
「後継者不足」。
農業を語る際には必ず聞かれる言葉です。確かに農家は減ってはいますが、もともと“農家”の定義は非常に広く、農業を生業としていない人達も多く含まれているので、この言葉の受け取り方には注意が必要です。
では、農業を生業にしている担い手レベルの後継者問題はどうなっているのでしょうか。今回は2021年の農業簿記ユーザーのデータからこの問題の実態を見てみたいと思います。
後継者がいない高齢農家は2割から3割か
まず、ここでは担い手農家を『18歳以上で「収入金額合計」が500万円以上の農家』とします。そのうち後継者は『18歳から60歳までの農家』と『61歳以上の事業主の子供で、専従者として従事している者』とします。
以上の定義による青色申告者全体の経営件数は以下の通りとなりました。
件数 | |
---|---|
①全体(18歳以上、収入金額合計500万円以上) | 10,128 |
②18~60歳 | 6,332 |
③61歳以上、専従者の子有 | 1,073 |
④後継者・後継者有り(②+③) | 7,405 |
後継者割合(④÷①) | 73.1% |
⑤61~65歳、専従者の子無 | 1,002 |
⑥66歳以上、専従者の子無 | 1,721 |
件数としては、全体の73.1%が、後継者もしくは後継者有りの担い手農家に該当しました。これを多いとみるか、少ないとみるかはなかなか難しいですが、販売金額のシェアで比較するともう少し状況が見えてくるかもしれません。
以下は販売金額のシェアです。
販売金額 (合計値) | シェア | |
---|---|---|
①全体(18歳以上、収入金額合計500万円以上) | 204,866 | 100.0% |
②18~60歳 | 137,495 | 67.1% |
③61歳以上、専従者の子有 | 27,936 | 13.6% |
④後継者・後継者有り(②+③) | 165,432 | 80.8% |
⑤61~65歳、専従者の子無 | 15,875 | 7.7% |
⑥66歳以上、専従者の子無 | 23,559 | 11.5% |
※金額の単位は百万円
このデータによると、後継者と後継者有りの販売金額のシェアは80.8%あり比較的高い印象があります。反面、残り19.2%の販売高(生産量)が失われる可能性があると考えれば、非常に危うい状況とも言えます。・・・シェアで見ても判断は難しいですね(笑)。
後継者がいない高齢農家は規模も小さく所得も低い
では視点を変えて、後継者の有無と経営状況の関係を見てみます。以下は1世帯当たりの平均値による経営概要です。これによると、61歳以上で後継者のいない世帯は、販売規模が著しく小さく、所得も低めです。
およそ経営規模に関しては、高齢で後継者がいないので大きくせず(できず)、と言ったところでしょう。経営から撤退途中にあるのかもしれません。所得状況については、所得が低いから後継者がいないという面もあるかとは思いますが、後継者もおらず年齢的にもガツガツ稼ぐ必要性が低いから、という理由も充分考えられそうな気がします。
販売金額 | 世帯農業 所得 | 青申特別 控除前所得 |
|
---|---|---|---|
①全体(18歳以上、収入金額合計500万円以上) | 20,228 | 6,407 | 3,914 |
②18~60歳 | 21,714 | 7,003 | 4,357 |
③61歳以上、専従者の子有 | 26,036 | 8,583 | 4,131 |
⑤61~65歳、専従者の子無 | 15,843 | 5,007 | 3,454 |
⑥66歳以上、専従者の子無 | 13,689 | 3,672 | 2,416 |
※金額の単位は千円
以上をまとめると、後継者のいない高齢農家は、件数的には3割弱、販売シェアでは2割あるものの、個々の経営規模は小さく経営意欲もあまり高くなさそうな経営体だということでしょうか。
この一方で最近、若手・中堅の担い手に、引受けきれないほど農地が集まってきているという話をよく聞きます。またその結果からか、現在の農家が昔より大規模になっていることは、様々なデータから確認されています。
それを含めて考えると、国内農業全体の生産や経営の軸は、すでに若手・中堅の農家や後継者のいる農家に移っており、家族内だけではなく地域規模での経営移譲が緩やかに行われているようにも思えます。
現在後継者のいない農業者も、全員がすぐに離農するとは考えにくく、およそこのうち何割かは今後数年かけて、地域の後継者層に農地の委譲などを進めるのではないかと思われます。そしてその間に後継者層も、より機械化や雇用を増やすなりして経営のキャパシティを広げるのではないでしょうか。
そうであるならば後継者不足=農業者の減少は、必ずしも国内生産量の減少を意味していないことになり、後継者不足は特定の地域では喫緊の問題であっても、国内農業全体を見ると、巷で言われているほど深刻な問題では無いような気もします。
となると後継者不足の問題は農家の数の減少というよりも、分野や地域単位の経営委譲に“遅れ”がないかどうか、という問題のようにも見えてきます。
平均年齢が高く、高齢・後継者無し層の販売シェアも高い普通作
以下は経営類型ごとの平均年齢と、高齢で後継者がいない農家層の販売金額のシェアです(共に18歳以上で、収入金額合計が500万円以上の農家のデータ)。
普通作経営や花き経営は、平均年齢が高いので、「高齢・後継無し層」の販売シェアも高くなっています。これらの経営体は若手・中堅層への経営移譲が遅れており、「⑥66歳以上、子専従者無」の層のシェアも高いので、時間的余裕も少ないと言えるでしょう。
この逆が野菜経営と肉牛経営で、全体的に“若返り”が進んでいるようです。
面白いのが酪農経営で、平均年齢は高いものの「高齢・後継無し層」の販売シェアは最も低くなっています。つまり高齢で後継者のいない小さい農家が多いということです。酪農は生産手段が生き物なのですぐにはやめられないものの、徐々に頭数を減らすなりして、実質的には若手・中堅への移行が進んでいるということかもしれません。
普通作 | 野菜作 | 果樹 | 酪農 | 肉牛 | 花き | |
---|---|---|---|---|---|---|
平均年齢 | 57.1歳 | 53.4歳 | 55.6歳 | 56.5歳 | 54.9歳 | 56.5歳 |
普通作 | 野菜作 | 果樹 | 酪農 | 肉牛 | 花き | |
---|---|---|---|---|---|---|
⑤61~65歳、子専従者無 | 8.9% | 6.9% | 9.4% | 6.8% | 6.5% | 10.4% |
⑥66歳以上、子専従者無 | 14.3% | 8.6% | 12.8% | 7.1% | 12.7% | 14.2% |
高齢・後継無し(⑤+⑥) | 23.2% | 15.4% | 22.2% | 13.9% | 19.2% | 24.6% |
どこから見た“問題”なのか?
日本の2021年の国内の農業総産出額は8.8兆円です。20年前の2001年は8.9兆円なので、1千億円ほど減少しておりますが、これは米の産出額が8千億円も減少しているからで、野菜は変わらず、逆に畜産などは1兆円ほど増加しています(農水省:「令和3年 農業総産出額及び生産農業所得」より)。
つまりここ数年、農業の後継者不足が言われ、実際農家件数は減っているものの、米以外の生産力は落ちていないということです。
そしてその米は、まだ地域レベルで生産数量目標を設定し、国レベルでは転作補助金を交付していることなどから伺えるように、実質的には減反政策は継続中で、つまり構造的にまだまだ供給過剰状態にあると言えます。
そのうえで上記のデータによると、最も高齢化して後継者への委譲が遅れているのがその供給過剰の米(普通作)農家なわけですから、「後継者不足」というのは農業全体で見れば「農業人口の適正化」なのではないか、と個人的には思ったりもします。
もっとも「食糧安全保障」という観点から考えれば、やはり主食の作り手は多い方が良いのでしょうから、要は世間一般で言われている“問題”とは「どの視点からみた“問題”なのか」ということを意識して受け取るべきということなのでしょう。
これは何にでもいえる事です。
南石名誉教授のコメント
「後継者不足」は、農業に限らず、多くの産業でいつも問題になる、古くて新しい問題です。特に、中小企業では、ほとんどの産業で「後継者不足」が大きな問題として指摘されてきています。最近では、中小企業の第3者への経営移譲(経営統合、M&A等)をビジネスとして行う会社や経営者も増加しているようです。名物創業者の大企業の後継者選びが難航するというニュースもしばしば目にします。
身分制度のあった時代と異なり、職業選択の自由がある現代では、「後継者不足」は、どの産業でも、どの経営でも、ごく普通の状態といえるかもしれません。多くの産業では、開業と廃業が絶えず行われており、産業全体として、社会的なニーズや需要に、より的確に対応できる経営が継続するとみることもできます。
そうはいっても、後継者がいない農家が増えると国産農産物の生産量が減少することを懸念する方々もいます。もし輸入農産物より高くても国産農産物を買いたい消費者が増加すれば、後継者がいない農家が増えても、国産農産物の生産を増加させる農家や農業参入する農業法人が現れて、国産農産物生産は維持されるとみることもできます。
自由経済の国では、生産量は需要関数と供給関数が交差するところで均衡すると考えられます。「後継者不足」はいろいろな見方ができる、奥深いテーマです。