
ソリマチの農業簿記ユーザー(稲作専業 優良経営 農家44人)にインタビューした内容を統計分析しました。
一般企業でも、優良な経営を行っていく上でビジョンが大切だ、とはよく言われるところです。それでは、農家に求められるビジョンとはなんでしょう? 「儲からない」と言われがちな農業で高所得を稼ぎ出している農家は、どんな考えで経営を行っているのでしょうか。
今回は特に優秀な経営を行っている農家44件(以下、ヒアリング農家)の「経営ビジョン」「経営方針」「ICT利用」について、ヒアリングデータを元にご紹介していきます。
※ヒアリング農家の詳細については、こちらをご覧ください。
優良農家の「経営ビジョン」
このグラフは44件のヒアリング農家の皆さんを対象に、自分の経営ビジョンはどれに当てはまるかを、用意した選択肢から最大で3つ選んでもらう形で実施したアンケートの集計結果です。
ここでの「経営ビジョン」とは、すなわち目指したい農業経営の将来像のことです。
最も回答が多かったのは「利益増大」ビジョンです。「規模拡大」ビジョンを選ぶ農家も多く、「利益増大」とセットで選んでいる方も多く見られました。「利益」を追求するには、「規模」拡大が必要と考えている方が多い、ということかもしれません。
「利益増大」の次に多く挙げられたのは「地域貢献」です。
一見、収益性とは直結しないビジョンに見えるかもしれませんが、別調査のヒアリングにて、非常に面白い結果が出ています。
「地域貢献」をビジョンに掲げている農家には、後継者がいることが多いのです。
今の若年層は会社や職業を選ぶ時、「社会に貢献できるかどうか」を重視する傾向があると言われていますが、農業の世界でも同じなのかもしれません。
「地域貢献」を重視することで、間接的に後継者に恵まれるのだとしたら、収益以上に大切なものを手に入れていると言えるかもしれませんね。
また、三位には「規模拡大」とタイで「現状維持」が上がっています。「現状維持」というビジョンは「利益増大」や「規模拡大」とは相反しているように見えますが、高所得農家の中では「現状維持」を選ぶ方も、意外と多いようです。
そこで今回は、「現状維持」を選んだ現状維持派、「利益増大」を選んだ利益増大派のグループが、それぞれどんな経営方針のもとでどんな経営をしているのかも、全体の傾向と合わせて分析していきます。
優良農家の「経営方針」
次に、「経営方針」についての集計結果を見てみましょう。このグラフは44件のヒアリング農家の皆さんを対象に、自分の経営はどれに当てはまるかを、用意した選択肢から最大で3つ選んでもらう形で実施したアンケートの集計結果です。
ここでの「経営方針」とは、目指す経営ビジョンを達成するための具体的方針のことです。
「生産性向上」と「品質の確保」の二つが、過半数の農家によって選ばれています。利益を出す上では基本的な方針ですが、この二つを特に意識した経営が、高所得農家のスタンダードということでしょう。
現状維持派と利益増大派の傾向もそれぞれ見ていきます。
現状維持派は、全体的な傾向と同様に「生産性向上」や「品質の確保」を選んだ人が非常に多くなっています。「現状維持を目指している」という部分だけを取り出すと消極的に見えてしまいますが、やはり高所得農家として、これらの努力はしっかりと行っているようです。
対する利益増大派は「生産費低減」や、現状維持派は一人も選んでいなかった「新規チャネル」の開拓を意識しているのが特徴です。
特に「新規チャネル」を意識している農家は卸や直販経由の販売割合が高く、ネット販売、直売所、自販機など、様々な販売経路を模索している様子が伺えました。
「農作物をどのようにして売るか?」は、実際の農作業と比べると、なかなか手をかけにくいポイントですが、利益増大派は、そのような部分にもしっかり心を配って、売上アップにつなげていこうと考えているようです。
優良農家の「ICT利用」
最後に、ヒアリング農家のICT利用状況について紹介します。
農作業を効率化する各種ICTは、作業記録システムや収穫ロボ、温室制御などがありますが、この集計結果を見ますと、高所得農家でもICT技術を幅広く導入しているわけではないようです。
しかし、その中でも「ドローン」「自動運転」がそれぞれ各7件(16%)と一番多く、今回ヒアリングした農家の約6件に1件が使っています。ヒアリング先が個人農家であることを考えると、かなり高い割合ではないでしょうか。
最先端のICTを搭載した農機やドローンは高額ですので、高所得農家だからこそ、これらのICT技術を導入できている、という推測も成り立ちます。
また、自動走行の農業機械や防除用ドローンを導入する際に使える助成金もありますので、そういう助成金を使用してICT技術を取り入れている可能性もあります。
いずれにしても、高いお金をかけたり助成金を使ったりしてICTを取り入れているのですから、ヒアリング農家がICTに高い関心を持っていることは間違いありません。
ICT技術に最も期待される効果は「生産性向上」ですから、「生産性向上」を強く目指している高所得農家がICTを積極的に取り入れるのは、当然の帰結なのかもしれません。
ICT技術導入と経営ビジョンの相関
それでは、ICT技術の導入状況について、現状維持派と利益増大派で違いはあるのでしょうか。
グラフによると、現状維持派の農家は「自動運転」の導入率が高くなっています。また、温室制御や水管理なども、数は少ないながら導入例が見られます。
現状維持派は、自分が行う作業を変えずに効率化できるICTを選好しているように見受けられます。なぜそのような推測が成り立つかといえば、この4つの技術の中で、導入に手間がかかるであろうドローンの導入率が0%だから、です。
対照的に、利益増大派は「ドローン」の導入率が25%です。現状維持派の導入率が0%であることを考えると、非常に高い数値です。
ドローンは効率よく農薬散布ができる画期的技術ですが、その反面、操作方法を覚える必要があり、導入にはある程度の手間がかかることも事実です。
利益増大派は、自分自身の行動を変えることも含めて、利益増大に積極的にアプローチしていると考えられます。また、ドローンにはそれだけの手間をかけてでも導入する価値がある、と判断している農家が多いのでしょう。
まとめ
今回はヒアリング農家の「経営ビジョン」「経営方針」「ICT利用」についてお伝えしました。全体的な傾向だけではなく、「現状維持」「利益増大」という相反するビジョンを持ったグループについても、それぞれの傾向を分析いたしました。
現状維持派の農家は、生産性の向上や自動運転の導入による効率化などの方面で努力を行っています。作業負担の軽減や効率化によって経営を良くする「引き算の経営」です。
利益増大派の農家は、新規チャネルの開拓に力を入れながらも費用削減を達成し、ICTでも最新鋭のドローンを導入するなど多方面にアプローチしています。新しい要素を積極的に取り入れる「足し算の経営」です。
いずれにも共通する全体的な傾向としては、経営方針として「生産性向上」と「品質の確保」を重視していること、一般的な農家に比べてICT技術を導入している農家が多いこと、が挙げられます。
いかがだったでしょうか。「現状維持派」「利益増大派」、あなたはどちら派ですか? 「特に考えたことがなかった」という方は、この機会にどちらを目指すか、決めてみてはいかがでしょうか。
いずれの経営ビジョンでも、努力次第で優良経営の農家となることができます。改善意識を持ち、効率化を行いながら、高所得を目指してください。
南石教授のコメント
今回のインタビューでは、回答者数が多くないので、まだ明確な結果はでていませんが、経営者の考え方(経営ビジョンや経営方針)によって、センサーやクラウドシステム等の情報通信技術ICTやロボット農機等のロボット技術の導入取組みが変わるのは、自然なことです。
経営者の考え方や経営立地条件によって、経営目的・目標を実現するために、必要となる技術の組合せが違うためです。
農業法人を対象とした全国アンケートでは、ICTやロボット技術の活用が、経営規模や作目等の様々な要因に影響されることが分かっています。
今後は、人工知能AIを活用したより大規模で詳細な解析が待たれます。