
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
“東京”と“農業”という言葉は、大学の名前以外あまり組み合わせて使われることは無いような気がします。実際はどうか分かりませんが、こう感じるのは相互の言葉から連想されるイメージに、ほとんど重なるところがないからでしょう。しかし令和に入った現代も、東京に農業は存在します。それも家庭菜園レベルではなく、経営レベルとしてです。ではどんな経営なのでしょうか?
今回は首都東京にみる、都市農業の経営について考えたいと思います。
東京都の農業の概要
東京都の農業産出額は240億円で、全国47位、つまり最下位です。
内訳は、稲作1億円、野菜134億円、果実33億円、花き37億円、畜産20億円となります。(H30年生産農業所得統計より)
東京都の農地は約6700haありますが(これも47位)、その6割が市街化地域内にあるようです。つまり東京の多くの農地は街中にあるということです。これらの農地が街中で存在し続けられるのは「生産緑地」として法的に保護されているからです。この「生産緑地」とは、農地の持つ環境や防災などの多面的機能を活かすことを目的として、都市部の中で保全されている農地のことを言います。
キャッシュベースの農業所得は4,542千円
2021年の東京都の青色申告農家の決算概要は以下の通りとなりました。
経営体数はやはりというか当然というか32世帯と少なく、平均年齢は62.7歳とかなり高齢です。収入金額合計は12,512千円で全国平均の半分程度ですが、逆に1千万円以上の販売高があることに驚かされます。また世帯所得は3,153千円ですが、減価償却費と合わせたキャッシュベースの所得は4,542千円(3,153+1,389)と、決して生活ができないレベルではありません。
データ数は多くありませんが、その範囲で見る限り東京都での農業経営も“やっていけなくもない”という感じでしょうか。
全国平均 (経営体数13,273件) | 東京都 (経営体数32件) | 差 | |
---|---|---|---|
年齢 | 55.6 | 62.7 | 7.1 |
販売金額 | 18,438 | 11,114 | -7,324 |
収入金額合計 | 23,679 | 12,512 | -11,167 |
費用合計 | 17,603 | 9,335 | -8,268 |
うち減価償却費 | 2,388 | 1,389 | -998 |
世帯農業所得 | 5,762 | 3,153 | -2,609 |
世帯農業所得率 | 24.3% | 25.2% | 0.9% |
※金額の単位は千円
少量他品目生産の野菜農家が中心
32件の農家の販売金額の内訳は以下の通りです。
※酪農、肉用牛、工芸作物の販売金額は0円。
このデータからも東京都のメイン作物は野菜であることが分かります。決算書の販売金額の内訳は、その多くが“野菜”としか書かれていないため具体的な品目名のほとんどは不明です。しかし解る範囲で確認したところ、特に何かの作物に偏った傾向は確認できず、色々な品目の野菜がつくられているように思われます。
およそ東京の野菜農家は、直売所などに向けた少量多品目の形態が多いのでしょう。実際、行政の発表している資料によると、東京都で生産される農作物の8割は、直売や庭先販売で販売されているとのことです。
普通作(稲作)が非常に少ないというところにも、都市農業の特徴が出ているのかもしれません。水田は水路や畔など整備コストのかかる農業施設で、かつ大きな面積が必要とされます。そのような水田は、都市農業にとっては“贅沢”な施設なのでしょう。実際、東京都の水田面積も47位で、全国の水田面積の1万分の1しかないようです。
また臭気問題等で都市部に酪農や肉牛農家が少ないのは予想通りですが、その他畜産(多くが養豚)の販売金額が思いのほか多くなりました。もっとも件数的には4件で、場所は八王子、町田、八丈島となります。八王子、町田などの南多摩地域は昔から畜産が盛んだった地域で、今に至ってもしっかり経営を続けている農家がいることが、このデータからも確認されます。
東京都の農業経営で特徴的だった費用は地代賃借料と荷造運賃手数料で、これらは非常に少なくなっています。地代賃借料が少ない理由は、土地や設備を借りて経営を拡大したくても借りられる土地や相手が限られているということなのでしょう。補助事業で共用資産を導入して利用料を支払うということもほとんどないと思われます。
荷造運賃手数料が少ないのは、消費地が近いというか大消費地そのものにある経営なので、近隣の直売所やスーパーへの出荷がほとんどだからでしょう。近隣の小売店への出荷なら、運賃だけでなく、市場やJAの手数料なども大きく削減されます。東京都の青色申告者平均だと費用割合が5.1%の荷造運賃手数料は、野菜作経営に限定すると4.0%とさらに低下します。
全国青色申告平均 | 東京都 | |||
---|---|---|---|---|
残高(千円) | 割合 | 残高(千円) | 割合 | |
地代賃借料 | 1,031 | 4.4% | 71 | 0.6% |
荷造運賃手数料 | 2,259 | 9.5% | 635 | 5.1% |
※割合とは収入金額合計を100とした時の割合。
金額の単位は千円。
最も農業所得が高い北多摩地域
経営体を地域ごとの件数でみると以下のようになりました。23区以外はかなり均等に分かれています。
地域ごとの世帯農業所得の平均値を見ると、山間部などがある西多摩地域(奥多摩・あきる野市など)や諸島部(八丈島など)よりも、23区に接している北多摩地域(小平市・清瀬市など)の方が、所得が高いことが確認されました。実は北多摩地域は農地面積が都内で最も多い地域で、東京の中では最も農業が盛んな地域です。
およそ多摩西部や諸島部の方が農地は確保しやすいのでしょうが、農地の広さよりも消費地により近いほうが農業経営には有利ということなのかもしれません。農業経営における販売の重要性が解りやすく表れている例とも言えます。
地域 | 経営体数 | 世帯農業所得平均 |
---|---|---|
南多摩地域 | 8 | 3,280,122 |
西多摩地域 | 8 | 2,486,240 |
北多摩地域 | 7 | 3,652,615 |
諸島部 | 7 | 3,051,205 |
23区 | 2 | 3,922,008 |
都内に就農はできるか?
北多摩地域のような都心に隣接した所で、農業で生活ができるくらいの収入が確保できるなら、そんな生活も悪くないと“淡い就農希望”を持つ人は筆者だけではないでしょう。とはいえ、外部の人が東京都に就農するのは非常ハードルが高いと言えます。それは絶対的に農地が少ないということ以上に、農地の資産価値が非常に高いため、売買はもちろん相続に不利益があるとされているので貸借も進まないからです。
ですから現実的には、東京に農地を持つ人の相続人であるという極めてまれな条件がない限り、東京都で就農するのは難しそうです。東京都の農業者の平均年齢が非常に高いのは、このように後継者が極めて限られるからでしょう。
尚、東京都の農業を支えているともいえる「生産緑地」は、制度指定から30年がたつ2022年にそのほとんどが解除されると言われています。こうなると現在僅かに残された東京の農地も今後大きく開発が進むのではないかと言われています。
農地の多面的機能が今以上に失われた都市が今後どうなっていくか・・・、東京都民でなくとも関心が持たれるところです。
南石教授のコメント
「都市農業」の再評価が、世界で進んでいます。
大都市に居住する膨大な住民の食料需要を満たすためには、様々な作目の大規模な単作栽培の農業経営も必須です。これは、食料供給という農業の社会的役割を果たす農業経営の形態といえます。
都市農業には、それとは異なる社会的役割があります。例えば、都市住民に作物の生育の過程を見てもらい、時には農作業を体験する場を提供し、収穫直後の新鮮な農作物を食べてもらうことも、都市農業の社会的役割といえるでしょう。
都市農業は、しばしば取り上げられる地産地消やフードマイレージという観点からみれば、望ましい特徴を備えています。こうした都市農業の社会的価値を、都市住民の方々に如何に伝えて価値を共有できるかが、都市農業の経営成果(売上高や所得等)に直結するといえそうです。