も行いやすい強みがあります。
但し、売り先として直売が多いと出荷・調整に手間がかかるので大規模化が難しく、また多品目化して経営効率を落とす恐れがあります。
一方で、ネギや里芋、ホウレン草などは産地化されている品目もあり、北関東県の農業経営などに多くみられる市場出荷中心の大産地型の経営も行っています。これらは、販売価格こそ不安定ですが、大規模化と品目集中による効率化は期待できます。
このような異なる販売方法とそれによる品目選定が、県全体でバランスよく組み合っているのが埼玉県の農業経営という感じがします。いわば『農業のハイブリット型経営』県とも言えそうです。
このように作られた埼玉の“草”や“根”は、埼玉の農業を支えるとともに、東京の人の食卓に今も欠かせないものとなっています。
南石名誉教授のコメント
農業経営を取り巻く経営環境には、気象や土壌などの自然条件もありますが、主要な出荷先の市場規模や市場迄の距離などの社会経済条件もあります。
今回の分析では、国内最大の市場規模を有する首都圏に位置し、首都東京都に隣接する埼玉県農業を対象としています。埼玉県農業の特徴がいろいろ明らかになりましたが、その多くが市場立地条件の影響を受けているといえそうです。
例えば、県内に東京都のベットタウンも多いことが、直売所が多い一因になっていそうです。その一方で、都内の大市場への出荷も多く、多様な作目の生産や販路の背景といえそうです。

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