農業利益創造研究所

収入・所得

餌代高騰にどう立ち向かったか? 2022年の繁殖牛経営を考える

個人情報を除いた2022年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家11,500人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。

飼料高騰等で経営難が叫ばれていた2022年の畜産業ですが、繁殖牛経営はどうだったのでしょうか。今回は繁殖農家の経営データを振り返って考えます。

尚、繁殖経営体と見なしたのは、肉用牛を一番に販売している農家の中で、牛の棚卸高が販売高に比べて相対的に低い経営体としました(“農産物以外の棚卸高(期首・期末平均)÷販売金額”の値が、肉用牛経営体内の偏差値で45未満の経営体)。

所得が約半分に減少

繁殖牛経営とは、子牛を生産する経営です。母牛の発情期を逃さずに種付けをして、いかに効率的に子牛を生産するかが経営のポイントです。

子牛は生後8~9か月程度で肥育農家に売られるので、その後20か月程度育てる肥育農家よりも棚卸高は小さくなります。

その反面、母牛は減価償却資産に計上され、いずれ母牛になる雌子牛は育成費用に計上されるので、これらの金額は大きくなります。

さて以下は、2022年の繁殖牛経営の損益概要を2021年と比較したものです。

世帯農業所得が2,404千円、所得率は9.9ポイントも低下して前年の約半分程度になったところをみると、2022年は繁殖牛経営にとっても非常に厳しい年だったといえます。2022年の所得額は2,643千円なので、生活費を捻出するのも大変だったのではないでしょうか。

子牛の販売価格はこの1年で平均約8万円/頭も低下したようで(農畜産業振興機構の肉用子牛取引情報:黒毛和種の子牛の全市場平均価格より)、肉用牛販売金額も905千円低下しています。

しかしそれ以上にこの大幅な所得低下の一番の原因は、やはり飼料費の増加(1,710千円の増加)ではないかと思われます。

2022年2021年
件数127153-26
収入金額合計25,36024,858502
 うち販売金額20,05820,428-371
 (うち肉用牛販売高)17,33818,243-905
 うち雑収入5,0414,161879
費用合計22,71719,8112,906
 うち素畜費1,5581,53523
 うち飼料費7,8416,1311,710
 うち減価償却費4,5144,174340
 うち育成費用1,8581,883-25
世帯農業所得2,6435,047-2,404
世帯農業所得率10.4%20.3%-9.9%

※金額の単位は千円。

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内部留保のおかげか、財務の悪化はみられない

次に繁殖牛経営の財務状況を見てみます(55万円、65万円控除者のみ対象。期首と期末残高の平均残高。以下同様)。

母牛である果樹・牛馬等が390千円減少したのは、やはり飼料費の高騰の影響で、母牛の更新等を控えたからでしょう。但しそれ以外は資産と負債は、共に増加しています。中でも現金・預金をはじめとする資産の増加は買掛金と借入金の増加よりも多く、所得が半分になった年としては不可解な動きとも言えます。これは、事業主借が事業主貸よりも多く増加していることから(1,533千円-410千円)、2022年は家計からの資金の流入が多かったからだと考えられます。

繁殖経営は、コロナ禍前まで長い間子牛の値段が高い時期が続き、経営もかなり良かったようです。したがってその時の利益が、まだ家計に蓄えられていたのではないでしょうか。ですから、所得が半分になった年でも家計から事業資金を補填することができ、急激な財務悪化を防ぐことができるのでしょう。

しかしその一方で、建物・構築物(602千円)、農機具等(1,040千円)も増加しています。飼料費高騰で経営が厳しくなっているこのタイミングで、直接収益を生む母牛ならまだしも、どうして建物や農機等の設備投資を、借り入れを起こしてまで行ったのでしょうか?

コロナ後の需要回復を見越してのことか、単なる判断の誤りか、正確な原因は分かりませんが、2022年のこれらの投資が今後の経営に良い影響を及ぼしてくれることを願います。

育成牛(将来の母牛)は583千円増加しています。これは飼料費の高騰により、育成牛の評価が上がったからでと考えられます(育成牛の評価のほとんどは飼料費による)。

2022年平均2021年平均
件数111135-24
現金・預金9,1917,7841,406
育成牛2,2551,673583
建物・構築物6,4615,859602
農機具等6,7055,6651,040
果樹・牛馬等4,8035,192-390
事業主貸6,5546,144410
買掛金1,004559445
借入金10,2649,640624
事業主借4,8893,3571,533

※金額の単位は千円。

技術力と飼料自給が経営のポイントか

以下は2022年の繁殖農家のうち、世帯農業所得率の高かった上位20%(25件)と下位20%のグループの損益概要を比較したものです。

まず注目したいのは、全般的に厳しかった2022年でも上位グループの所得率は29.4%と非常に高く、6,685千円の所得をあげているということです。やはり厳しい年でも、儲かっている農家は確実にいるということです

収入金額合計は、所得率上位グループは下位に比べて1,959千円ほど上回っていますが、それ以上に費用合計が7,176千円も少ないことが大きな特徴といえそうです。この費用の差の内訳は、飼料費で2,635千円、次いで減価償却費で1,858千円、そして素畜費1,396千円となります。

所得率 上位
件数:25
所得率 下位
件数:25
収入金額合計22,76420,8051,959
 うち販売金額18,22516,2541,971
 (うち普通作販売高)1,348452896
 (うち肉用牛販売高)16,13215,393739
 (うちその他畜産販売高)326152174
 うち家事消費36771297
 うち雑収入4,1354,495-360
費用合計16,08023,256-7,176
 うち素畜費785 2,181-1,396
 うち飼料費5,4218,056-2,635
 うち農薬衛生費9081,047-139
 うち減価償却費2,9194,777-1,858
 うち育成費用9242,357-1,433
世帯農業所得6,685-2,4519,135
世帯農業所得率29.4%-11.8%41.1%

※金額の単位は千円。

次に財務状況をみると、現金・預金で4,267千円ほど上位グループが多く、買掛金が3,162千円、借入金が11,896千円少ないわけですから、キャッシュフローも資本状況も圧倒的に上位グループが良いことがわかります。これはおよそ2022年だけの損益でついた差ではなく、近年の経営結果の蓄積ではないかと思われます。

上述したとおりコロナ前までの子牛価格の高値により、経営の良い繁殖農家にはその間、かなりの“内部留保”を蓄えることができたからでしょう。農業は外部環境の影響が受けやすい産業なので、不測の事態に備えて自己資金を蓄えられるときには、しっかり蓄えるべきだと思います。

一方で、母牛と思われる果樹・牛馬等は、上位グループが2,916千円も少ないことから、母牛の飼養頭数等は上位グループの方が少ないと思われます。つまり経営規模は下位グループより小さいのでしょう。

それでも肉牛販売高が739千円高いということは、上位グループは繁殖効率が良い、もしくは子牛の単価がかなり高い(高品質である)ことが想定されます。やはり成績の良い経営体は、繁殖牛農家としての技術をしっかり持った農家だということが言えそうです

所得率 上位所得率 下位
件数2022-2
現金・預金9,4085,1414,267
育成牛1,4282,232-804
建物・構築物3,8804,517-637
農機具等3,7479,419-5,673
果樹・牛馬等2,5845,500-2,916
買掛金1903,352-3,162
借入金3,69715,593-11,896

※金額の単位は千円。

尚、上位グループの飼料費の少なさは、単に飼養頭数の少なさだけが原因ではなさそうです。販売金額のうち、普通作販売高には飼料用米やWCS、わら等が含まれており、またその他畜産販売高には、牧草やソルゴーなどが含まれています。これらの販売金額がどれも上回っている上位グループは、飼料を自給している割合が高いことが想定されます(正しい経理をすれば、これらは事業消費として家事消費に計上されるはずですが)。

2022年のような飼料費が高騰したときは、飼料の自給力が高いことはかなりの追い風で、それが比較的飼料費を低く抑えられたという結果に表れたのではないかと思われます。

上位グループに減価償却費が少ないことは、母牛(果樹・牛馬等)が少ないこと以上に建物や農機具等の資産が少ないことが原因と思われます。つまり所得率上位グループは、設備や機械などへの投資も実は控えめだということです。ということは少なくとも繁殖経営では、設備の大きさや機械化が経営の決定打ではないということを示しているのかもしれません。

以上のことから、所得率上位グループと下位グループの生産性をグラフに示すと、以下のようになりました。飼料費(販売金額÷飼料費)と母牛(販売金額÷果樹・牛馬等)の販売高の割合は、共に所得率上位グループが大きく上回っています。

母牛に対する販売金額の割合が高いということは、受胎率が高く、母牛一頭当たりの子牛の生産性が高いことが予想されます。そして受胎率が高いということは、逆に言うと母牛の空胎日数が少ないということであり、母牛に与える“無駄メシ”の割合が少ないといえます。したがって、飼料量自体を抑えることにもつながり、飼料費に対する販売高の割合も高くなるということでしょうか。

もちろん上述した通り、子牛の品質や飼料の自給などもこの比率に影響をしているのは言うまでもありません。

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昨今、メディアからは飼料高騰等で畜産農家の厳しさが伝えられていますが、その中でもしっかり利益を出している農家がいることには、本当に安心させられます。

逆に言えば、現在のような外部環境の悪化に際しても、技術を含む経営力が高ければそれを乗り切れる可能性も十分にある、ということなのかもしれません。

南石名誉教授のコメント

今回の分析は、子牛価格の下落と飼料高騰によって、繫殖牛経営の財務状況が大きな負の影響を受けたことを明らかにしました。そした中でも、所得率の高いグループと低いグループでは、財務状況に大きな違いがあることも明らかになりました。 他の作物や畜種にも言えることですが、同じ作物や畜種であっても、個々の経営によって財務状況が大きく異なることも改めて示す結果です。

その違いの要因には、それぞれの経営の立地、経営規模、技術力なども影響しますが、財務や販売などの管理、さらには人材育成や経営戦略などの違いがあるように思われます。一般の産業と同様に、農業においても、持続的経営発展にはマネジメント力が重要になります。

 この記事を作ったのは 木下 徹(農業経営支援研究所)

神奈川県生まれ。茨城県のJA中央会に入会し、農業経営支援事業を立ち上げる。

より農家と農業現場に近い立場を求め、全国のJAと農家に農業経営に関する支援を進めるため独立開業に至る。(農業経営支援研究所