
個人情報を除いた2021年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家13,300人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
稲作経営は、米価が下がり肥料などの資材の高騰により所得が減少していく傾向にあります。さらにコストを下げるには、水田作付面積の大規模化による効率化と固定費の削減が効果的です。
しかし、大規模になるほど大型の農業機械が必要となり、かえって減価償却費が増え、借入金が経営を圧迫する場合があります。では、固定費削減という観点では、作付規模に基づく適正な農業機械の価格はいくらなのでしょうか? 農業簿記ユーザーの農業機械購入価格を、2021年稲作個人農家3,000件のデータから調べてみました。
大規模化で農業機械の固定費は削減できる?
クボタ、ヤンマー、イセキ、三菱など、各メーカーから様々な農業機械が販売されています。特に稲作経営では機械化により少ない労働力で大規模化を図ることができるようになりました。
しかし、現在の米価に見合う所得をあげるにはさらなるコスト削減が必要です。米の生産コストの中で農機具費(減価償却費含む)は、農林水産省「令和2年 米生産費統計」によると生産費の22%を占めており、この経費をいかに下げるかがポイントとなっています。
農業簿記ユーザーの稲作農家を調査し、販売金額別に減価償却費と費用計に占める減価償却費比率をグラフにしてみました。以下のグラフのように経営規模が大きくなるごとに減価償却費が増えていき、販売金額が約6,000万円では819万円と高額になっています。
しかし、規模が大きくなるごとにスケールメリットがはたらいて減価償却費の比率が下がっていることがわかります。
諸外国に比べて日本の農業機械は高いと言われていますが、いくらくらいなのでしょう。平成28年の農林水産省の「農業機械をめぐる情勢」資料には以下のように記載されていました。
仕様 | 日本製価格 | 韓国製価格 | |
---|---|---|---|
トラクター | 60馬力 | 626万円 | 421万円 |
田植機 | 6条植え | 240万円 | 206万円 |
コンバイン | 6条刈り | 1,390万円 | 850万円 |
日本製は機能が豊富であり、兼業農家でも操作しやすいようになっているため一概に良い悪いは言えませんが、機能を削った安い農業機械を求める農家が増え、数年前から農業機械メーカーは低価格モデルを販売するようになってきました。
経営規模別の農業機械の取得価額
稲作個人農家は、いったいいくらのコンバイン、田植機、トラクターを購入しているのか、経営規模別に調べてみました。
農業簿記データ内の減価償却資産で、資産名称にこの3つの機械が含まれる資産の取得価額をグラフにプロットして分布図を作成してみました。まずはコンバインの分布図です。
ここから導き出されるコンバインの相関関係の式は、「y=0.15x+4474(千円)」です。
一方の数字が変わればもう一方の数字も変化するような関係があることを「相関関係がある」といいます。2つの数字の関係が深いときには「相関係数」が強い、と表現します。また、この関係性から一方の数字がわかればもう一方の数字も「y=ax+b」という数式で計算できます。
経営規模(販売金額)とコンバインの取得価額にはやや弱い相関が見られます。参考程度に前述の式に当てはめてみると
・販売金額1,000万(約9ha)なら「0.15×10,000,000+4,474,000= 取得価額5,974,000円」
・販売金額2,000万(約17ha)なら7,474,000円
・販売金額3,000万(約26ha)なら8,974,000円
と計算されます。
次に田植機の分布図を見てみましょう。田植機にもコンバイン同様、強い相関関係は見られませんでしたが、弱い相関関係は存在します。
田植機の相関関係の式は「y=0.05x+2436(千円)」です。こちらに当てはめて各経営規模での取得価額を導き出すと、
・販売金額1,000万(約9ha)なら「0.05×10,000,000+2,436,000= 取得価額2,936,000円」
・販売金額2,000万(約17ha)なら3,436,000円
・販売金額3,000万(約26ha)なら3,936,000円
と計算されます。
最後にトラクターの分布図を見てみましょう。
トラクターの分布は先ほどの二つよりもさらにばらける結果となりました。農家の中で、複数台数のトラクターを所有している場合もありますが、そういうケースでも1台としてプロットしていますので、サブの小型の機械や、中古の機械もあると思われます。
トラクターの分布がかなりばらけているのは、野菜の複合経営農家では野菜のために高額なトラクターを購入しているケースもあるからだと思われます。
意外にも農業機械の取得額と販売金額の間に、強い相関関係は見られないという結果が得られました。このように分布がばらけているのは、大規模でも中古の機械を購入しているケースや、販売金額が少なくても高価な農業機械を購入して作業受託を専門にしているなど、様々な理由があるのかもしれません。
このコラムをご覧になっている稲作農家の方は、ぜひご自分の農業機械の価格と比べてみてください。
補助金による圧縮記帳の実態
稲作経営であれば、水田活用の直接支払交付金などを活用していると予想されます。しかし簿記データから、販売金額別に交付金を受け取った金額を集計すると以下の表のようになりました。
500~ 700万円 | 1000~ 1500万円 | 2000~ 2500万円 | 3000~ 5000万円 | 5000~ 7000万円 |
|
---|---|---|---|---|---|
交付金等の金額 | 2,847 | 5,527 | 7,566 | 10,394 | 16,810 |
※金額の単位は千円
このような交付金は通常雑収入となって農業所得となりますが、「農業経営基盤強化準備金」として積み立てておくと準備金繰入(経費)となり一時的に所得が減るような形になります。そして、高額な固定資産を購入する際に積み立てた準備金を取り崩して圧縮記帳できる税制上の特例を受けることができます。
仮に500万円の機械を購入する際に、準備金300万円を取り崩して圧縮記帳し、200万円の資産として減価償却していくことになりますので償却費が少なくなります。
実際に圧縮記帳を行った農家が全体の中でどれくらいいるのか、そして取得価額のうちいくら準備金を取り崩して圧縮したか調べてみました。
圧縮記帳を行った 農家の割合 | 取得価額のうち圧縮した 金額の割合(平均値) |
|
---|---|---|
トラクター | 4.8% | 28.7% |
田植機 | 5.4% | 33.9% |
コンバイン | 5.0% | 38.8% |
意外と圧縮記帳を行っている農家は非常に少ないという結果がでました。この制度を使える農家は、認定農業者のみであるという制限はあるものの、おそらくこの準備金制度自体を知らないか、知っていても経理の仕方がわからずあきらめている農家が多いのではないかと思われます。
まとめ
戦後農業機械の発達とともに「機械化農業」が盛んになり、今では「スマート農業」という先端技術やIT、AIを使った新しい農業機械が出始めています。
しかし、機能が増えると便利になる一方で高額になることも確かですし、「大型機械は作業があっという間に終わるから昼寝がゆっくりできる」ということではなく、時間が空いた分を他の作目に手をかけたり規模拡大したり、経営全体の売上を増やす方向に進む必要があります。
生産費の中で大きなウエイトを占める農機具費を下げるために、自分の経営規模に見合った機械を購入することはもちろんですが、機械のメンテナンスを十分に行って使用年数を伸ばす、機械のメンテ・修理を自分で行う、機械のレンタルやリースを検討してみる、などの工夫も選択肢に入れていきましょう。
関連リンク
農林水産省「令和2年 米生産費統計」
農林水産省「農業機械をめぐる情勢」
農業経営基盤強化準備金 制度
南石教授のコメント
今回の分析では、「農業機械の1台あたり取得額と販売金額の間に、強い相関関係は見られない」という結果が得られました。この結果は、いろいろなことを示唆しているようです。単純に考えれば、大規模の稲作経営は大型農機を使用し、小規模の稲作経営は小型農機を使用するように思われます。
しかし、どういった大きさ(馬力、刈幅、条数)の農機が利用可能かは、圃場の大きさの影響を大きく受けます。日本の圃場整備では、長い間1圃場30aが標準になっていましたが、それ以前は10aの時期もありましたし、それよりもっと小さな区画の圃場も多く残っています。地域的な違いも大きく、北海道では以前から、50aや1ha区画の圃場も珍しくありません。本州でも、稲作経営による畦畔除去により、2ha圃場もみられるようになっています。
こうした事情もあり、様々な大きさ(馬力、刈幅、条数)の農業機械が販売されています。値段は、農業機械の大きさ(馬力、刈幅、条数)に比例するので、稲作経営者の選択肢はとても幅広いといえます。稲作農家は、農機好きな人が多いといった話を時々耳にします。作期間や品種を分散させて、例えば、50ha規模以上でも、コンバイン1台、田植機1台という経営もあれば、50ha規模未満規模でも、コンバインや田植機が複数台という経営も多くあります。こうした自由度の高さが分析結果に反映されたようです。