
個人情報を除いた2022年の簿記データ(ソリマチ農業簿記ユーザー:青色申告個人農家11,500人)を統計分析しました。統計基準や用語の解説は「統計分析に使用している用語の説明」をご参照ください。
2022年の繁殖牛経営は、前年と比べ世帯農業所得や所得率が半分になるものの、所得率の高い農家は600万円以上の所得を計上するなど、大きく明暗が分かれる結果となりました。では、肥育牛経営はどうだったのでしょうか。今回は肉牛経営のうち、肥育牛経営を見てみます。
肥育経営体と見なしたのは、肉用牛を一番に販売している農家の中で、牛の棚卸高が販売高に比べて相対的に高い農家としました(“農産物以外の棚卸高(期首・期末平均)÷販売金額”の値が、肉用牛経営体内の偏差値で55以上の経営体)。
子牛代の減少により所得の減少が抑えられた
肥育牛経営とは、繁殖農家から子牛を購入して、枝肉等の食用にするまで牛を育成する経営です。つまり繁殖経営の“川下”にあるということです。しっかり餌を食べさせて短期間で太らせつつ、サシなどがしっかり入った等級の高い牛を育成するのがポイントです。
肥育牛は、経理上は棚卸資産になります。子牛の購入から出荷まで20カ月程度かかるので、毎年の決算の棚卸金額(“農産物以外の棚卸高“)は非常に大きくなり、その評価次第で所得額が大きく変わってきます。
さて以下が、前年と比較した2022年の損益概要です。
世帯農業所得は1,243千円減少したものの、依然7,596千円と高額を維持しています。もっとも肥育牛経営は経営規模も大きいので、所得金額自体も大きくなるものですが、所得率を見ても前年と比べ1.1ポイントしか減少していません。つまり酪農経営や繁殖経営にくらべ、肥育経営は2022年の経営の落ち込みはかなり小さかったといえます。
とはいえ肥育経営でも、販売高は3,838千円も減少し、飼料費は5,240千円も増加していますので、ここまで見ると所得が大きく減少するように思えますが、素畜費(子牛代)が10,613千円も減少したので、結果的に所得の低下を抑えることができたのでしょう。
子牛代が低下したことで、繁殖経営は大きなダメージを受けましたが、逆に肥育農家はそれが追い風になったということです。コロナ前までの長い間、子牛代が高かったことから、肥育農家はずいぶん苦しんでいましたが、ここでその関係が少し逆転したということでしょうか。日本の和牛生産のためには、どちらかが一方的に儲かるのではなく、両経営体がバランスよく利益を上げることが大切です。
2022年 | 2021年 | 差 | |
---|---|---|---|
件数 | 71 | 79 | -8 |
収入金額合計 | 80,239 | 83,577 | -3,339 |
うち販売金額 | 70,417 | 74,255 | -3,838 |
(うち肉用牛販売高) | 67,160 | 70,391 | -3,231 |
うち雑収入 | 9,687 | 9,193 | 494 |
費用合計 | 72,643 | 74,739 | -2,095 |
うち素畜費 | 23,644 | 34,257 | -10,613 |
うち飼料費 | 28,806 | 23,566 | 5,240 |
うち減価償却費 | 3,272 | 3,263 | 9 |
うち期首農産物以外の棚卸高 | 67,204 | 69,432 | -2,228 |
うち期末農産物以外の棚卸高 | 66,626 | 71,417 | -4,790 |
世帯農業所得 | 7,596 | 8,839 | -1,243 |
世帯農業所得率 | 9.5% | 10.6% | -1.1% |
※金額の単位は千円。
肥育農家の財務に大きな変化はなし
次に財務状況を見てみます(55万円、65万円控除者のみ対象。期首と期末残高の平均残高。以下同様)。
これによると、現金・預金が1,069千円、果樹・牛馬が2,857千円減少して、建物・構築物が2,654千円、農機具等が517千円増加しています。また借入金は2,117千円減少しています。
つまり借入金の返済を進めると同時に、母牛(一貫経営分か?)を減らして、設備を増やしたということと思われます。換言すると身を軽くして、本業の肥育に専念するということでしょうか。
いずれにしてもこのように財務構成は変わったものの、全体の財産状況の良し悪しには大きな変化がなかったといえ、ここからも2022年の飼料高騰の影響は、肥育経営に対しては限定的だったといえます。
2022年 | 2021年 | 差 | |
---|---|---|---|
件数 | 63 | 71 | -8 |
現金・預金 | 17,957 | 19,026 | -1,069 |
育成牛 | 3,714 | 3,800 | -86 |
建物・構築物 | 10,145 | 7,492 | 2,654 |
農機具等 | 6,746 | 6,228 | 517 |
果樹・牛馬等 | 2,658 | 5,515 | -2,857 |
買掛金 | 3,513 | 3,292 | 220 |
借入金 | 33,346 | 35,462 | -2,117 |
※金額の単位は千円。
一貫経営が経営の明暗を分けているのか?
次に2022年の世帯農業所得率の上位20%のグループと下位20%グループを比較してみます。
2022年 | 2021年 | 差 | |
---|---|---|---|
件数 | 14 | 14 | 0 |
収入金額合計 | 73,192 | 63,251 | 9,941 |
うち販売金額 | 62,256 | 56,138 | 6,118 |
(うち普通作販売高) | 2,231 | 503 | 1,728 |
(うち肉用牛販売高) | 57,426 | 53,610 | 3,817 |
(うちその他畜産販売高) | 2,057 | 1,183 | 874 |
うち雑収入 | 10,787 | 7,055 | 3,732 |
費用合計 | 59,365 | 64,192 | -4,827 |
うち素畜費 | 15,638 | 20,290 | -4,652 |
うち飼料費 | 25,588 | 24,414 | 1,174 |
うち減価償却費 | 3,658 | 3,823 | -165 |
世帯農業所得 | 13,826 | -941 | 14,767 |
世帯農業所得率 | 18.9% | -1.5% | 20.4% |
※金額の単位は千円。
上位グループの世帯農業所得は13,826千円、所得率は18.9%と大変な好成績です。
したがって下位グループとの差は、世帯農業所得で14,767千円、所得率で20.4ポイントと非常に大きな差となりました。
収入金額合計は上位グループが9,941千円多くなっていますが、そのうち肉用牛販売高は3,817千円多いだけで、普通作(飼料用米、WSC等)やその他畜産(牧草、ソルガム等)の販売高も多く、雑収入でも3,732千円多くなっています。つまり上位グループは収入規模が大きいだけでなく、収益源も多様ということです(これは飼料費削減にもなる)。
このとおり上位グループは収益が大きいにも関わらず、費用合計は4,827千円少なくなっています。その一番の理由は素畜費(子牛代)が4,652千円も少ないことでしょう。
素畜費(子牛代)が少ないにもかかわらず肉用牛販売高が多い理由の一つは、肥育技術が高いことが考えられます。飼養頭数が少ないか、安い(小さい、もしくは血統の良くない)子牛を購入しているものの、それを上手に太らせて出荷することができているということでしょう。
それを裏付けるように、以下の生産性のグラフでは、素畜費に対する肉牛販売高の割合が大きくなっています(上位と下位で販売高÷飼料費に差がつかないのも興味深いです。肥育経営は飼料費と販売高の相関関係が強いということでしょうか)。
上位グループが素畜費は少なく販売高が大きいことのもう一つ考えられる理由は、繁殖からの一貫経営を比較的多く行っていることです。貸借対照表の果樹・牛馬等の残高は、肉用牛経営においては母牛を指すもので、通常は繁殖経営に多く計上されるものです。
この果樹・牛馬等の残高が、上位グループは5,859千円と下位グループより2,997千円多くなっています。これは上位グループが母牛を多く飼育しているということで、その分飼料費は多くなりますが、買い入れる子牛(素畜費)は少なくなります。
肉牛経営に繁殖と肥育という“もちは餅屋”があるのはそれなりの理由があり、従来から一貫経営は現実的に難しいと言われていました。実際上述したとおり、肥育農家全体では2021年から果樹・牛馬等の残高は減っており、一貫経営からは撤退する傾向が見えます。しかし上位グループのようにうまくいけば、このように大きな成果を得ることができるようです。
2022年 | 2021年 | 差 | |
---|---|---|---|
件数 | 13 | 13 | 0 |
現金・預金 | 16,626 | 12,210 | 4,417 |
育成牛 | 230 | 2,768 | -2,538 |
建物・構築物 | 6,944 | 15,832 | -8,889 |
農機具等 | 4,760 | 6,143 | -1,383 |
果樹・牛馬等 | 5,859 | 2,862 | 2,997 |
買掛金 | 2,146 | 3,455 | -1,309 |
借入金 | 14,950 | 44,737 | -29,787 |
※金額の単位は千円。
上記のような経営状況を反映してか、財務状況も上位グループは下位グループと比べると極めて良好です。
現金・預金と買掛金の差をキャッシュとするなら5,726千円(4,417千円+1,309千円)上位グループが多くなり、その逆に借入金(29,787千円の差)と建物・構築物、農機具等の減価償却資産は少ない状況にあります(8,889千円、1,383千円の差)。
この状況を下位グループから見ると、借入をして十分な設備投資をしたのにも関わらず、数年の間、充分な利益を上げられなかったことから、キャシュが増えず借入金が増加したとも読めます。
畜産経営は全般的に利益率が低いので、必然的に大規模経営になり、“お金の出入り”が大きくなります。そのうえ肥育経営は、子牛を買ってから売れるまで約20カ月の時間差があるので、経営の現状を正確に把握するのが難しい傾向にあります。つまりどんぶり勘定になりやすいわけです。これらのことが原因で、下位グループの肥育経営農家は投資判断を誤ってしまったのかもしれません。
また国の補助事業である「畜産クラスター」の影響も考えられます。この事業は、TPP協定対策の一環として始められたもので、内容として畜産農家の施設整備の拡大や機械導入の促進が中心の事業です。もしかしたら大幅な設備導入には、この事業が関係しているのかもしれません。
いずれにしても正確な原因は分かりませんが、他方で下位グループは育成牛が2,538千円多く、今後母牛を増やして一貫経営に乗り出す兆しが見えます。それがうまくいって、設備を含めたこれらの投資が今後の経営改善に繋がってくれることを、強く期待したいところです。
南石名誉教授のコメント
今回の分析は、畜産農家といっても畜種と共に、肉牛飼育か酪農などの形態によって、経営環境の変化が財務状況に及ぼす影響が大きく異なることを明らかにしました。
さらに、同じ肉牛を飼育していても、コロナ禍等の影響によって子牛価格が下落し、また昨年の飼料高騰の影響は、財務的に繁殖牛経営に大きな影響を与えた一方で、肥育牛経営への影響は限定的であることが明らかになりました。一口に「畜産」といっても、農業経営はとても多様であることを改めて示す分析結果でした。